福岡地方裁判所 昭和51年(ワ)320号 判決 1988年12月16日
目次
主文
事実
第一 当事者の求めた裁判
第二 当事者の主張
(請求原因)
一 福岡空港の現況、沿革と原告らの居住地域
二 侵害行為
1 航空機騒音
2 航空機の墜落等の危険
3 排気ガス、振動
三 原告らの被害
1 生活妨害
2 健康被害
3 家屋の損傷
四 被告の責任
1 差止請求について
2 損害賠償請求について
五 相続
六 結論
(請求原因に対する認否)
(被告の主張)
一 原告らの請求の不適法性・不当性
1 差止請求について
2 損害賠償請求について
二 環境権及び人格権に対する反論
三 受忍限度論
1 総論
2 侵害行為の態様と程度
3 被侵害利益
4 本件空港の公共性
5 騒音による被害の防止・軽減のための施策
(一) 音源対策
(二) 周辺対策
6 地域性、先(後)住性、危険への接近
四 消滅時効
(被告の主張に対する原告らの認否、反論)
一 原告らの住所、居住期間等について
二 原告らの差止請求の適法性
三 人格権及び環境権
四 受忍限度論についての反論
五 消滅時効の抗弁についての反論
第三 証拠<省略>
理由
(書証の形式的証拠力について)<省略>
第一本件空港の現況・沿革と原告らの居住関係等
一本件空港の現況・沿革
二本件空港周辺の状況、原告らの居住関係等
第二本件訴えの適法性及び請求の正当性の有無
一本件空港の供用の差止請求に係る訴えの適法性について
二損害賠償請求に係る訴えの適法性及び該請求の正当性について
1 本件損害賠償請求権の被侵害利益(人格権、環境権)について
2 本件損害賠償請求権の根拠法条等について
第三侵害行為
一航空機騒音(飛行騒音)
1 航空機騒音の評価法
2 航空機騒音の特徴
3 機種別航空機騒音
4 時期別飛行状況と飛行騒音
二地上騒音
三航空機の墜落等の危険
四排気ガス、振動
1 排気ガス
2 振動
第四被害
一はじめに
二生活妨害(睡眠妨害を除く)
1 会話、電話の聴取及びテレビ、ラジオの視聴等に対する妨害
2 思考、読書、家庭における学習等の知的作業に及ぼす影響
3 家屋の振動、損傷
三睡眠妨害
四精神的被害
五身体的被害
1 難聴及び耳鳴り
2 その他の健康被害
六総括
第五騒音対策
一はじめに
二法令、環境基準等の概観
三音源対策
1 機材の改良
2 運航方法の改良
四周辺対策
1 米軍が管理、運営していた期間の周辺対策
2 公共用飛行場として供用開始後における周辺対策
第六違法性(受忍限度)
第七地域性及び危険への接近
第八将来の損害賠償の請求に係る訴えの適法性
第九消滅時効完成の有無
第一〇損害賠償額の算定
第一一結論
昭和五一年(ワ)第三二〇号事件原告
加藤哲次郎
外三九六名
昭和五六年(ワ)第二五五九号事件原告(兼亡西山國廣訴訟承継人)
西山廣秋
外一〇九名
右原告五〇七名訴訟代理人弁護士
小泉幸雄
外
被告
国
右代表者法務大臣
林田悠紀夫
右訴訟代理人弁護士
西迪雄
右指定代理人
三木勇次
外
主文
一 別紙原告目録(一)記載の各原告の福岡空港の供用の差止請求に係る訴えをいずれも却下する。
二 被告は、本判決別表第一(本判決別冊1)記載の各原告に対し、同表損害賠償額欄記載の各金員並びに同表内金欄記載の各金員に対する同表1記載の各原告については昭和五一年六月二二日から、同表2記載の各原告については昭和五六年一二月一五日から、各支払済み(但し、同表遅延損害金の終期欄に記載のあるものについては同記載日)まで年五分の割合による金員を支払え。
三 別紙原告目録(二)、(三)記載の各原告の昭和六二年一二月七日までに生じたとする損害賠償請求につき、前項の各原告のその余の請求及び請求棄却の原告ら一覧表記載の各原告の請求をいずれも棄却する。
四 別紙原告目録(二)記載の各原告の昭和六二年一二月八日以降に生ずるとする将来の損害賠償請求に係る訴えをいずれも却下する。
五 訴訟費用中、本判決別表第一記載の各原告と被告との間に生じたものについてはこれを二分し、その一を右各原告の、その余を被告の各負担とし、その余の原告ら(請求棄却の原告ら一覧表記載の各原告)と被告との間に生じたものについては、全部右原告らの負担とする。
六 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、別紙原告目録(一)記載の各原告のために、福岡空港を、毎日午後九時から翌日午前七時までの間、一切の航空機の離着陸に使用させてはならない。
2 被告は、別紙原告目録(二)記載の各原告に対し、
(一) 各自金二三〇万円及び内金二〇〇万円に対する昭和五一年(ワ)第三二〇号事件(以下「第一次訴訟」という。)の原告らについては昭和五一年六月二二日から、昭和五六年(ワ)第二五五九号事件(以下「第二次訴訟」という。)の原告らについては昭和五六年一二月一五日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員、
(二) 第一次訴訟の原告らについては昭和五一年四月一五日から、第二次訴訟の原告らについては昭和五六年一二月一五日から、それぞれ前記1項の夜間離着陸禁止が実現され、その余の時間帯において、騒音が右原告らの居住地域で六五ホンを超える一切の航空機の離着陸を禁止するまで、毎月末日限り、各自一か月金二万三〇〇〇円の割合による金員、
を支払え、
3 被告は、別紙原告目録(三)記載の各原告に対し、
(一) 同目録請求金額欄記載の金員及びそのうち慰謝料額欄記載の金員に対する第一次訴訟の原告らについては昭和五一年六月二二日から、第二次訴訟の原告らについては昭和五六年一二月一五日から、それぞれ遅延損害金等の終期欄記載の日まで年五分の割合による金員、
(二) 第一次訴訟の原告らについては昭和五一年四月一五日から、第二次訴訟の原告らについては昭和五六年一二月一五日から、それぞれ右目録遅延損害金等の終期欄記載の日まで、一か月将来請求金額欄記載の割合による金員、
を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1(本案前)
主文一、四項同旨。
2(本案)
原告らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
4 担保を条件とする仮執行免脱の宣言。
第二 当事者の主張
(請求原因)
一 福岡空港の現況、沿革と原告らの居住地域
1 福岡空港(以下原則として「本件空港」という。)は、人口約一二〇万人の政令指定都市である福岡市の東南部に位置し、福岡県庁、JR九州博多駅まで約三キロメートルの距離しかなく、都心に極めて近接した空港である。
本件空港の現況は、敷地面積が三四九万八五〇〇平方メートルあり、幅六〇メートル、長さ二八〇〇メートルの滑走路一本、幅一五ないし三〇メートル、延長四二九〇メートルの誘導路のほか、面積四六万三〇〇〇平方メートル、二三パースのエプロンを有する。また、ターミナルビルは、第一から第三までの三棟あり、その他、管制塔、変電局舎、エンジン室、消防車車庫等がある。航空保安無線施設としては、ASR(空港監視レーダー)、SSR(第二次監視レーダー)、ILS(計器着陸装置)等があり、飛行場灯台、進入灯、進入角指示灯、誘導路灯、エプロン照明灯等の航空保安照明施設が整備されている。
2(一) 本件空港は、昭和二〇年五月、旧日本陸軍の北部九州防衛基地として建設された席田飛行場として出発した。すなわち、旧日本陸軍は、当時県下有数の穀倉地帯であった席田地区の上臼井、下臼井、青木、東平尾、月隈地区の雀居、下月隈の計六地区、六六万坪(約二一七万平方メートル)を半強制的に買い上げたうえ、約六〇〇メートルの滑走路を持つ席田飛行場を完成させた。しかし、同年八月我が国の敗戦とともに、飛行場用地は一旦旧地主に返還された。
(二) ところが、昭和二〇年一〇月、アメリカ合衆国軍隊(以下「米軍」という。)は、席田飛行場用地を接収して、米空軍板付基地として使用を開始し、以後板付基地は、米軍の管理下において、相次いで整備、拡張されていった。
右米軍による板付基地使用の法律関係は、昭和二七年四月の連合国と日本国との平和条約(以下「平和条約」という。)の発効後は、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(以下「旧安保条約」という。)及び同条約三条に基づく行政協定(以下「行政協定」という。)により、同三五年六月以降は、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(以下「新安保条約」という。)及び同条約六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(以下「地位協定」という。)により、被告がこれを米軍に提供していたものである。
(三) 板付基地は、米空軍の攻撃・支援後方基地として、特に朝鮮半島における軍事行動の第一線基地として重要な任務を担っていたものであるが、昭和二五年六月に始まった朝鮮戦争では、米軍はジェット機の使用を十分なものにするため、昭和二六年四月新たに滑走路の南側月隈地区を接収し、主滑走路、補助滑走路等の諸施設を拡充し、更に同三二年と同三六年の二回にわたる拡張により、後記昭和四七年四月一日の時点では、敷地総面積三四九万二〇〇〇平方メートルの規模にまで拡張されていた。
昭和四五年一二月、日米安全保障協議委員会において、板付基地の日本国への返還が決定され、本件空港は、昭和四七年四月一日、空港整備法四条一項所定の運輸大臣が設置し管理する第二種空港とされた。
(四) 板付基地時代にあっても、昭和二六年一〇月、民間航空機について札幌―東京―大阪―福岡航路が開設され、その後漸次、路線が拡大されるとともに、同三六年一二月には国際線も開設され、便数は増加していった。本件空港への民間航空機の年間発着回数は、昭和四〇年に二万回を超え、昭和四二年二万八四〇〇回、同四三年二万九二〇〇回、同四四年より急増し三万七〇〇〇回、同四五年四万五六〇〇回、同四六年五万五〇〇〇回にものぼっており、昭和四六年一一月時点での発着回数は、国内線一日当り一二八便、国際線一週当り四六便で、ジェット機の機種は、高騒音機であるDC―八、B―七二七が大半であり、宮崎、鹿児島等へのローカル便は、プロペラ機YS―一一が使用されていた。
3 本件空港北側は、航空機離着陸の航路に当り、滑走路北端より大井町、二又瀬、社領、筥松、箱崎、九州大学本学、貝塚を順次経て博多湾に至っている。右航路の周辺には、吉塚、馬出、原田、郷口等の地域があるが、これらの地域はいずれも住宅密集地であり、右社領地域内の小松田団地及び吉塚地域等には、原告らが多数居住している。
本件空港南側も、航空機離着陸の航路に当り、滑走路南端より御笠川に沿って、上月隈、下月隈、井相田、春日市、大野城市、太宰府市と続いている。
本件空港の東側は、下臼井、青木、平尾の住居地域が続き、その東側は、東平尾公園がある小高い丘陵地帯となっており、また、本件空港の西側は、約三キロメートル先のJR九州博多駅までの間に、豊、東比恵、上牟田の住宅密集地域が広がり、南西部には、雀居、下月隈、見上の住居地域が続いている。
本訴提起当時の原告らは、いずれもその時点で本件空港周辺に居住していた者であり、各原告の、居住地域、公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律(以下「航空機騒音防止法」という。)に基づき定められた指定区域の種別、居住開始時期、被害地域内に居住した期間(昭和六二年一二月を終期として計算した。なお、死亡原告の場合は死亡時を、被害地域外への移転原告の場合は移転時を終期としている。)、被害地域外への移転の有無、並びに死亡の原因については、原告ら準備書面引用表(本判決別冊3)別表(一)のとおりである。
二 侵害行為
1 航空機騒音
(一) 米軍機
昭和二五年六月の朝鮮戦争勃発後、板付基地にジェット機が初めて配置され、その後も、飛行場施設の整備拡充が行われる中で、昭和三一年にはF―一〇〇ジェット戦闘機、昭和三四年にはF―一〇二ジェット戦闘機、昭和三八年にはF―一〇五ジェット戦闘機などの大型機が次々に配備され、昭和三八年当時ジェット戦闘機の機数は一〇〇機を超えていた。そして、昭和三八年一〇月の調査によると、一日(午前九時から午後四時までの七時間)平均の飛行回数は、滑走路南端から一キロメートルの金隈で約97.2回、滑走路北端から2.5キロメートルの筥松小学校で約八六回を数えた。
昭和三〇年代前半に板付基地に配置されていたF―八六・F―一〇〇・F一〇二といったファントムジェット戦闘機の爆音は、一二七フォーンに達する甚大なものであった。その当時における本件空港周辺の小中学校の爆音測定結果は、前記引用表別表(二)のとおりであり、同表によれば、滑走路端から二四〇〇メートルの距離にある筥松小学校では、一日平均八九回、一時間平均一一回の航空機が上空を通過しており、最高一二二ホン、平均一〇三ホンの騒音に暴露されている。そして、右の表でも明らかなように、航空機の直下に位置しない他の小中学校においても、右の状況は殆ど変わらない。
その後、米軍の再編成により、板付基地に配置されていた戦闘機は横田等の基地に移駐することが決定され、昭和三九年五月より板付基地は予備基地化され、これに伴い常駐の機数は少なくなったが、米軍機及び自衛隊機は日米合同防空演習等の際、不定期に飛来し訓練が行われており、昭和四〇年二月より同年一二月までに飛来したF―一〇五戦闘機は二二六九機の多くにのぼった。また、昭和四三年一月プエブロ号事件発生により、RF―四Cファントム戦闘機、FB―六六電子偵察機等約二〇機が飛来し、相当長期間使用を繰り返したこともあった。
更に、昭和四四年六月になると、新型の電子偵察機EC―一二一が常駐に近い状態で配備され、RF―四Cファントムが大量に飛来するなど、昭和四七年四月の福岡空港開設時まで、引き続き軍用機特有の金属性音を含む爆音を周辺住民の頭上に響きわたらせた。
(二) 民間航空機
本件空港における民間航空機の離発着状況は、前記引用表別表(三)のとおりであり、右表によれば、本件空港における離発着回数は、昭和三六年から年々増加の一途をたどり、昭和三三年に比べ、昭和三八年には二倍、昭和四〇年には四倍、米軍から被告に管理権が移譲された昭和四七年には約一一倍強と急速に増加してきている。そして、昭和四七年以降は、漸増の傾向にあったが、昭和五〇年四月の山陽新幹線博多駅乗入れに伴い、昭和五〇年には前年度より約一割程度減少したものの、翌五一年からはまた増加傾向となり、その後の国際線専用ターミナル開設等に伴い国際線が増加し、昭和六〇年度は、これまでで最も多い七万二六一八回という年間離発着数を示し、昭和四七年度に比べると約二六パーセントの増加となっている。また、一日平均の離発着回数は、昭和四七年当時一五七便だったものが、同六〇年当時には一九九便と増加している。
更に、一日の時間帯ごとの離発着回数は、昭和六〇年八月のダイヤによれば、前記引用表別表(四)のとおりである。同表によれば、最多離発着時間帯は午前一〇時から午前一一時までの一九便であり、実に3.15分に一回の割合で原告らの居住地域上空を離発着していることになる。次いで午後六時から午後七時までの一七便、そして午後三時から午後四時まで、及び午後四時から午後五時までの各一六便となっている。
したがって、同表によれば、日中(午前七時から午後七時まで)は4.61分に一回、夜間(午後七時から一〇時一〇分まで)は約九分に一回の割合で離発着を繰り返していることになる。
本件空港に乗り入れている航空機の機種について昭和四六年一一月と同五八年六月を比較すれば、前記引用表別表(五)のとおりであり、ジェット化が進み、しかも大型化、多様化してきたことがわかる。
(三) 飛行経路
本件空港に離着陸する航空機の飛行経路については、先ず、着陸機は、航空管制部(雁の巣基地)を通って博多湾を横切り、多々良川河口付近を通り九州大学、箱崎地区上空を通過し、筥松小学校の真上を通り、社領一丁目、二丁目から吉塚(七丁目、八丁目)、二又瀬交差点、大井町各上空を通り、空港滑走路に着陸するが、風向きの関係で南側から着陸する場合は、雁の巣、博多湾、県庁、吉塚から大濠公園にまたがる福岡都心部を通って旋回し、大野城市の大野北小学校上空を通って着陸している。着陸の際、滑走距端から北西に約四キロメートルの九州大学上空で航空機の高度は約一八〇メートルであり、滑走路端2.5キロメートルの筥松小学校地点で高度約一四〇メートルである。
次に、離陸機は、国道三号線と三号線バイパスの間を通過し、大野北小学校、大野城市を通って離陸することになるが、風向きの関係で北側から離陸する場合は、社領、筥松小学校、九州大学上空を通り、多々良川、博多湾上空を旋回し、上昇することになる。
(四) 騒音測定結果
航空機騒音の測定状況についてみると、先ず、九州大学工学部建築学教室は、昭和四七年五月一五日から同月一七日にかけて、春日原地区では航空自衛隊春日基地(三階建)屋上、箱崎地区では九州大学工学部建築学教室旧館(四階建)屋上の二個所で、一日当り(午前八時三〇分から午後五時三〇分までの九時間)の航空機騒音の測定を実施したが、その結果は、前記引用表別表(六)のとおりである。同表によれば、九州大学においては、三日間の一日当りの平均飛行回数は五〇回、ピークレベルの中央値の平均は94.3ホン、六〇ホン以上の航空機騒音の継続時間は33.9分、七〇ホン以上の継続時間は一八分となっており、したがって、右昭和四七年当時においては、10.8分に一回は航空機が九州大学上空を飛行していたことになる。
次いで、運輸省航空局は、昭和四九年八月二〇日から同月三一日にかけて、本件空港周辺九か所の騒音実態調査を実施したが、その結果は、前記引用表別表(七)のとおりである。同表によれば、本件空港北側の離着陸コースの直下に位置する1点の筥崎海岸は,北側滑走路端から約六キロメートル離れているが、最大103.0ホン、平均91.8ホン、WECPNL値(以下「W値」という。)82.0となっており、また2点の筥松小学校では、最大107.5ホン、平均98.1ホン、W値91.2となっている。空港東側の4、5、7地点のうち、最も騒音量が高いものは5点の上月隈であり、最大104.7ホン、平均94.5ホンW値84.1となっている。空港西側の9点の上牟田二丁目は、空港ターミナルビルや駐車場等をはさみ、滑走路のいわば真横に位置しており、最大86.5ホン、平均76.8ホン、W値67.3となっている。空港南側に位置するのは6点と8点であるが、6点の博多区相田は、最大105.3ホン、平均94.0ホン、W値83.7となっており、また8点の大野城市田屋は、最大106.4ホン、平均93.8ホン、W値85.5となっている。
2 航空機の墜落等の危険
昭和二〇年以来、板付基地を中心に米軍ジェット機等の墜落及び落下事故は頻繁に発生し、昭和四三年六月二日の米軍RF―四Cファントム機の九州大学大型計算機センター建物への激突・炎上事故までの間、米軍ジェット機等の事故による被害は、実に事故件数一〇九件、死亡者二〇名にも及んでいる。そのため、本件空港周辺に住む原告らは、日夜その生命・財産の危険にさらされつつ、不安の中に生活することを余儀なくされてきたものである。
3 排気ガス、振動
本件空港に離着陸する航空機は、騒音のみならず、排気ガス、煤煙をまき散らし、また地震と間違うほどのすさまじい振動を原告ら居住家屋に及ぼしている。
三 原告らの被害
原告らの居住地域は、いずれも環境に恵まれ、平和でのどかな生活を送ることのできる理想的な住宅地域であったはずであるが、航空機による異常な騒音、振動、排気ガス等によって、右の恵まれた環境は破壊され、原告らは多少の個人差はあるが、ほぼ等しく、以下のような重大な被害を受けてきた。
1 生活妨害
原告らの居住地域では、航空機が人家の屋根すれすれに強烈な金属音の入りまじった痛音を発しながら飛行するため、家庭内での会話や、テレビ、ラジオ、ステレオなどの視聴が著しく妨げられ、家庭の団らんが破壊されている。
すべての者は気分がいらいらし、ささいな事で腹を立て、神経過敏となっている。また、いつ、この低空で飛行する航空機が墜落して来るかもしれないと、恐怖、不快におびえている。更に注意力が集中できず、思考が中断され、読書などにも専心できない。電話の通話妨害、家事労働、手内職営業の能率の低下も著しい。子供たちは騒音のため落ち着いて勉強ができず、思考力が減退し、落着きがなくなり、人格形成にもマイナスとなっている。そのうえ、原告らは騒音によって深刻な睡眠妨害を受けており、やっと寝ついても、また起こされ、一旦目がさめればなかなか寝つけず、睡眠自体も浅く熟睡できない。
以上のように日常生活に支障をきたし、円滑な家庭生活は破壊され、家族全員笑顔で夕食のテーブルを囲むというささやかな楽しみを奪われてしまったのである。
2 健康被害
原告らのうちには、前記の不快感、恐怖感、あるいは睡眠不足などが昂じて、頭痛、神経衰弱、食欲不振、肩こりなどに悩み、精神安定剤やサロンパス等を常用しているものも少なくない。
右にとどまらず、更に高血圧、耳鳴り、胃腸障害、心臓のどうき、生理不順、鼻血等の被害を訴えるものも多い。
また、航空機飛来直後においてはすべての者が一時的聴力損失の被害を受け、やがて騒音性難聴をきたす。原告らには難聴を訴える者が多い。
3 家屋の損傷
航空機飛来による振動によって、原告らの居住家屋に屋根瓦のずれや、壁の亀裂が生じ、建具の建付けも悪くなっている。そのために修理費用もかさんでいる。また、棚の上に置いていた物品が棚から落ちることも多い。
四 被告の責任
前記三の原告らの被害は前記二の侵害行為に起因することが明らかであるところ、かかる場合には、米軍及び被告による本件空港の設置・管理に瑕疵があり、右被害はこの瑕疵に基づくものというべきである。
1 差止請求について
原告らは、憲法一三条及び二五条に基づき、国民が健康で快適な生活を維持するために欠くことのできない条件である「良き環境を享受し、且つ支配し得る権利」としての環境権、人間個人の生命、身体、精神及び生活利益のような「人間的生存に基本的且つ不可欠な利益の総体」としての人格権をそれぞれ保有しており、右環境権もしくは人格権が侵害され、又は侵害される危険が切迫している場合には、環境権、人格権に基づき、直ちにその侵害行為の差止めを求めることができるというべきところ、原告らは、既述の侵害行為により深刻且つ広範な被害を受け続けているのであるから、被告に対し、その侵害行為の基をなす本件空港の供用の差止めを請求することができることは当然である。
原告らは、本訴において、請求の趣旨1項記載の限度で右差止めを請求するものであるが、右差止請求は、右原告らにとって健康で快適な生活を維持し、静穏な環境を守るために最低限の要求である一方、被告にとって直ちに実現可能な事項を内容としているのであるから、これが適法性を具備していることはいうまでもないところである。
2 損害賠償請求について
(一) 民特法二条による損害賠償
米軍が福岡空港の前身である板付基地にジェット機を就航させた昭和二六年一月一日から被告に右基地を返還した昭和四七年三月三一日までの間、同軍による右基地の設置・管理に瑕疵があり、よって原告らに対して前記の被害を与えたことについて、被告は、原告らに対し、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法」(以下「民特法」という。)二条により、損害を賠償する義務を負っている。
(二) 国賠法二条一項による損害賠償
本件空港が米軍から返還された昭和四七年四月一日以降、被告による本件空港の設置・管理に瑕疵があり、よって前記のとおり原告らに対し深刻且つ甚大な損害を与えたのであるから、被告は、原告らに対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)二条一項により、損害を賠償する義務を負っている。
五 相続
原告らのうち、本訴係属中に死亡した者の氏名及び死亡年月日は、原告ら準備書面引用表別表(八)の死亡原告欄記載のとおりである。その相続人の氏名、死亡原告との続柄、相続割合は、同表相続人欄記載のとおりであり、右相続人らは、死亡原告の有する前記損害賠償請求権をその相続割合に応じて承継取得した。
六 結論
よって、被告に対し、
1 別紙原告目録(一)記載の原告らは、環境権及び人格権に基づき、請求の趣旨1項記載のとおり、本件空港につき、夜間離着陸のための供用の差止めを求める。
2 別紙原告目録(二)記載の原告らは、左記各支払いを求める。
(一) 昭和二六年一月一日以降本件空港が米軍から被告に返還された前日である昭和四七年三月三一日までは民特法二条、同年四月一日以降本訴提起日(第一次訴訟の原告らについては昭和五一年三月三〇日、第二次訴訟の原告らについては昭和五六年一〇月八日)までは国賠法二条一項に基づき、慰謝料内金として各自二〇〇万円及び本訴追行のために必要な弁護士費用の損害として各自三〇万円の各自合計二三〇万円並びに右各自の慰謝料二〇〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日(第一次訴訟の原告らについては昭和五一年六月二二日、第二次訴訟の原告らについては昭和五六年一二月一五日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金。
(二) 第一次訴訟の原告らについては昭和五一年四月一五日から、第二次訴訟の原告らについては昭和五六年一二月一五日から、それぞれ前記1項の夜間離着陸禁止が実現され、その余の時間帯において、騒音が右原告らの居住地域で六五ホンを超える一切の航空機の離着陸を禁止するまで、毎月未日限り、各自一か月二万円の割合による慰謝料及び同三〇〇〇円の割合による弁護士費用の損害賠償金。
3 請求原因五項の相続人である別紙原告目録(三)記載の原告らは、左記各支払を求める。
(一) 同目録請求金額欄記載の金員(各被相続人について右2(一)と同一事由に基づき生じた同額の慰謝料及び弁護士費用の損害賠償金の相続割合に応じた金額)及び慰謝料額欄記載の金員に対する本件訴状送達の日の翌日(前同)から遅延損害金等の終期欄記載の日(被相続人の死亡日)まで民法所定年五分の割合による遅延損害金。
(二) 第一次訴訟の原告らについては昭和五一年四月一五日から、第二次訴訟の原告らについては昭和五六年一二月一五日から、それぞれ右目録遅延損害金等の終期欄記載の日まで、各自一か月将来請求金額欄記載の割合による損害賠償金(慰謝料二〇、弁護士費用三の割合)。(請求原因に対する認否)
一1 請求原因一1の事実中、本件空港が福岡市の東南部に位置し、JR九州博多駅等重要な都市施設から三キロメートル以内の距離にあること、その敷地総面積は約三四九万八五〇〇平方メートルであり、幅六〇メートル、長さ二八〇〇メートルの滑走路を有することを認める。本件空港は、被告準備書面引用図表(本判決別冊4)第1図の赤線で囲む区域からなり、昭和六一年三月現在、長さ二八〇〇メートル、幅六〇メートルの滑走路、延長三七九九メートルの誘導路及び面積五一万三一七六平方メートルのエプロンを有し、その総面積は約三四九万八五〇〇平方メートルである。また、本件空港の規模・施設は右引用図表第33表のとおりである。
2(一) 請求原因一2(一)の事実中、本件空港は、我が国の旧陸軍省が昭和二〇年五月、北部九州防衛基地とするため、席田飛行場として建設したものであること、同年八月一五日の終戦の後、本件空港の用地が一旦旧土地所有者に返還されたことは認める。
本件空港は、我が国の旧陸軍省が昭和一九年二月から同二〇年五月にかけて、当時の福岡市と福岡県筑紫郡那珂町にまたがる農地等約二五一万九〇八七平方メートルを買収し、席田飛行場として建設したもので、昭和二〇年五月、長さ二〇〇〇メートル及び一五〇〇メートル、幅各五一メートルの二本の滑走路が完成し、同年八月の終戦に至るまで、旧陸軍が北部九州防衛基地として管理、運営していた。
(二) 同一2(二)の事実については、本件空港が昭和二〇年一一月二九日、連合国軍を構成する米軍に接収されたこと、その後、本件空港は、米軍によって大幅な整備拡張がなされ、板付飛行場との名称で、米空軍によって管理、運営されるようになったこと、昭和二七年四月二八日の平和条約発効以降、本件空港は、旧安保条約三条に基づく行政協定二条一項により、米軍の使用する施設及び区域として米国に提供され、同三五年六月二三日以降は、新安保条約六条に基づく地位協定二条一項(a)により、引き続き米軍の使用する施設及び区域として米国に提供され、米軍が飛行場として管理、運営してきたものであることを認める。
(三) 同一2(三)の事実については、本件空港が昭和二五年六月に始まる朝鮮動乱では第一線基地になったこと、同二六年四月から滑走路が延長されてジェット機の使用が始まり、その敷地総面積も約三五〇万平方メートルとなったこと、昭和四五年一二月二一日、第一二回日米安全保障協議委員会が開催され、日米両国間において安保条約及び地位協定の枠内における板付飛行場を含む施設及び区域の整理統合計画が了承され、その結果、板付飛行場の大部分は我が国に返還され、返還後は運輸大臣により設置、管理されることとされたこと、これにより、昭和四七年四月一日、本件空港は、運輸省所管の公共用飛行場福岡空港として新たに発足するに至り、以後、本件空港は、空港整備法四条一項所定の運輸大臣が設置し管理する第二種空港とされていることは認める。
なお、本件空港は、右のとおり、被告(運輸大臣)が設置し管理する第二種空港であるが、その一部である前記引用図表第1図の青色部分は、被告が米軍に提供している施設及び区域であり、同図赤色部分は、航空自衛隊の専用する区域とされており、同図の緑色部分は共用地域である。
(四) 同一2(四)の事実については、昭和二六年一〇月から米軍の了解の下に日本航空による東京―大阪―福岡を結ぶ定期航空路線が開設され、本件空港における民間航空機の使用が開始されたこと、その後、国際線も開設され、本件空港が民間航空機の離着陸する空港として重要性を増していったことは認める。
3 請求原因一3の事実中、左記に反する点は争う。
原告らの本訴提起当時及び移転先の住所、航空機騒音防止法の規定に基づく指定区域、居住開始(出生)年月日、転出(死亡)年月日は、周辺対策実施状況一覧表(本判決別冊5)記載(赤色部分を除く。)のとおりである。
二1 請求原因二1(一)の事実中、本件空港には、米第五空軍れい下の第四三航空師団司令部が置かれ、昭和二六年四月ジェット戦闘機の使用が開始され、同三一年一一月F―一〇〇ジェット戦闘機が、同三四年一二月F―一〇二ジェット戦闘機が、同三八年五月F―一〇五ジェット戦闘爆撃機が順次配置されたこと、昭和三八年一二月在日米軍の再編成に伴い、F―一〇五ジェット戦闘爆撃機を有する第八戦闘爆撃師団の第三五、第三六、第八〇戦術戦闘機大隊が昭和三九年五月四日横田飛行場に移駐し、同年六月前記第四三航空師団が解体されたため、本件空港は第一線の戦闘基地としての機能を失い、予備基地となったことは認めるが、その余は争う。
2 請求原因二1(二)ないし(四)の事実中、本件空港における昭和四七年以降の年間離発着回数が原告ら準備書面引用表別表(三)のとおりであること、昭和四七年五月一五日から同月一七日にかけて、九州大学工学部建築学教室により航空機騒音の測定調査が行われたこと、同四九年八月二〇日から同月三一日にかけて、運輸省航空局により騒音実態調査が行われたことは認めるが、その余は争う。
3 請求原因二2及び同3の各事実は、いずれも争う。
三 請求原因三の事実は、次のとおり争う。
1 原告らの主張する日常生活の妨害については、航空機、特にジェット機が離着陸時にある程度の騒音を発することは、やむを得ないところである。そのために、原告らのうちには、時として、会話、電話、テレビ、ラジオの視聴などに若干の影響を受ける者があり得るであろう。
しかしながら、本件空港周辺における飛行回数、騒音量については、最も騒音量の多いと思われる地点(屋外)においても、昭和六一年では、騒音発生回数一日平均一〇〇回程度にすぎない。航空機騒音は一過的、間欠的であり、一回当りの七〇dB(デシベル)(A)以上の継続時間は秒単位の極めて短いものである。
のみならず、家屋の遮音効果を考慮すると、後記のとおり、航空機騒音防止法の規定に基づくA工法の防音工事を施したものについては三〇dB以上、B工法の防音工事を施したものについては二五dB以上、C工法の防音工事を施したものについては二〇dB以上の減音効果がある。騒音の影響の及ぶ範囲の主な部分は、航空機騒音防止法による第一種区域に指定されており、申請さえあれば、住宅に防音設備が施されるのである(学校等についても同様である。)。また、防音設備のない木造家屋でも、窓を閉じれば二〇dB程度の減音効果がある。したがって、これらの効果をも考慮に入れると、本件空港周辺の騒音により日常生活に与える影響は、軽微なものであり、大きな障害を生じるものではないといわねばならない。
なお、原告らの主張する睡眠妨害については、本件空港においては、一般人が睡眠に使用する午後一〇時から午前七時までの間における定期便の運航は夏季の一時期を除いてなされていない。昭和六〇年一〇月現在午後九時台における定期航空便は、着陸便が四便あるのみであり、右定期便四便にはすべて低騒音型機が使用されているし、右の住宅防音工事の減音効果を考慮すれば、原告らが本件空港からの騒音によって、睡眠を妨げられることは殆どないといってよいであろう。
2 原告らは、「健康被害」として、「難聴及び耳鳴り、頭痛、神経衰弱、食欲不振、肩こり、高血圧、胃腸障害、心臓のどうき、生理不順、鼻血」等の症状が現われたことを挙げるが、原告らは、陳述書等において、そのような主観的訴えをなすのみで、右疾病に罹患し、あるいは右症状が現れたことについて医師の診断書等による医学的な証明をしていない。仮に原告らが右疾病に罹患し、あるいは右症状があると診断されるとしても、これが本件航空機騒音とどのような因果関係をもって発病又は増悪したものかについて、医学的証明はなされていない。
3 原告らの主張する家屋の損傷については、客観的な証明がなされておらず、また仮にそのような事実が存在したとしても、これが本件空港に離着陸する飛行機の飛行に伴う振動等によるものであるとの点については、科学的証明がない。
四1 請求原因四1の事実は争う。
2 請求原因四2(一)(二)の事実中、本件空港は、昭和二六年一月一日から同四七年三月三一日までは米軍が、同年四月一日以降は被告(運輸大臣)が、それぞれこれを設置、管理してきたことは認めるが、その余は争う。
五 請求原因五の事実中、原告ら準備書面引用表別表(八)の死亡原告欄記載の各原告が、同表死亡年月日欄記載の日にそれぞれ死亡したことは認めるが、その余は不知。
(被告の主張)
一 原告らの請求の不適法性・不当性
1 差止請求について
(一) 民事訴訟による差止請求の不適法性
本件空港は、既に述べたとおり、運輸大臣の設置、管理する第二種国営空港であり、民間航空機、米軍機、自衛隊機の離着陸の用に供されているものであるが、本件請求中一定時間帯につき本件空港を航空機の離着陸に使用させることの差止めを求める請求に係る部分は、民事上の請求としては不適法である。
先ず、民間航空機については、最高裁判所昭和五六年一二月一六日大法廷判決(民集三五巻一〇号一頁、以下「大阪空港最高裁判決」という。)は、大阪国際空港の夜間における航空機の離着陸の差止請求について、公権力の行使を本質的内容としない営造物管理権と公権力の行使を本質的内容とする航空行政上の規制権限の国営空港におけるそれぞれの行使ないし位置関係を詳細に検討したうえ、両権限が同一機関に帰属せしめられている国営空港の特質を参酌して考えると、空港の管理に関する事項のうち、少なくとも航空機の離着陸の規制そのもの等、空港の本来の機能の達成実現に直接かかわる事項については、両権限が不可分一体的に行使実現されているものと解するのが相当であるとし、航空機の離着陸のためにする国営空港の供用は、運輸大臣の有する空港管理権と航空行政権という二種の権限の総合的判断に基づいた不可分一体的な行使の結果とみるべきであるから、航空機離着陸の差止請求は、不可避的に、航空行政権の行使の取消、変更又はその発動を求める請求を包含することとなり、通常の民事上の請求として、国営空港における航空機の離発着の規制そのもの等、当該空港の本来の機能の達成実現に直接かかわる事項を給付請求の対象とするような私法上の請求権は認められないとして、結論として民事上の差止請求は不適法であるとした。民事上の差止請求を不適法とする同判決の判断は、大阪国際空港と同一の法律関係にある本件空港についても当然に妥当するものである。
次に、米軍機については、被告の米国への本件空港の提供及び米軍による本件空港の使用は、新安保条約及び地位協定によるものであるが、米軍は、これにより、提供された施設及び区域を自由に使用できるのであり、本件空港における航空機の離着陸、航空機エンジンの作動、航空機の誘導等がその使用権限の範囲内に存することは明らかである(地位協定二条一項)。したがって、提供国たる被告において、一方的に米軍の使用を禁止したり制限したりすることは、許されるものではない。
そして、もし、被告において、米軍に対して右空港の使用の制限、差止め等をしようとするならば、被告が右軍隊に対する指揮、命令、監督の権能を有するものでない以上、地位協定二五条に定める合同委員会を通じて日米両国政府間の協議によるか、この協議によって問題が解決しないような場合や、右の協議によっては解決できないような問題に関する場合には、日米両国政府間の外交交渉によって、右空港の使用制限、禁止等について米国の同意を取り付ける以外には方法がないが、このような外交交渉が内閣の職務の一つであり(憲法七三条二号、三号)、公権力の行使であることは明らかである。したがって、被告を相手方として、米軍をして本件空港の使用制限等をさせるべきことを求める原告らの請求は、その実質は、米国政府との外交交渉を被告に義務付ける行政上の義務付け訴訟ないし被告に対して米国政府との外交交渉をなすべきことを求める行政上の給付訴訟にほかならず、それが行政事件訴訟として適法とされ得る余地があるか否かはともかくとして、少なくとも、民事訴訟として不適法なことは明らかである。
しかも、給付訴訟として、被告に対し一定の作為ないし不行為を命ずることを求めるには、その命令を被告が履行しない場合には、その履行を我が国の裁判所において強制し得る方法が存するようなものでなければならないことはいうまでもないが、右のような米軍の行為の差止めを被告に対して命じてみても、我が国の裁判所が被告に外交交渉の成功を強制することはもちろんのこと、外交交渉自体を強制し得る法的な方法は全く存しないのである。このような、我が国の裁判所として履行を強制できないことを給付判決によって命じることができないことはいうまでもない。
更に、自衛隊機については、本件空港に離着陸する自衛隊機の運航活動は、自衛隊法一〇七条五項の規定により防衛庁長官が定めた「航空機の使用及びとう乗に関する訓令」(昭和三六年一月一二日防衛庁訓令第二号)三条の定めるところにより、
(ア) 自衛隊法第六章の規定により行動を命ぜられた場合又は行動する場合において、航空機を使用する必要があるとき、
(イ) 自衛隊法九九条から一〇〇条の五までに規定する業務を行う場合において、航空機を使用する必要があるとき、
(ウ) 教育訓練に関し航空機を使用する必要がある場合、
(エ) 航空機及びその装備品又は航空燃料に関する整備等に関し航空機を使用する必要がある場合、
(オ) 偵察、連絡、観測、測量、写真撮影、もしくは調査又は隊員の輸送もしくは整備等のために航空機を使用する必要がある場合、
(カ) 自衛隊に係る事故又は災害のための捜索救助又は調査のために航空機を使用する必要がある場合、
(キ) 隊員の航空適性検査又は航空従事者の技能を維持するための訓練として行う飛行のために航空機を使用する必要がある場合、
(ク) 七条一項各号に掲げる者を同乗させるために航空機を使用する必要がある場合、
(ケ) 前各号に掲げる場合のほか、部隊等の任務を遂行するために航空機を使用する必要がある場合、
(コ) その他長官が特に命じ又は承認した場合、
以上の各場合においてなされているものである。
ところで、防衛出動(自衛隊法七六条)、治安出動(同法七八条、八一条)、警備行動(同法八二条)、災害派遣(同法八三条、八三条の二)、領空侵犯に対する措置(同法八四条)、機雷等の除去(同法九九条)の場合における自衛隊の航空機の運航活動は、右のとおり自衛隊法上に実定法上の根拠を有し、防衛作用の一環として、本来的には、被告が統治権の主体として行う権力作用であることは異論のないところであろう。また、自衛隊法には防衛出動時には物資の収用等の権限を有し(同法一〇三条一項ないし五項)、領空侵犯に対する措置の場合には外国航空機を着陸させ又は領空から退去させるため必要な措置を講じることができる(同法八四条)など、各種の一方的、権力的作用の発動及びこれが行使に対する国民の受忍の義務が明文をもって定められており、このような場合の自衛隊の行動は防衛又は警察の目的でなされるものであって、それによって生ずる効果ないし法律関係を私人相互間の関係と区別して取り扱うだけの合理的根拠が当然認められる。ところで航空機騒音についてこれを受忍すべきことの明文規定は自衛隊法上見当らないが、自衛隊法が右の自衛隊の行動を行政庁の優越的意思の発動としてなされるものと規定している以上、その行為の結果通常生じる可能性のある国民の権利、利益の侵害又は制約については当然に受忍の義務を課しているものと解されるのであり、航空機の運航活動により不可避的に発生する騒音被害についても受忍の義務を課しているものと解することができる。右以外の自衛隊機の運航活動についても、本件空港における自衛隊機の運航活動は、右の公権力の行使に当る権力活動としての運航活動とその任務遂行のために必要不可欠なものとして付随する諸活動としての運航活動が渾然一体として存在するものであり、それらは、防衛及び公共の秩序維持という行政目的実現のための作用として、密接不可分に一体の関係にあるから、これを分離して行為の性質を判断することは適当ではなく、いずれも公権力の行使に当る事実行為ということができる。
したがって、原告らの求める差止請求のうち、自衛隊機に関する部分は、自衛隊法等の実定法規により実施されている事実行為たる公権力の行使そのものについての不作為を求めるものであって、民事訴訟事項に属しない事項を内容とするものであり、民事訴訟としては不適法である。
(二) 統治行為ないし政治問題
原告らの求める本訴差止請求は、本件空港に離着陸する米軍機及び自衛隊機をも対象とするものである。しかし、米軍機及び自衛隊機に関して、原告らが本訴の請求の原因において問題としているような行為の適否を判断することは、条約又は防衛力の配備の適否について判断することになるが、これらの事項は、統治行為ないし政治問題として司法裁判所の判断事項に属しない事項である。すなわち、原告らが差止請求の対象とするのは、夜間、早朝における一切の航空機の離着陸の禁止である。しかし、このような請求は防衛施設としての本件空港の使用の目的達成を不能にするものである。このような請求の適否を判断することは、本件空港に離着陸する航空機の運航活動の公共性ないし必要性の具体的内容及び程度についてまで立ち入って検討することとなり、米国の本件空港使用行為の適否ないし我が国の防衛力の配備の適否の判断を前提とするものであって、裁判所の司法審査の判断事項に属しないものである。
2 損害賠償請求について
(一) 原告らは、本訴の損害賠償請求の根拠法条として、昭和四七年三月三一日以前の損害については民特法二条、同年四月一日以降の損害については国賠法二条一項を挙げている。しかしながら、これらの点に関する原告らの主張は、次のとおり失当である。
(ア)(1) 国賠法二条一項の適用については、国賠法二条の責任を問う場合には、「道路、河川その他の公の営造物」の「設置又は管理に瑕疵があった」ことを具体的に主張すべきである。
ところが、原告らの主張するところから推測すると、本件空港全体を「営造物」としてとらえたうえ、「騒音等の発生」を設置又は管理の瑕疵と主張しているもののようである。しかし、そのような事柄は、そもそも「営造物」の瑕疵の問題ではない。すなわち、国賠法二条一項にいう「設置又は管理」の「瑕疵」とは、当該営造物が通常備えるべき性質又は設備を欠き、本来有すべき安全性を欠いている状態を意味するものであり、換言すれば、当該営造物の物的状況が安全性を欠くこと、すなわち、物理的瑕疵を意味するものと解すべきである。
しかるところ、本件空港は、我が国における最大級の空港の一つであって、航空機の離着陸の用に供されることを本来の目的としており、その目的達成のために、飛行場が通常備えるべき性質及び設備を有し、本来持つべき安全性を完全に具備している。
(2) もっとも、前記大阪空港最高裁判決は、国賠法二条一項にいう営造物の設置・管理の瑕疵、すなわち営造物が通常有すべき安全性の欠如とは、「当該営造物を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によって一般的に」他人に「危害を生ぜしめる危険性がある場合」(これを「物的性状瑕疵」と呼ぶことにする。)のみならず、「その営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において危害を生ぜしめる危険性がある場合」(これを「供用関連瑕疵」と呼ぶことにする。)を含む旨判示している。
仮に、国賠法二条一項にいう営造物の設置・管理の瑕疵の中に、物的性状瑕疵の範囲を超えて、供用関連瑕疵も含まれるとする立場を肯定するとしても、右最高裁判決は、右のような供用関連瑕疵の一般的判断基準として、①当該営造物の利用がその態様及び程度において一定限度を超え、それによって他人に危害を生ぜしめる危険性がある状況にあること、②右営造物の設置・管理者において右危険性につき特段の措置を講ずることなく、また、適切な制限を加えないままこれを利用に供し、その結果利用者又は第三者に対して現実に危害を生ぜしめたこと、③右危害の発生が右設置・管理者の予測し得ない事由によるものでないことの三要件を挙げるものと解される。そして、右②の要件は、営造物の設置・管理者において危険性につき特段の措置を講ずること、又は営造物の利用方法、利用態様等について適切な制限を加えることが可能であること及び右のような措置を講じ、また制限を加えれば危害の発生を回避することが可能であることを当然の前提としていることが明らかである。
ところで、国賠法二条一項の規定の仕方からみれば、右条項にいう「営造物の設置又は管理の瑕疵」については、原告らが主張・立証責任を負うことは明らかである。そうすると、国賠法二条一項に基づき営造物の設置又は管理の瑕疵があることを理由に損害賠償請求をする場合には、事故発生の①危険性の存在、②予見可能性の存在、③回避可能性の存在が請求原因を構成し、それらは賠償請求権者である原告側の主張・立証責任に属するということになる。
しかるに、右の主張・立証は尽くされていないのみならず、本件空港の設置・管理者である運輸大臣は、本件空港について、空港環境対策を採る上で存在する種々の社会的、技術的、財政的諸制約の存在する具体的事情の下において、その有する権限の範囲内で、航空機騒音の周辺住民に対する影響の防止に資する措置を可能な限り最大限度実施してきたものであり、右措置を採ったにも拘らず、なお原告らに危害を発生せしめたというのであれば、それは、本件空港の設置・管理者にとっては客観的に回避不能というべきであるから、既にこの点において本件空港の設置・管理には、供用関連瑕疵は存しないことに帰するというべきである。
(イ) 原告らは、本件空港が米軍の管理・運営下にあった昭和四七年三月三一日以前についても損害賠償を求め、その法的根拠は民特法二条である旨主張している(なお、民特法は、昭和二七年四月二八日施行されたものであるから、施行前の米軍の不法行為については適用がないことは明らかである。)。
ところで、原告らが右損害賠償請求について、米軍のどのような行為をどのような基準で違法と主張するのか必ずしも明らかではないが、将来の損害賠償請求の終期の一つについて「騒音が原告らの居住地域で六五ホンを超える一切の航空機の離着陸を禁止するまで」と掲記しているところからすると、原告らは、米軍の管理時代においても、六五ホンを超える一切の航空機音について、これらを原告らの居住地域に到達させたことをもって違法とするもののようにも解される。そうだとすると、当時米軍は、本件空港を軍用飛行場として使用していたものであるところ、そこで運航活動が行われていた軍事用航空機については、その性質上、最大量の出力が求められ、エンジン、プロペラ等航空機の構造上の音源対策を施すことには限界があった。そして、当時の航空機の性能を前提とする限り、飛行中あるいは離着陸時はもちろんのこと、地上におけるエンジンテスト等の際においても、原告らの居住地に六五ホンを超える航空機騒音を到達させないようにするということは殆ど不可能であった。
したがって、原告らの右損害賠償請求は、結局、当時米軍が条約によって許容されていた本件空港の通常の使用形態、航空機の運航活動に対する殆ど全面的な違法判断を前提とするものにほかならない。
しかしながら、当時の米軍の本件空港使用行為、同空港における航空機の保有・運航活動に関しては、たとえ部分的にであっても、司法裁判所がこれを違法と判断することは、本件空港の設置・管理、同空港における米軍機の保有・運航にかかわる法律関係に照らし、司法裁判所の判断権限を超えるものであり、このような判断を求める請求は、不適法である。
仮に、本件空港における米軍機の運航活動について、騒音被害との関連において民特法二条の適用があるとしても、民特法二条の規定は国賠法二条一項と同様に、いわゆる営造物責任を定めた規定であるから、前記のとおり、国賠法二条一項の解釈、適用について指摘したのと同様の問題がある。すなわち、民特法二条が本件において適用されるのは、本件空港に営造物としての物的性状瑕疵が存する場合でなければならないというべきであり、本件空港の使用方法のいかんにかかわるような事柄を理由とする本件損害賠償請求においては、本来民特法二条の規定の適用を問題とする余地はないのである。
また、民特法二条にいう営造物の設置・管理の瑕疵の中に、物的性状瑕疵の範囲を超えて供用関連瑕疵も含まれるとする立場を肯定するとしても、米軍が使用・管理する基地の騒音対策については、民間飛行場とは異なり、なお一層の制約があり、被告において危害発生につき回避可能性の存しなかったことは明らかである。
すなわち、航空機の騒音を防止し又は軽減するための方策は音源対策、運航対策及び周辺対策に分けることができるが、航空機の騒音をその発生源である航空機そのものの改良によって低減しようとする音減対策は、もともと軍用飛行機については、性能上の極限値を追求し、戦闘行動能力が最も重視される軍用機の本質上、騒音の音源自体の軽減対策を考慮する余地は極めて少ないものである。また、何より行政協定及び地位協定に基づき我が国より施設及び区域として提供された飛行場に離着陸する米軍機は、安保条約の目的を達成するため米軍がその任務遂行に必要な運用・管理の権限を有するものであるばかりでなく、平時、あらゆる事態に即応するための訓練を行い、実戦配備の実動態勢を前提とする不定型の運用が行われているのが実態であって、我が国が自国の航空機と同様に騒音防止の運航対策の一環として音源そのものを規制することは相手方の同意なくしてなし得ることではない。したがって、被告がかかる飛行場周辺の航空機騒音対策として行い得る措置としては、米軍に対し、その運航対策についての協力を求めるほか、周辺対策に重点を置かざるを得なかったのである。
しかるところ、被告は、本件空港が米軍の管理・運営下にあった当時において、空港環境対策を採る上で種々の社会的、技術的、財政的諸制約の存在する具体的事情の下において、その有する権限の範囲内で、航空機騒音の周辺住民に対する影響の防止に資する措置を可能な限り最大限度実施してきたものであるから、本件空港の設置・管理には、供用関連瑕疵は存しなかったというべきである。
(二) 将来の損害賠償請求について
原告らは、原告らの求める差止請求の履行完了済み及び「その余の時間帯において、騒音が原告らの居住地で六五ホンを超える一切の航空機の離着陸を禁止するまで」一か月につき各二万三〇〇〇円の損害賠償金の支払を求めている。右の請求には、口頭弁論終結後の将来の給付請求を含んでいるが、右請求は、将来の給付請求の要件を欠くから不適法である。すなわち、前記大阪空港最高裁判決は、将来の給付の訴えの要件とされる将来の請求権発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係について、それが将来現実化する請求権の成立要件の主要な部分に当り、且つ、請求権の内容を一義的に決定するようなものであることを必要としており、本件のような将来の損害賠償請求については、将来の不法行為成立の確実性及び賠償内容の確定性の要件を厳格に解している。
ところが、本件においては、口頭弁論終結後において、原告らのいう侵害行為又は損害の発生の基礎となる事実関係が変動することが明らかに予測されるのであって、将来の不法行為成立の確実性及び賠償内容の確定性の要件を充足するものではないから、本件将来の損害賠償請求に係る訴えは不適法なものというべきである。
(三) 一部請求について
原告らは、過去の本件損害賠償請求については一部請求である旨明らかにしているが、原告らの請求がそのように損害金の一部請求であるならば、既判力、過失相殺、消滅時効等との関連上、それがいかなるものの一部であるかを明示すべきであることは当然である。
ところで、原告らの請求する損害なるものは、本件空港を利用する航空機の離着陸等によって生じているというものであるから、原告らの主張に従えば、その損害賠償請求権は、航空機の離着陸等の各行為ごとに、その都度逐次損害が発生しているはずである。この種の不法行為については、その損害額は履行期によって区分することが可能であり、それについて一部請求をするというなら、本訴においてそのような履行期によって特定されたどの部分についての請求をするのか、原告らにおいて特定すべきである。しかも、原告らは損害賠償請求の実体法上の根拠規定として、昭和四七年三月三一日以前の損害については民特法二条、同年四月一日以降の損害については国賠法二条一項であると主張するのであるが、そうだとすれば、昭和四七年四月一日を境として訴訟物も異なるはずであるから、原告らにおいて右各訴訟物ごとに請求金額を特定しなければならない。しかるに、原告らは、この点について何ら特定せず、ただ漠然と過去の損害金の一部請求として原告らのいずれに対しても一律に二〇〇万円の支払を求めるというだけであり、このようなその範囲を特定しない一部請求は、訴訟物の特定を欠くものであり、不適法といわなければならない(最高裁昭和六一年五月三〇日第二小法廷判決・判例時報一一九九号二六頁参照)。
(四) 一律請求について
原告らは、原告ら各自について、二三〇万円とか一か月二万三〇〇〇円とかいう一律の金額による一律請求をしている。しかし、原告らにその主張のような損害が存するとしても、それは、各原告らの個別的事情ごとに異なる内容のものであるはずのものであり、各損害額が一律であるというようなことはあり得ない。
すなわち、原告らについて損害があるとしても、その内容は、(ア)居住地の本件空港からの距離、(イ)居住期間、(ウ)一日のうち居住地にいる時間、(エ)居住環境、(オ)職業、(カ)性別等のいかんによって明らかに異なるはずであり、これらの各別の事情を捨象した一律請求は、不当であるといわなければならない。
二 環境権及び人格権に対する反論
1 原告らは、差止請求の根拠となる権利及び損害賠償請求の被侵害利益として、「環境権」及び「人格権」を主張している。原告らは、環境権については、「良き環境を享受し、且つこれを支配し得る権利」であるとし、また、人格権については、「個人の生命・身体・精神及び生活に関する利益の総体」であるとして、それぞれ定義付けを行ったうえ、憲法一三条及び二五条が右環境権及び人格権の実体法上の根拠規定であるとしている。そして、原告らは、右環境権及び人格権が右のように憲法上保障された基本的人権たる実体法上の権利であることを前提としたうえ、右環境権及び人格権なる権利が現実に侵害され又はそれが侵害される危険が差し迫った場合には、直ちに民事上その侵害行為の排除ないしその予防等をなし得る差止請求権が発生するものと断じている。
2 しかしながら、「環境権」、「人格権」についての右主張は、次のとおり失当である。
(一) 先ず、環境権については、これを直接根拠づける実定法規が存在しない。
成文法主義を採り、民法、商法等の法典を有する我が国の私法秩序においては、私法上の権利は、それぞれ該当条文によって、その概念、成立・存続・消滅の要件、効力とその作動方式、その適用領域、権利相互間の優劣等に関する重要な部分が規定されており、明文の規定がない部分も解釈によって補充されて、全体として一大体系を成しているのである。そこに、概念としては極めて不分明でありながら、しかも差止めという形での他への干渉をもできるとする環境権なるものを導入しようとすることは、有機的な組織体としての我が国の私法秩序にとって、その統一と一覧性とを保持し得るか否かの一大問題であるといわなければならない。しかし、環境権なるものは、その意味内容も提唱する論者によって異なり、また、その発動要件も干渉範囲も明らかでないのである。
原告らは、環境権の実体法上の根拠として、憲法一三条、二五条を挙げている。しかし、そもそも憲法二五条は、国に対して、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るような適切な施策を求める理念上の根拠を定めた規定であって、立法や施策のための綱領的規定である(いわゆる食糧管理法違反事件についての最高裁昭和二三年九月二九日大法廷判決・刑集二巻一〇号一二三五頁、いわゆる朝日訴訟事件についての最高裁昭和四二年五月二四日大法廷判決・民集二一巻五号一〇四三頁)。学説には、綱領的規定説のほか、法的権利説などがあるが、後説にしても具体的内容は具体的な実体法によって定まるとするのが多数である。また、憲法一三条は、「すべて国民は、個人として尊重される。」とし、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」が国政上「最大の尊重を必要とする。」とする基本的人権の尊重を一般的に定めた包括的な人権宣言規定であって、それが直ちに具体的な国民の権利を創設ないし確認したものではないから、同条項をもって即環境権の実体法上の根拠条項ということはできないことは、明らかである。
(二) 人格権については、その主張が実定法上の根拠を欠くものであり、憲法一三条、二五条が右の権利の存在することの根拠となり得るものでないことは、環境権について述べたところと基本的には同一である。
人間の生命、身体、健康等の人格的利益が、人間の存在そのものにかかわるものとして財産的利益以上に尊重されるべきものであることは、もとより当然のことである。しかし、それらの利益について、私法上の権利としてどのような権利を構成するか、私法上の権利として構成したものに、どのような要件の下にどのような法律上の保護を与えるか、特にこれらの利益がどのようにいかなる程度に侵害された場合に、被害者から加害者に対していかなる救済を求め得ることとするかということは、すべて実定私法の定めるところによって決せられるのであり、このことは、成文法主義を採る我が法制上当然のことであるといわなければならない。人格的利益が何ものにも増して尊重されるべきであるということを強調するのみで、実定法上の根拠なしに、排他性、絶対性を持つ人格権なるものが承認されるべきことを説く原告らの主張は、誠に短絡的であり、到底採用に値しないといわなければならない。
また、原告らの主張する人格権なるものは、その概念内容が極めて不明確である。原告らの主張は、この点について、単に人格権を私法上の権利として承認すべきであるとしたうえ、「個人の生命・身体・精神及び生活に関する利益の総体としての人格権」というとするのみである。
これは、原告らの引用する大阪国際空港に関する大阪高等裁判所昭和五〇年一一月二七日判決(判例時報七九七号三六頁、以下「大阪空港大阪高裁判決」という。)の判示と軌を一にするものであるが、同判決のいう個人の「生命・身体の安全」、「精神的自由」及び「平穏、自由で人間たる尊厳にふさわしい生活を営むこと」という利益にしても、いずれも、それ自体、抽象的にただそのように表現されたにとどまる、誠に漠たるものであり、それぞれの実体的な内容や、その範囲ないし限界は具体的には全く明確でない。「身体の安全」にしても極めて抽象的且つあいまいであるが、「精神的自由」とか「平穏、自由で人間たる尊厳にふさわしい生活」に至っては、極限的な抽象概念というべきであり、概念内容を具体的に把握することは殆ど絶望的といってよい。更に、いわゆる人格権は、原告らの主張においても、その権利としての性質ないし構造がおよそ明らかでない。原告らも含めて、いわゆる人格権論においては、権利の存在の論証には一応の努力がなされるが、権利の内容、範囲、限界について殆ど全く論じられない。実定法に根拠のない新しい権利、殊に排他性、絶対性を備えた権利の承認を求めようとするなら、その点を明確にすることが不可欠であることはいうまでもない。結局、いわゆる人格権は、その内容がおよそ不明確で、権利としての枠組みも、権利体系ないし私法秩序の中での位置づけも明らかではなく、権利としての承認を求め得るだけの資格を備えているとは到底いい難いのである。
三 受忍限度論
1 総論
元来、社会共同生活が成り立って行くためには、騒音、振動、煤煙等によるある程度までの被害は、相互に受忍しなければならないことは、何人にも異論のないところである。そして、本件空港の使用は、既に述べたとおり、適法な行為であり、その使用に際して行われる航空機の離着陸及び航空機エンジンの作動等も、本来適法な行為である。したがって、それが違法な行為に当るとして差止請求の対象となったり、不法行為として損害賠償責任の問題が生じたりするのは、それが権利の濫用に当る場合とか、社会生活を営む上において各人が受忍するのが妥当と認められるいわゆる受忍限度を超える侵害を他に及ぼす場合とかいうときに限られるのである。そして、具体的事案について、侵害行為が受忍限度を超える程度に達するものであるか否かは、侵害行為の態様と程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の公共性の内容と程度、被害の防止又は軽減のため加害者において講じた措置の内容と程度、地域性、土地利用の先後関係、危険への接近の有無、侵害防止措置等の具体的事情を全体的、総合的に考察して判断すべきものである。
ところが、原告らは、人格権、環境権を他の利益との比較衡量を許さない絶対的な価値概念としてとらえ、しかも、右の人格権、環境権の概念に、原告らの生活上のあらゆる利益を盛り込むことによって、その概念をあいまい、不明確なものに拡張している。
しかしながら、社会生活を営む上で、他者の権利を考慮しない絶対的権利(利益)は存在しないから、仮に本訴における法的根拠、被侵害利益が環境権、人格権であるとしても、また、損害賠償の根拠法条をいずれに求めるにしても、違法性を判断するについて、受忍限度による利益衡量を必要とすることに変わりはないのである。
そして、受忍限度内にあるか否かということは、個々の原告の被害を確定したうえで、かかる被害について平均的、一般的な社会生活者を標準にして判断すべきである。もともと、「受忍限度」は、権利を有する者の権利の行使に伴う侵害を違法と判断するについて採られる基準である。そのような場合の違法性の有無は、その侵害のある地域における平均的な社会生活者を基準にして一般的、客観的に決せられるべきである。たまたま、周辺に、通常人と異なる生活態度をとっている者、特別な病弱者等特殊な個人的事情のある者が存在することによって、そうでなければ適法であるはずの行為が許されなくなるということは著しく衡平を失するから、夜勤のため昼間睡眠を要するとか、特殊な職業に従事しているとか、長期療養中であるとかいう被害者側の個別的な特殊事情を基準として違法性の有無を決すべきではない。
また、差止要件としての受忍限度と損害賠償要件としての受忍限度とでは、前者の方がより高いといわなければならない。一般に、差止めは、損害賠償金の支払にとどまることと比較すると結果が重大であることから、それが認められるためには損害賠償の場合より一層高い受忍限度が要求されるというべきだからである。
2 侵害行為の態様と程度
(一) 騒音
いうまでもなく、殆どあらゆる航空機が発進準備時ないし離着陸に際してある程度の騒音を発する。しかし、航空機騒音は、持続時間も短く、一過的、間欠的である。特に、離着陸時のピークレベルの持続時間は短い。したがって、仮に航空機騒音による何らかの影響があったとしても、音の終了と同時に速やかに回復するのが通常である。また、騒音による影響は、空港からの距離により著しく異なるが、更に、離陸と着陸、離着陸の方向、飛行経路によっても異なる。例えば、航空機の離着陸は、風上に向かって行うため、離着陸は、風向きにより、南向き又は北向きに変更する。これに離陸、着陸による影響の違いを考えて同一地域をみれば、おおむね航空交通量の半分の影響を受けるにすぎない。また、離着陸の方向、飛行経路、風向きによっては全く影響を受けない場合も生ずる。
したがって、航空機騒音の程度を判断するに際して、本件空港に離着陸する航空機の回数ないしその騒音量そのものの合計を基準にすることは正当でない。そのような騒音に暴露される地点は現実には存在しないからである。そして、当然のことながら、原告らに対する本件空港の騒音の影響の有無、程度は、各原告ごとに確定されねばならないのである。
また、地上音についてみると、地上音として問題になるのは、エンジンの試運転と航空機の離陸前、離陸後の誘導音(移動音)である。しかし、現在におけるこれらの音のピークレベルは、航空機の離着陸の際のものと比べると、はるかに低く、その音の広がりの範囲もはるかに狭い。エンジンの試運転については、エンジン部分を取り外し(テストセル)したり、機体に取り付けたまま(トリムパッド)でエンジンを高速回転させて調整するエンジンテストは、本件空港においては行われていない。なお、着陸の逆噴射音は、極めて間欠的なもので、そのピークレベルもさほど高いものでなく、しかも影響の及ぶ範囲は本件空港にごく近接した地域に限られている。
(二) 航空機の墜落等の危険
航空機は、現存する交通機関の中で最も安全性の高いものである。本件空港は、大阪国際空港より広大な敷地を有しており、滑走路の位置、長さ、幅員にも欠陥はなく、航空管制又は計器飛行に必要な設備も具備されており、本件空港の設置・管理については、航空関係諸法規により、それぞれ充分安全性についての配慮がされている。原告らは、米軍機の墜落事故を強調し、墜落の恐怖、不快感を主張するが、右事故は、いずれも本件空港が「板付飛行場」として米軍により設置、管理されていた当時のものであり、昭和四七年四月一日国営空港「福岡空港」として発足以降、本件空港における航空機事故は皆無である。
更に、被告は、昭和四九年以降、航空機騒音防止法に基づいて、本件空港周辺の一定区域内において移転又は除去の補償及び土地の買入れの措置を実施するとともに、その跡地を緩衝緑地帯として整備し、又は地域公共団体が公園等の環境基盤施設を整備するための用地として提供している。右措置は、結果的に、航空交通量の多い空域の直下の土地を緩衝地帯として確保することにより、空港周辺の安全性の確保に役立っている。
なお、もとより、航空機の場合も、他のすべての交通機関と同様に、絶対的な意味での安全性を常に確保するということは不可能というべきであり、可能な限りの配慮を尽した最善の措置が採られていてもなおかつ生じるような事故をおもんばかって、航空機の離着陸を禁止しなければならないとするならば、現存するすべての交通機関は、航空機も含めて全く使用できないというようなことになるであろう。
(三) 排気ガス、振動
航空機が離着陸又は飛行中に排気ガスを出し、また、若干の振動を生じさせることはあるが、いずれも、他の日常的な自動車の運行等によって生じるものより軽度のものであり、これによって周辺の居住者に特段の影響を及ぼすようなものではない。
3 被侵害利益
原告らが被侵害利益として主張するところは、極めて不明確且つあいまいであるが、「環境権」、「人格権」を侵害されたとしたうえ、その具体的内容を「日常の家庭生活の破壊」、「健康被害」、「家屋の損傷」に分類し、請求原因記載のような各別の「被害」を主張している。
しかし、原告らが前提としている「環境権」、「人格権」というような権利が我が国の実定法上認め難いものであることは、既に述べたとおりであり、仮に、「環境権」、「人格権」という権利概念が承認され得るとしても、その具体的な内容は、各権利の分類ごとに異なるから、その被侵害利益を主張、立証するためには、原告らとしては、「環境権」、「人格権」を形成している各別の具体的な被侵害利益を明らかにしたうえ、原告ら各自がそれを侵害されていることを明らかにする必要がある。
原告らは、これらの各被侵害利益について、請求原因三において「被害」として項目を挙げ、概括的に述べるのみである。しかも、陳述書及び一部の原告の本人尋問において、「被害」の事実を述べるほかは、個別的な立証を殆どしていないし、原告ら各自について具体的、個別的に右のような「被害」が存するか否かについても、また、それが本件空港を使用している航空機によるものであるか否かについても、具体的な立証をしていない。
また、原告らは、航空機騒音による被害が原告らに共通であると主張するが、そのようなことはあり得ない。例えば、「家事労働、手内職営業の能率の低下」は、原告らが家事労働、手内職営業に従事している場合でなければ問題になり得ないし、「子供たちの人格形成に対する影響」にしても、原告らが現に本件空港周辺の小学校の施設で教育等を受けているか否かによって、その影響を異にするはずである。原告らが「共通の被害」なるものを取り上げ、これを判断の基礎に置こうとするのであれば、そのような「共通の被害」は、原告らのすべてに妥当するものであることを要するのであるから、その被害の有無、程度を明らかにするためには、原告らの中で騒音等の影響が最も少ない者の条件を確定して、そこにおける被害の有無、程度が明らかにされなければならないはずであり、そのようにして明らかにされた被害の有無、程度を基準として判断がなされなければならないはずである。そして、右の条件のうち、最も重要なものは、空港からの距離等による騒音量の差異であるが、更に、居住地における実際の居住時間も重要な意味を持つのである。原告らの中には、日中、本件空港周辺以外の場所に勤務する者が相当数存するが、その勤務時間、通勤時間等を考慮すると、本件空港からの騒音等の影響を受けるのは、週日においては、帰宅後における夜間のわずかな時間帯であるにとどまるような者も少なからず存するのである。原告らは、このような考慮を全く行わず、請求の当否の判断をするについて不可欠且つ重要な条件を殆ど捨象し、原告らの一部のものについての被害の可能性をもって、直ちに原告らに共通の被害であるとするものであって、誠に不当である。
4 本件空港の公共性
(一) 航空輸送の公共性
航空機は、鉄道、自動車と並んで現代における交通機関として重要な地位を占め、殊に国際間においてはもちろんのこと、国内の長距離輸送の面においても、空間的、時間的障害を克服するという交通機関の機能を最大に持ち合わせているものである。戦後、航空輸送量は漸次増大し、これに加えて航空機の改良による性能の高度化、大型化とこれに使用させる航空路、空港及び保全施設の発達により、今や、航空機は、他のいかなる交通機関よりも短時間のうちに、快適且つ便利に目的地に到達し得る特性を有し、しかも初期の時代とは比較にならぬほど安全且つ低廉となったため、広く一般に利用されるに至っている。この需要の増大の傾向は将来も持続するものと推測されている。ちなみに、最近の世界における航空機の利用者数は、輸送人キロで年間一兆二〇〇〇億人キロ以上といわれており、貨物の輸送トンキロでは年間三九〇億トンキロ以上ともいわれている。
このように、航空運輸は、現代社会において極めて大きな役割を果たし、その公共性が大であることはいうまでもなく、したがって、かかる航空運輸のために必要不可欠な基礎的施設たる空港もまた、当然公共性が大きいものである。
(二) 本件空港の適地性
一般に空港の立地条件として、地形的に山岳地帯から離れた平たんな地にあり、気象的には、年間の悪天候の発現日数が少ないこと、風向きがほぼ一定であること等が必要であるが、本件空港は、東側には高さ三〇メートル内外の小丘陵地帯が南北に横たわり、西は市街地に接して、風向きが滑走路と同方向にほぼ年中安定している等、空港としての適地性を十分に満たしている。また、立地条件からしても、本件空港は、福岡市の中心部に近く、同市の陸上交通網の拠点である博多駅と近接した位置関係にあり、昭和六八年には本件空港と博多駅間に高速地下鉄一号線が開通する予定となっている等極めて便利な関係にある。このように、本件空港は、空港としてのこの上ない十分な適地性を有し、現時点において他に本件空港と同規模、同条件の空港を福岡市近郊に求め、その機能を代替させることは不可能な状況にある。
また、本件空港は漸増傾向にある九州地区の人口、民間企業における福岡市への集中化等を背景として、その航空運輸の需要の増大傾向をたどる中でその果たす役割は極めて大きく、現在の九州地区の経済成長は、人的交流と貨物輸送の迅速化の一翼を担っている本件空港の果たす役割と相関的であるといっても過言ではないのである。九州地区の中枢的機能を果たしている福岡市に対する民間企業の集中度の増大等は注目すべきものがあり、今後本件空港の存在はますます重要視されることになるであろう。
(三) 航空輸送における本件空港の重要性
本件空港は、人口増加の傾向にある九州地区及びその経済活動の中心となっている福岡市を背景として、その旅客需要と貨物需要を支えている。また、同空港は札幌―東京―大阪―福岡―那覇を結ぶ全国の航空路線の骨格の一拠点を形成していると同時に、九州地区周辺の主要空港への航空路網の中心となっている。すなわち、九州地区内の航空輸送については、鹿児島、宮崎の各空港との路線はもちろんのこと、壱岐、対馬、福江各空港との路線にも就航し、九州地区周辺の離島との航空輸送需要にも対応し、離島振興上も大きな責務を果たしているのである。
更に、釜山、ソウル、台北、香港、北京等の東南アジア線の国際定期便の拠点となっており、重要な位置、役割を果たしている。
本件空港の利用実績についてみると、国内、国際線旅客の過去の年次別利用状況は、被告準備書面引用図表第5表のとおりであり、昭和三〇年代以降、年々増加の傾向を示し、昭和六一年においては、年間国内線八四九万三〇〇〇人、国際線七二万一〇〇〇人、合計九二一万四〇〇〇人となり、一日平均二万五〇〇〇人にのぼっている。
また、本件空港の昭和六一年における空港別の乗降客数の順位をみると、同図表第7表のとおり、国内線で東京国際、大阪国際、千歳についで第四位、国際線で新東京国際、大阪国際についで第三位になっている。合計でみると、東京国際、大阪国際、新東京国際についで第四位となっている。
更に、貨物取扱量についてみると、本件空港に民間航空定期便が就航を開始した昭和三三年以降、同図表第5表のとおり、国内線貨物取扱量は増加の一途をたどっており、昭和六一年は一一万四四七一トンとなっており、これは、昭和四五年の実績(一万四六三八トン)の約八倍に達している。国際線貨物取扱量は、昭和四一年以後漸増傾向を示し、昭和六一年は一万七四五一トンとなっており、これは、昭和四五年の実績(七六五トン)の約二三倍、昭和五五年実績(六一六八トン)の二八三パーセント増となっている。
貨物について、国内、国際線を合わせた合計でみると、同図表第8表のとおり、新東京国際、東京国際、大阪国際、千歳についで第五番目に位置し、極めて重要な位置を占めているといえる。
郵便物取扱量についてみると、同図表第5表のとおり、昭和六一年は一万一六九三トンであり、これは、前年の昭和六〇年の実績(八八四九トン)より三二パーセント増加しており、国際線の郵便物取扱量は一四パーセント増となっている。
(四) 午後九時以降翌日午前七時までの本件空港における航空機の離着陸の必要性
本件空港に午後九時以降翌日午前七時まで着陸する航空機は昭和六〇年一〇月現在次の表のとおり四便である。
便名
出発地・出発時刻
到着地・到着時刻
機材
日本航空三二七便
大阪二〇時一五分
福岡二一時二〇分
DC―10
全日空 二一七便
〃 二〇時一五分
〃 二一時二〇分
トライスター
日本航空三七七便
東京二〇時〇〇分
〃 二一時四〇分
B―747
全日空 二六七便
〃 二〇時一〇分
〃 二一時五〇分
B―747
ところで、当該時間帯における昭和六一年一月から一二月までの一年間の定期航空便利用の旅客数は、次のとおりである。
東京→福岡間(下り片道) 一七万二五六六人
大阪→福岡間(下り片道) 一五万九六九八人
合計 三三万二二六四人
また、同一年間における同路線下り片道の総旅客数は、二二四万三九九六人となっている。
したがって、当該時間帯における定期航空便利用の旅客数は、同路線の下り片道総旅客数の14.4パーセントを占めているのである。
次に、当該時間帯における発着便の必要性について具体的に述べると、先ず、第一に、福岡又はその周辺に居住する人々が東京で用務を終えて帰福する場合を想定すると、現在、福岡―東京間の航空機所要時間は一時間四〇分であるから、いま仮に東京で一九時頃まで業務に携わった後、都心を離れ羽田空港に向かえば、東京発二〇時一〇分の福岡行最終便を利用することができ、結局同日の二一時五〇分には帰福することが可能である。要するに、業務の内容に応じて、適時福岡を出発すれば、東京―福岡間は、一般にいわゆる一日行動圏としてとらえられ、現実に経済活動はこのような時間効果を考慮に入れて運営されているのである。東京より近距離にある大阪―福岡間については、なお一層一日行動圏といえる。この一日行動圏としての時間的効用を確保するためには、福岡帰着便数がより多く、また、帰着時間がより遅い方が望ましいことはいうまでもないが、諸般の事情から現状の就航便となっているのであるから、わずか四便とはいえ、東京発(又は大阪発)福岡着(午後九時以降)の夜間便の就航は、公共的にみて重要な意味を有しているのである。第二に、昭和六二年一〇月現在本件空港に乗り入れている国際定期便は、被告準備書面引用図表第4表のとおりであるところ、右現在乗入れをしている国際便で、午後九時以降に本件空港に離着陸する航空機はないのであるが、本件空港が航空協定上の地点として認められている国がある以上、これらの国の航空機が本件空港における離着陸時刻を午後九時以降とすることを要請してくるときは、日本側としては協定上発着に制限時間がない限り、協定上これを正当に拒否する理由はない。しかも、数か国にわたる長距離航路において、本件空港のみの離着陸時刻に制限を加えることは、他の国際空港にも影響を与えることは必至である。また、現在新規に日本への乗入れを希望して航空協定の締結を申し入れている国が三九か国あり、これらの国及び現在協定はあるが福岡を地点として有していない国の中には、本件空港への乗入れを協定上の地点として要請してくるものがあろうと予想される。仮に、これらの国に対して本件空港を協定上の地点として認める場合、航空協定の中に発着時刻についての制限条項を設けることは従来の慣行上認められていないので、これらの国が、その発着時間を午後九時以降とすることを強く要請してくるような場合を考慮するならば、午後九時以降の時間帯についても、本件空港の利用可能性を確保しておくことが是非とも必要とされるのである。
(五) 防衛施設としての本件空港の公共性
およそ国家が独立国である以上、その主権の一部として自衛権を有することは自明の理である。自衛権は、国家に対し外部から急迫不正の侵害が加えられた場合に、その国家が侵害を排除するため、やむを得ない限度で実力をもって防衛する権利として認められる国家固有の権利であり、国家がその存立の基礎にかかわる重要な基本権を自ら放棄することは、少なくとも今日に至るまでの国際情勢の下においては、およそ考えられないことである。我が憲法九条は、平和主義を具体化した規定であるが、これにより我が国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではない。そして、我が国が自国の平和と安全を維持するため、どのような方法によって自衛をするかということについての具体的な方法の選択は、国民の負託を受けた政治部門が我が国の置かれた諸般の事情を考慮して決定すべき高度に政治的な事柄である。
現在、我が国は、右の方法として自衛隊を保有し、自らの防衛に当るとともに、米国との間に、安保条約を締結し、米軍による安全保障をも求めている。米国は、絶えず複雑に流動する国際軍事情勢に即応しつつ、同国軍隊を世界各国に配備しているのであるが、本件空港の使用もその一環である。すなわち、昭和二五年五月に朝鮮動乱が始まり、本件空港は第一線基地として爆撃機や戦闘機の離着陸に使用された。昭和二六年四月には滑走路が延長され、ジェット戦闘機の使用が開始された。昭和二八年七月板門店休戦協定が成立したが、本件空港には、昭和三一年一一月F―一〇〇ジェット戦闘機が配置され、同三四年一二月F―一〇二ジェット戦闘機が配置され、同三八年五月F―一〇五ジェット戦闘爆撃機が配置されてきた。昭和三九年F―一〇五ジェット戦闘爆撃機を保有する第八戦闘爆撃師団の三つの部隊が本件空港から横田飛行場に移駐するまで、本件空港は在日米空軍の主力部隊が常駐する第一線戦闘基地であり、右移駐後は予備基地としての役割を果たすようになった。昭和四七年四月一日の使用転換及び返還以降は、米軍機の飛行は減少するに至っているが、本件空港内には、依然として米軍が専用する区域が存し、右米軍機の飛行は要務連絡のためになされている。米国は、現在、西太平洋に多数の兵力を展開しており、我が国からも安保条約に基づき多数の施設、区域の提供を受け、そこに軍隊を配備している。これらの施設、区域及び兵力は、互いに有機的に結合し、有事に即応すべき態勢をとっているのであって、その内の一つの施設、区域の使用の制限でも、これらの全体の態勢に大きな影響を及ぼすのである。
また、本件空港は、昭和三〇年六月六日から自衛隊機の離発着にも使用されている。自衛隊は、有事において、防空、着上陸侵攻対処及び海上交通の安全確保のための作戦を実施して我が国を防衛することとしている。この防衛目的達成のためには、陸、海、空の各自衛隊が有機的に指揮運用されなければならない。また、自衛隊がその任務を有効に遂行するためには、戦車、艦艇、航空機等の装備のみならず、それらの能力を十分に発揮させるための各種態勢を整備することが必要であり、そのためには、国内各地に配置された部隊間において、物資、人員の迅速な輸送が円滑になされることが不可欠の前提となる。航空自衛隊は、迅速に防衛力を集中し得る優れた機動力を保持するために、国内各地の航空基地間に、定期、不定期の航空輸送便を運航している。本件空港は、このような航空自衛隊の空輸基地として機能しており、本件空港内における自衛隊専用区域は、右自衛隊機の整備等の飛行支援業務に使用されている。
防衛施設としての本件空港の重要性は、以上のとおりであって、本件空港を米軍及び自衛隊が使用することにより、我が国ないし国民が受ける利益は、極めて本質的であり、誠に大きなものである。国民の自由、権利の保障も、我が国の独立国としての安全と平和が確保されることが前提となって、初めて可能なのである。防衛施設としての本件空港の機能は、自由な独立国としての我が国の存立の基本にかかわるものであり、すべての国民の平和で安全な生活と、生命、自由及び幸福追求に対する権利の保障(憲法一三条)の不可欠の基盤となっているものである。
5 騒音による被害の防止・軽減のための施策
(一) 音源対策
(ア) 総論
音源対策は、①機材の改良により航空機の発する騒音そのものの質と量を低減させる方策、②航空機の運航方法を改良することにより、航空機の発する騒音が周辺地域に及ぶのを防止又は低減させる方策、③航空機の運航回数を全体として減少させるか、又は時間帯別に減少させることにより空港周辺の騒音総量を減少させる方策の三つに大別することができる。
①の機材の改良により航空機の発する騒音そのものの質と量を低減させる方策は、先ず第一には、できる限り騒音の少ないジェット・エンジンを研究開発し、その実用化が可能な場合には逐次従来のものをこれに替えていくことであり、第二には、現有のエンジンに改修を加えることによって騒音を低下させることであり、第三には、騒音を増加させることなく航空機の輸送能力の向上を図ることにより輸送人員当りの騒音量を低減させることであるが、これらの方策を実行するには、エンジン、機材を製造する国とこれを購入、使用する国との国際的協力が不可欠である。
②の航空機の運航方法を改良する方策は、使用滑走路の選択、離着陸時の飛行経路の限定等により、人家の多い方向での離着陸を避けること、エンジンの出力のコントロール、飛行方法の改良等によって航空機の発する騒音が周辺地域に及ぶのを防止又は低減させるものであって、安全性との均衡を必要とする。
③の航空機の運航回数を全体として減少させ、又は時間帯別に減少させることにより空港周辺の騒音の総量を減少させる方策は、そもそも航空機騒音対策自体が、航空機の運航確保を考慮しつつ実施しなければならないというものである関係上、無制限にこれをなし得るものではないが、一般的に航空機の離着陸を極力抑制し、特に、夜間等の静穏が望まれる時間帯には、できる限りその回数を少なくすることによって、住民が体感するであろう騒音の総量を減少させるため、ダイヤの調整、大型機による大量輸送、在来型機についての輸送能力の向上などの方法により発着回数を調整するものである。発生源対策の実施状況の推移は、被告準備書面引用図表第11表のとおりである。
(イ) 機材の改良による騒音軽減
音源対策の中でも、機材の改良による措置は最も効果的な対策である。運輸省としても重点的にこれと取り組んでいるが、この方策は、前述したとおり国際的な協力が必要であることから、国際民間航空機関(ICAO)において対策の検討が行われてきた(ICAOの開催した「空港周辺における航空機騒音特別会議」等)。我が国は、この国際的な討議に当初から積極的に参加し、その後も騒音問題研究の専門機関としてICAOに設けられている航空機騒音委員会に委員国として必ず代表を派遣して我が国の主張を述べ、それを結論に反映させてきている。
ICAOは、昭和四六年四月、この理事会において、国際民間航空条約第一六付属書を採択したが、同付属書は翌四七年一月から発効し、その結果として、「以後新たに製造される亜音速ジェット機については、一定の騒音以下でなければ国際的に飛行することができない」とする、いわゆる「騒音証明制度」が義務付けられることになった。これを受けて、我が国においても直ちにその国内法制化手続が進められ、内容においては右の騒音証明制度より更に厳しい基準の「騒音基準適合証明制度」を設けるとともに、これに合格しない航空機の飛行を禁止することを内容とする航空法を一部改正する法律案が昭和四七年の第六八回国会に提出され、同法案は、同五〇年三月、第七二回国会において可決され、同年七月一〇日に公布された(同年法律第五八号)。右改正後の航空法の規定により、新たに製造される航空機についてはもとより(航空法二〇条、二〇条の二)、改造が可能な在来型機についても(同法二〇条、二〇条の三、同法施行規則三六条、四一条)、その騒音は一定の基準以下とするよう規制されることとなった。その後、昭和五三年八月に国際民間航空条約第一六付属書の改正により基準が強化されたのに伴い、我が国も同年八月二一日に航空法施行規則を改正し、同様に基準の強化を図った。
航空機製造会社にあっては、国際的な騒音規制を見越して、以前から右の基準に適合する低騒音大型航空機を生産しつつある現状にあったので、被告は、国内航空会社に対する行政指導によって、昭和四八年頃(前記法改正の施行前)から右の低騒音大型航空機の積極的な導入を図り、もって航空機騒音を軽減する方策を進めてきた。また、五〇年代の中頃からは、新たに開発された中型の低騒音型機についても積極的な導入を指導してきた。このような方針に沿って、国内線には昭和四八年一〇月以降低騒音型航空機を逐次就航させてきており、昭和六二年九月現在、日本の定期航空輸送事業者が使用するジェット機中に占める低騒音機の割合は、前記図表第12表のとおり七七パーセントになっている。
これら低騒音型航空機の騒音は、我が国における騒音基準適合証明検査時の資料によれば、同図表第14表のとおりであり、また、低騒音型機と在来型航空機との騒音レベルの比較は、同図表第15表に示すとおりである。これらの表からも明らかなとおり、低騒音型航空機は、在来型航空機に比較して騒音が大幅に低減されている。このことをいま少し詳述すれば、同図表第5図及び第6図に示すとおり、低騒音型航空機の騒音コンターの拡がりは大幅に小さくなっており、在来のマクドネル・ダグラスDC―八型機と比較すると、八〇dB(A)のコンターの全長は二分の一(ボーイング七四七型)ないし四分の一(ボーイング七六七型)に短縮され、また、八〇dB(A)以上となる面積は実に四分の一(ボーイング七四七型)ないし一〇分の一(ボーイング七六七型)に減少されるのである。
したがって、これら低騒音型航空機を多数導入して使用することにすれば、騒音を大幅に軽減することができるばかりでなく、一回の輸送量も在来機型に比べて著しく大きい(在来機型で最大のダグラスDC―八―六一型は、最大乗客数二三四名であるのに対し、ボーイング七四七型機では同五三〇名、マクドネル・ダグラスDC―一〇型機では同三七〇名、ロッキードL―一〇一一では同三二六名、エアバスA―三〇〇型機では同二八一名、ボーイング七六七型機では同二七〇名)ものであるから、その使用によってある程度の運航回数の抑制も図ることができ、相乗的に大幅な騒音低減を実現し得るのである。
また、被告は、右の低騒音大型航空機の導入による航空機騒音低減策を進めるとともに、他方、当分の間は使用していくこととならざるを得ない在来型機エンジンの低騒音化についても努力を続けてきている。すなわち、これら在来機型エンジンの低騒音化の義務付けは、いまだICAOにおいて合意をみるに至っていないが、我が国は、その検討に際し、常にこれを低騒音大型航空機と同様な基準で規制すべきことを主張し続けている。そして、我が国においては、前述のとおり、昭和五〇年の航空法の一部改正(昭和五〇年法律第五八号)により、在来型機エンジンの改造困難な特定機種を指定し、それ以外の在来型機のエンジンは、一定の期間(昭和五三年三月三一日)を限って航空法施行規則三六条の規定する騒音基準に適合するように改造すべきものとした(航空法二〇条の二、二〇条の三、同法施行規則四一条)。また、被告は、これら機材の主要生産国である米国のFAA(連邦航空局)と常に連絡を保ち、その改修の可能性について検討を加えてきた結果、在来型機のうち、ボーイング七二七型機、七三七型機のエンジンについては、低騒音改修が可能となったので、直ちにこの改修を実施させることとし、昭和四九年度から関係航空会社に対し、これに必要な資金を日本輸出入銀行から財政融資させ、これにより順次改修を行わせ、期限内の昭和五三年二月に国内航空会社の所有する右機種三七機すべてについて低騒音改修を終えている。なお、在来型機エンジンの改修効果は、前記図表第7図に示すとおりである。右改修後におけるこれら在来型機の騒音は、離陸ではおよそ二dB(A)、着陸ではおよそ六dB(A)程度低くなることになる。
なお、更に被告は、改造することが困難であるマクドネル・ダグラスDC―八型機については、できるだけ早期にその使用をやめるよう行政指導を行ってきており、これを使用している日本航空についていえば、昭和四八年当時の同型機の保有数が四五機であったものが、同六二年九月現在では六機となっている。そして、後述のように昭和六三年一月一日以降は運航が禁止されることにより、DC―八型機は昭和六二年末で保有数は零となる予定である。また、この間昭和五八年末をもって同型機は国内線から退役し、現在では国際線及び特殊な不定期便のみに使用されている。
国際線の運航に使用されている騒音基準適合証明を有しないDC―八型機等の取扱いについては、昭和五五年一〇月のICAOの第二三回総会において「昭和六三年一月一日より前には、騒音証明基準に適合しない外国籍の亜音速ジェット機の運航を禁止すべきでない。」旨の決議がなされていることに鑑み、現在のところ禁止措置は講じていないが、被告(運輸省)は、昭和六三年一月一日以降は運航を禁止する方針で、昭和六一年四月二八日付でICAO、我が国に乗入れを行っている国の政府及び内外の航空事業者にその旨を通知した。
これにより昭和六三年一月一日以降は、我が国において原則的にDC―八型機の運航は行われないこととなる。
低騒音型航空機の導入について本件空港独自に採り得る措置は、ことの性質上存しないが、現在本件空港を利用する航空機材から、その実現の状態を述べれば、次のとおりである。昭和六二年九月の実績でみると前記図表第20表のとおり、本件空港に就航する一日当たりの国内線平均便数164.9便のうちジェット機が134.3便、プロペラ機が30.6便あるが、右134.3便中、ICAOの騒音基準に適合しているボーイング式13―七四七型機、ロッキード式L―一〇一一型機、ダグラス式DC―一〇型機、エアバスA―三〇〇型機、ボーイング七六七型機などの低騒音機は109.7便を占めている。したがって、ジェット機134.3便中、国際的に認められている騒音基準に適合する低騒音ジェット機は、八二パーセントに達している。
また、本件空港を使用する一日当たりの国際線平均便数は16.8便あるが、このうち国際基準に適合している低騒音機を就航させている便数は11.7便(七〇パーセント)である。
そこで、国内線、国際線に就航しているジェット機便数を合算すれば、151.1便となり、そのうち低騒音ジェット機の便数は121.4便となるから、これが全便数に占める割合は八〇パーセント、またジェット機に占める騒音基準適合機の割合は九八パーセントを占めることとなり、音源対策としてはかなりの成果を収めているということができよう。
(ウ) 運航方法の改良
運航方法の改良は、機材の改良と同様、騒音軽減の直接効果を期待し得る方策である。現在までに、実施可能な方策として、優先滑走路方式、離陸時における急上昇方式及びカットバック方式、優先飛行経路方式、着陸時におけるロウ・フラップ・アングル方式及びディレイド・フラップ方式が実用化され、国内各空港において可能な限り実施されている。
本件空港において、騒音軽減の直接的効果をもたらしている運航方法として、離陸時における急上昇方式、カットバック方式及び優先飛行経路方式、着陸時におけるロウ・フラップ・アングル方式及びディレイド・フラップ方式が実施されている。
以下これらについて順次説明を加える。
通常の航空機の離陸上昇の方法は、離陸開始側の滑走路端から数一〇メートルの地点で離陸滑走を開始し、離陸して一定の高度に達した後、機首をやや下げ、エンジン出力は最大出力より少し絞った比較的高出力の状態で加速を行い、これにより速度を得た後再び機首を上げ、上昇に移るのが基本となっている。しかし、この方法は、高度が比較的低いところを高出力で飛行することとなるため、飛行経路下の騒音が高くならざるを得ない。そこで右の騒音を軽減するため、加速を行わず、高出力のまま、できるだけ早く上昇するのが「急上昇方式」であり、加速を押えるとともに、安全上の余裕を十分に保ち得る範囲で、エンジンの出力を最大出力の六〇~八〇パーセントまで絞って、ゆっくり上昇し、騒音の影響が少ない地域上空に達した後、再びエンジンの出力を上げて、加速上昇するのが「カット・バック方式」である。
急上昇方式及びカットバック方式は、航空機の型式によって上昇性能等が異なるため、一律に採用することはできないが、本件空港においては、昭和四三年六月からマクドネル・ダグラス式DC―八型機が急上昇方式を採用して以来、国内線運航の全機種が逐次同方式を採用し、その後ロッキード式L―一〇一一型機を同五二年六月から採用し、騒音軽減効果を挙げてきた。また、運輸省航空局に設置された「騒音軽減運航方式推進委員会」では、更にカットバック方式の検討を進め、昭和五一年三月以降、長崎航空、千歳飛行場及び熊本空港において、ボーイング式B―七二七型機等を使用して実際に飛行調査を行い、騒音軽減効果などの確認を行うとともに運航上の安全性の確認並びに航空交通管制との調整を行い、他の国内空港に先駆けて昭和五二年一一月から本件空港において採用することを決定し、所要の訓練等を終了している機長の操縦する航空機から順次実施した(なお、ボーイング式B―七四七、ロッキード式L―一〇一一、マクドネル・ダグラス式DC―一〇及びDC―八型機は、エンジンの推力を下げても騒音がそれほど低くならないため、カットバック方式よりも急上昇方式の方が騒音軽減効果が大きいので、従来の急上昇方式を続けることとした。)。
前記図表第11図は、ボーイング七二七型機の場合を例として、急上昇方式及びカットバック方式の騒音軽減効果を示したものであるが、同図に示すとおり、通常方式に比べて、離陸滑走開始点から四キロメートルを少し超えたところ(離陸終了側の滑走路端からは、ほぼ1.5~2キロメートルの地域)から騒音軽減効果が現れ、カットバック方式ではおおむね九デシベル(A)程度、急上昇方式ではおおむね五デシベル(A)程度それぞれ軽減することができる。このように、ボーイング七二七型機の場合、離陸時の騒音を軽減する上からは、カットバック方式が最も効果があるため、本件空港においては、右方式が採用されているのである。
「優先飛行経路方式」とは、航空機の離着陸に際して、人家がないか、又は人家の少ない経路を選んで飛行させるものであるが、本件空港において、南側(滑走路16方向)に離陸する場合、出発機は、左前方の乙金山、大城山をはじめとする丘陵地帯を避けるため、離陸後すぐ右の方へコースを変える方法をとっていた。しかし、この方法では、空港周辺の人家の直上空を飛行することとなり、騒音障害が大きくなるため、昭和五一年一〇月七日から計器出発方式を改訂して、滑走路末端から一マイル直進した後に右にコースを変えることとし、騒音軽減(見上、隅田地区上空の飛行回避)を図っている。
次に、航空機は、着陸に際して、飛行速度を下げるとともに、フラップ(下げ翼)を出して揚力を保持することとしているが、そのフラップによって空気抵抗も増加し降下角度が大きくなりすぎるため、エンジンの出力を上げ三度の降下角で進入し、着陸側の滑走路端からほぼ三〇〇メートルの地点に着陸することになっている。通常の方式では、着陸滑走距離をできるだけ短くするためにフラップを一杯に出して飛行速度を抑えることになるが、この場合には出力を上げるためのエンジン騒音が進入直下の人家に影響を及ぼすこととなる。この対策として、フラップを最大角まで下げず浅い角度で止めることにより着陸する「ロウ・フラップ・アングル方式」と、フラップ及び脚を出す操作をできる限り遅くする「ディレイド・フラップ方式」があり、それぞれエンジンの出力を更に絞った状態で進入・着陸するようにして騒音の軽減を図るというものであり、現在では殆どの航空機が両方式を併用している。これらの方式の併用による騒音軽減の効果をボーイング七二七型機の場合でみると前記図表第10図のとおり、進入直下で八〇dB(A)となる着地点からの距離は、通常方式では約一三キロメートルであるのに対して約八キロメートルと大幅に縮小される結果となる。
本件空港では、昭和四九年九月からボーイング式B―七二七型機がディレイド・フラップ方式を採用して以来、逐次各機種がその特性に応じた方式を実施してきた。これらの方式について、本件空港におけるボーイング式B―七二七型機の例でみると、着陸重量や気象条件によって異なるが、これを北側(滑走路16方向)から着陸する場合の筥松小学校上空における騒音は、基本方式の場合、九八dB(A)程度であるのに対して、ディレイド・フラップ及びロウ・フラップ・アングル方式では、(減音ナセル装着による効果を含めて)九一dB(A)程度となり、空港周辺住民に対する騒音の影響を軽減するのに効果をもたらしている(なお、筥松小学校は、滑走路末端から約2.5キロメートルと比較的近いため、通常の場合は、フラップ角は、着陸時の角度まで下げられており、ディレイド・フラップ方式の効果はなく、ロウ・フラップ・アングル方式の効果のみであり、この効果は、B―七二七型機の場合、おおむね二dB(A)程度である。)。
前記図表第11図の2に基づいて、ロウ・フラップ方式の騒音軽減効果をボーイング七二七型機の場合を例にして具体的に説明すると、同方式によれば、通常の方式に比べて、着陸側の滑走路端の手前おおよそ一三キロメートル付近の飛行経路下から軽減効果が現れ、以後着陸に至るまでおおむね二ないし三dB(A)程度軽減することができる。
本件空港においては、通常北側の海域から進入して着陸する方法が採られており、この場合ディレイド・フラップ方式による騒音軽減効果は陸域には及ばないため、AIRACNOTAM(乙第九八号証)では、ロウ・フラップ方式を採用するようになっている。
なお、ロウ・フラップ方式とディレイド・フラップ方式とを併用した場合には、着陸地点から五ないし六キロメートル以遠において、通常方式に比べておおむね五dB(A)程度軽減されることになるが、前記のように、通常北側から進入して着陸することになっているので、この場合には当該領域は海域に当り、したがって、ディレイド・フラップ方式による騒音軽減効果は陸域では得られないことになる。もっとも、航空会社においては、他の空港ではロウ・フラップ方式とディレイド・フラップ方式とを併用している関係から、本件空港においても、実態としては、殆どの場合ディレイド・フラップ方式との併用が行われている。
(二) 周辺対策
(ア) 総論
周辺対策は、①空港周辺の土地の利用方法を改めることにより、住民と航空機騒音とを切り離す方策、②住民が騒音の障害から逃れるために必要とする措置に対して助成等を行うことにより、結果的に障害を少なくする方策の二つに大別することができる。
①の空港周辺の土地の利用方法を改めることにより住民と航空機騒音とを切り離す方策としては、先ず、空港周辺に新しい住宅の建築を規制するいわゆる立地規制がある。これにより騒音の障害を受ける住民が増加するのを防ぐことが可能である。現在空港周辺に所在する住宅の相当部分が空港ができた後に新築されたものであることを考えると、この方策は極めて有利な対策の一つであるが、私権の制限を伴うので慎重な配慮を要する。
次は、空港周辺の航空機騒音の著しい一定の地域での計画的土地利用を推進し、その地域には航空機騒音の影響と関係の少ない施設(例えば倉庫、体育施設、流通団地等)を計画的に配置し、更に空港に近いところにおいては緩衝緑地帯の造成を行い、同時にその地域に所在する住民にはできる限り他の場所に移転してもらうなどして再開発と整備を行うことである。この方策が計画的に行われれば、騒音による障害をほぼ完全に除去することができ、その意味では理想的なものであるが、反面、この方策は、その地域周辺における地域計画(都市計画など)の一環として大規模に行われる必要があること、更にそのためには相当量の資金を必要とすることなどの問題点を含んでいる。
②の住民が騒音の障害から逃れるために必要とする措置に対して助成等を行うことにより、結果的に障害を少なくする方策としては、移転を希望する者に対する補償、土地の買取り、住宅や公共的施設の防音工事の助成、テレビの騒音障害に対する受信料の助成といった諸対策があり、かなりきめの細かい措置を必要とする方策である。
(イ) 米軍が基地として使用、管理していた期間の周辺対策
被告(防衛施設庁)の行ってきた我が国における防衛施設周辺における航空機の騒音対策について説明すると、米軍が使用する飛行場周辺における防音工事については、先ず、昭和二八年から予算措置を講じて、教育、医療施設に限り防音工事を実施することとし、防音技術の調査研究及び実施を進めるとともに、次いで、昭和四一年からは、防衛施設周辺の整備等に関する法律(以下「周辺整備法」という。)を制定して対象範囲の拡大を図った。更に、昭和四五年からは、NHKが既に実施しているテレビ受信障害に伴う受信料半額免除に対する補助、昭和四六年からは騒音防止用電話機設置の補助、昭和四九年度からは共同受信アンテナ設置補助を行うこととなり、爾来その実施を行ってきている。そして、昭和四二年公害対策基本法が制定されたのを機として、更に右周辺整備法の内容の充実と推進が図られ、昭和四九年、防衛施設周辺の生活環境の整備に関する法律(以下「生活環境整備法」という。)が制定されるに至り、新たに個人住宅防音工事の補助も可能となった。このようにして被告(防衛施設庁)は、右各法律に基づく諸施策を実施してきたところであるが、更に昭和四八年一二月二七日に、「航空機騒音に係る環境基準について」(環境庁告示第一五四号)が告示されたことと併せて、航空機騒音に対する周辺対策としての緑化対策、移転補償、住宅防音工事を更に推進すべく努力しているところである。
これを本件空港についてみると、被告(防衛施設庁)は、周辺整備法が成立する以前の昭和二九年から行政措置として学校の防音工事に着手して以来、その対象を学校以外の公共施設に広げるとともに、テレビ受信料の助成、農耕阻害に対する補償、本件地域から移転を希望する者に対する移転補償を行うなど、本件空港と周辺地域との調和を図るために更に幅広く諸種の施策を行った。
すなわち、昭和二九年度から本件空港が我が国に返還された前年の昭和四六年度までの間に学校四九、幼稚園・保育所二、病院四、公共施設五、計六〇施設について防音工事を行い、そのために被告の支出した予算は、被告準備書面引用図表第21表及び第22表のとおり、四五億四八〇〇万円にも達している。また、一定程度以上の騒音を被る地域内に居住する者のうち他地域への移転を希望する者に対しては、土地、建物を買い取る等の措置を行った。被告が買い取った建物は三二戸、土地は五万六六八三平方メートルにも及び、それに要した費用は、同図表第23表のとおり、二億八〇〇〇万円にも達している。更にジェット戦闘機の飛来により農耕作業能率が低下するとの申出に対しては、同図表第24表のとおり、三六五六件、二〇二五万円の補償を行いジェット戦闘機の飛行、その騒音によりテレビの視聴に障害が発生したものについては、昭和四五年度に七六一七件、七五六万三〇〇〇円、昭和四六年度に七九八四件、八四九万六〇〇〇円、合計一万五六〇一件、一六〇五万九〇〇〇円のテレビ受信料の助成を行った。
(ウ) 公共用飛行場として供用開始後における周辺対策
(1) 我が国の民間空港における周辺対策
昭和三四年四月東京国際空港にジェット機が乗り入れた(BOAC英国海外航空・コメット)ことに端を発し、同三六年九月に国内線にもそれが就航するに至った(日本航空・コンベア式CV―八八〇型機東京・札幌間に日間六便東京・福岡間に日間一便)ことに伴い、被告は、ジェット機の騒音の大きさを重視し、直ちに翌三七年度から空港周辺における騒音の実態調査を実施するとともに、周辺対策の制度確立と周辺対策に要する予算の確保に努め、昭和四二年からは、航空機騒音防止法の制定をみるとともに、同法に基づき空港周辺の教育施設等の防音工事、共同利用施設整備の助成を実施することとなった。
昭和四五年度からは、空港整備特別会計法(同年法律第二五号)を制定して、空港周辺対策費の財源確保を図り、同年度から移転補償を実施し、同四七年度からは、テレビ受信障害対策として、受信料の減免のための補助金を国費から支出することとした。更に、昭和四八年には、これまでの学校・病院等の防音工事を中心とする当面策から更に進んで、住民から航空機騒音をできる限り遮断するという基本的方針の下に、一般民家の防音工事に対する助成、緑地化等による空港周辺の緩衝緑地帯の整備、周辺地域の再開発、これらの整備、再開発等の実施主体としての法人の設立等を骨子とする新しい抜本的な航空機騒音対策を実施することとし、これに必要な法制を整備するため、航空機騒音防止法の一部改正案を国会に提出し、昭和四九年三月二七日、これが制定(同年法律第八号)されるに至り、右の諸施策が昭和四九年度から進められることとなった。これらの諸施策は、中央公害対策審議会の答申を受け、公害対策基本法九条の規定に基づき設定された前記「航空機騒音に係る環境基準について」(環境庁告示第一五四号)の告示にも対応したものであり、国はその実施に努力を続けているところである。
(2) 本件空港周辺における区域指定
航空機騒音防止法の規定に基づく諸施策の実施対象範囲を画する区域指定の経緯、範囲等は、以下のとおりである。
(昭和四九年八月三一日の告示)
被告は、昭和四九年三月二七日法律第八号により改正された航空機騒音防止法八条の二、九条、九条の二の規定に基づき、本件空港に係る第一種区域(W値で八五以上の区域)、第二種区域(W値で九〇以上の地域)、第三種区域(W値で九五以上の区域)を指定し、公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律施行令(昭和四二年九月七日政令第二八四号。以下、「施行令」という。)一三条の規定により、昭和四九年八月三一日、運輸省告示第三五五号をもって告示した。右第一種区域は前記図表第2図の紫色線で囲まれた部分であり、第二種地域は同図の緑色線で囲まれた部分であり、第三種区域は同図の茶色点線で囲まれた部分である。
また、本件空港については、右改正後の航空機騒音防止法施行の際、右改正前の航空機騒音防止法九条一項の規定により指定されている区域(同図表第2図の黒色線で囲まれた部分である。)が現に存していた。右区域は、航空機騒音防止法附則二条の規定によって同法九条一項の規定により指定された区域(第二種区域)とみなされる。また、右改正前の航空機騒音防止法九条一項の規定により指定されている区域のうち昭和四九年三月二七日政令第六八号による改正前の施行令七条の規定により定められている区域以外の区域(同図表第2図の桃色点線で囲まれた部分である。)は、施行令附則二条の規定によって航空機騒音防止法九条の二第一項の規定により指定された区域(第三種区域)とみなされる。
(昭和五二年四月二日の告示)
被告は、その後の実測等による見直しを行い、昭和五二年四月二日航空機騒音防止法八条の二の規定に基づき、本件空港に係る第一種区域(W値で八五以上)を追加指定し、施行令一三条の規定により、昭和五二年四月二日、運輸省告示第一八四号をもって告示した。第一種区域は、前記図表第2図の朱色線で囲まれた部分である。
(昭和五四年七月一〇日の告示)
被告は、更に周辺対策を拡大して実施するため航空機騒音防止法八条の二、九条の二の規定に基づき、本件空港に係る第一種区域(昭和五四年七月一〇日運輸省令第三一号により、公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律施行規則(昭和四九年三月二七日運輸省令第六号、以下「施行規則」という。)一条二項所定のW値が「八五」から「八〇」に改正されたので、W値で八〇以上の区域となった。)、第二種区域(W値で九〇以上の区域)の追加指定をし、施行令一三条の規定により、昭和五四年七月一〇日、運輸省告示第三九〇号をもって告示した。右第一種区域は前記図表第2図の黄色線で囲まれた部分であり、第二種区域は同図の水色線で囲まれた部分である。
(昭和五七年三月三〇日の告示)
被告は、更に、周辺対策を拡大して実施するため航空機騒音防止法八条の二の規定に基づき、本件空港に係る第一種区域(昭和五七年三月三〇日運輸省令第五号により、施行規則一条二項所定のW値が「八〇」から「七五」に改正されたので、W値で七五以上の区域となった。)の追加指定をし、施行令一三条の規定により、昭和五七年三月三〇日、運輸省告示第一六二号をもって告示した。右第一種区域は、前記図表第2図の桃色線で囲まれた部分である。
(3) 各種の助成等補助的対策
本件空港周辺の航空機騒音周辺対策の経緯は、被告準備書面引用図表第17表、第34表のとおりである。以下、これを詳述する。
①教育施設等の防音工事
被告は、本件空港周辺において、昭和四七年度から航空機騒音防止法五条の規定に基づき、学校等の防音工事の助成を実施してきている。昭和六二年三月現在、小、中学校について防音工事を実施したものは五四校で補助金として約一〇四億二〇〇〇万円、高等学校について実施したものは二校で補助金として約一〇億四〇〇〇万円、幼稚園及び保育園について実施したものは三一施設で補助金として一二億九〇〇〇万円、病院については四施設で補助金として四億三〇〇〇万円を各支出している。昭和六二年三月までに防音工事を実施した幼稚園、小学校、中学校等は、九二施設となっており、全国の一六の特定空港における防音工事実施教育施設数六一四施設の一五パーセントにのぼっている(前記図表第25表参照)。
② 共同利用施設等整備の助成
被告は、本件空港周辺において昭和四七年度から前項の教育施設等の防音工事の助成を開始したのと同時に、航空機騒音防止法六条に基づき、地域住民の生活に必要な共同利用施設について関係市町村に対して設置費用の相当部分を補助する形の助成を地区ごとに計画的に行ってきている。昭和六二年三月現在、学習等供用施設は一〇六施設について三七億円、老人福祉センターは一施設について一三〇〇万円、公民館は八施設について二億二〇〇〇万円、有線ラジオ設備は三施設について一四〇〇万円を助成している。昭和六二年三月までに、この助成により設置された集会所、公民館、図書館その他の共同利用施設数は、本件空港周辺で一一八施設であるが、これは全国の一六の特定空港における総設置数五二九施設の二二パーセントにのぼっており、補助金としては四〇億円を支出している(前記図表第26表参照)。これら、学校等の防音工事及び共同利用施設整備に対する助成は、指定区域内のみならず、更に周辺の地域(航空機の騒音の強度及び頻度に関する告示に定められた騒音の強度及び頻度のある地域)を対象として行っており、指定区域外の原告らの居住する地域の学校等の施設の整備も実施されている。昭和六二年三月現在、学習等供用施設は一〇六施設について三七億円、老人福祉センターは一施設一三〇〇万円、公民館は八施設二億二〇〇〇万円、有線ラジオ設備については三施設一四〇〇万円を助成している。
③ 住宅防音工事の助成
昭和四九年三月、航空機騒音防止法の改正により、特定飛行場の周辺の区域に居住する住民に対する航空機騒音による障害を防止し、又は軽減するため、指定区域内に現に所在する住宅について防音工事の助成を実施することとした。
本件空港においては、昭和五〇年度から航空機騒音防止法八条の二及び公害対策基本法九条の趣旨に基づき、漸次できるだけ多く、且つ速やかに住宅防音工事の実現を図ってきており、右助成措置は被告が最も重点を置いてきた周辺対策の一つである。
住宅防音工事の助成対象となるのは、航空機騒音防止法八条の二によると、第一種区域指定の際、右区域内に現に所在する住宅であり、補助金交付の対象となる住宅防音工事の規模については、当初の一世帯一室から昭和五〇年度には五人以上の家族構成で六五歳以上の者、三歳未満の者、心身障害者又は長期療養者が同居する世帯については二室、同五四年度からは、いわゆる全室防音工事(家族数プラス一室、最高五室)までその対象範囲を拡大するなどその内容の充実に努めてきた。
住宅防音工事の内容は、住宅騒音防止工事設計基準及び住宅騒音防止工事標準仕様書に従っており、その実施に当っては、表面見え掛り部分においては、原状復旧を原則とすることになっており、その標準的な工法は木造系と鉄筋コンクリート造系に大別し、それぞれをA工法、B工法とC工法に区分している。A工法はW値九〇以上の区域に所在する住宅について施す工法で三〇dB(A)以上の、B工法はW値八〇以上九〇未満の区域に所在する住宅について施す工法で二五dB(A)以上の、C工法はW値七五以上八〇未満の区域に所在する住宅について施す工法で二〇dB(A)以上の計画防音量をそれぞれ目標とするものである。同工事の概要は、開口部の遮音工事、外壁又は内壁及び室内天井面の遮音工事並びに冷暖房機及び換気扇を取り付ける空気調和工事である。
住宅防音工事に対する補助は防音工事の工法、家屋構造、室数に応じた定額(但し、一定の補助限度額を設けており、定額内の工事に対しては一〇分の一〇、定額を超え限度額以内の工事に対しては定額と、定額を超える部分の二分の一の合計額となる。)、更に、定額を超えて限度額以内の工事に対しては、定額を超える部分の二分の一を地方公共団体が負担することとしており、これを合わせた補助額は、殆どの場合工事費全額であって、例えば開口部となる窓が二面、三面もあり通常の面積規模に比較して特に大きいものとか、建物の構造が通常より特に異なっているというような特殊な場合を除いて個人負担が生ずることはなく、実際にも個人負担を生じたケースは極めてわずかである。
本件空港周辺における住宅防音助成工事に対する補助金交付申請は着実に増加してきたところであり、右住宅防音工事助成の事業は昭和五四年度以降は飛躍的に拡大し、昭和六一年度末までに三万九五五世帯の住宅について国庫補助八一四二億円の支出を行っているところである。
これは、全国の住宅防音工事実施世帯数一五万四六四六世帯、国庫補助累計四三五五億円のそれぞれ二〇パーセント及び一九パーセントにのぼっている(前記図表第18表参照)。
また、本件空港周辺全体におけるこれまでの住宅防音工事の助成事業の実施状況を更に詳しくみると、昭和六一年度末までに約三万一〇〇〇世帯について防音工事を実施したが、このうちいわゆる全室防音工事としてW値八〇以上の区域で一万三四〇〇世帯、W値七五以上八〇未満の区域で約一万四二〇〇世帯の住宅に対して、被告の助成による防音工事が完了している。また、昭和五三年度以前に、一、二室の防音工事をW値八五以上の区域で実施した三四〇〇世帯の住宅についても、工事を希望する約一六〇〇世帯に対し、いわゆる追加工事を行い全室防音工事が完了している。
これに対して、住宅防音工事の助成を必要とする住宅(世帯)数は、W値八〇以上の区域においては約一万七六〇〇世帯、W値七五以上八〇未満の区域においては約一万六五〇〇世帯合計三万四一〇〇世帯(第一種区域内告示前世帯数三万四七六一から移転世帯数六一二を控除している。)となっている。このように対象世帯全体に対しても高い実施率となっているが、これをまたW値七五以上の区域内における申請世帯に対する実施率でみると、98.6パーセントという極めて高い値を示している。
原告らのうち、昭和六一年度末までに右住宅防音工事の助成を受けて防音工事を完了している者又は居住していた者は、周辺対策実施状況一覧表のとおり第一次訴訟原告一四七名、第二次訴訟原告七四名である。住宅防音工事の申請をしていない者は第一次訴訟原告三六名、第二次訴訟原告二一名である。また、転出後に区域指定がなされた者は第一次訴訟原告五名、対象区域外の者が一八〇名となっている(なお、同一覧表のとおり、現在の対象原告は、第一次訴訟原告三六八名中八四名、第二次訴訟原告九六名中五七名である。)。
④ 移転補償等
航空機騒音防止法九条の規定に基づく、空港周辺の第二種区域内に所在する建物等の所有者が当該建物等を同区域以外の地域に移転する場合の補償及び同区域内に所在する土地の所有者の買入れ申出に対する当該土地の買入れについては、これが本件空港の周辺対策上最も効果的且つ重要な施策と考えられることから、昭和四九年度以来その実施を積極的に推進してきたところである。本件空港周辺においては、昭和六二年三月までに既に六一二世帯の住居について累計約四一一億円の国費を投入して移転補償を実施しているが、これは全国一六の特定空港周辺における移転補償実施世帯総数五二九五世帯の一二パーセントを占めている。また、こうした住宅の移転の促進を図る一方で、昭和五四年からは工場等の事業所についても、騒音地区から移転を希望する場合には補償を実施してきている(前記図表第18表、第3図参照)。
こうした移転措置の実施を促進するため、被告は、移転補償を受ける者に対し、これまで税制面での優遇措置を講じてきているが、本件空港については、空港周辺整備機構に航空機騒音防止法に基づく移転希望者のための代替地造成事業を行わせるとともに、同機構に対し事業費の二〇パーセント、代替地造成に伴う道路緑地等の公共負担部分の八〇パーセント(制度発足当時は五〇パーセントであったのを改善)のいずれか低い額についての国庫補助並びに被告及び地方公共団体から無利子融資を行うことにより、その譲受価格の低廉化を図ってきており移転者にとって購入しやすいものとなっている。
このような助成を受けて、これまでに同機構が造成した代替地は、昭和六一年三月までに一六八区画、九万八一七二平方メートルに達しており、移転希望者の円滑な移転に寄与している(同図表第29表参照)。
移転補償事務については、昭和五一年から空港周辺整備機構に委託して代行させることにより、同機構の充実した組織人員をもって円滑に対処することができることとなり、また、同機構の個有事業である代替地等整備と併行して実施することによって、空港周辺対策の促進が図られている。空港周辺整備機構が実施した年度別移転補償実績は同図表第30表のとおりである。
原告らの中で、従来のみなし第二種区域及び昭和五七年三月三〇日告示の第二種区域に居住していた者及び居住している者は、第一次訴訟原告一一四名、第二次訴訟原告六四名であるが、これまでに移転補償を受け移転した者は第一次訴訟原告一一世帯三七名(第一次訴訟訴状記載の原告番号1、2、3、10、11、12、13、14、15、16、21、22、23、34、35、36、37、38、39、40、41、42、46、47、48、49、50、51、52、53、54、55、70、71、358、359、360)である(前記一覧表参照)。
移転補償の申請のないものは、第一次訴訟原告三〇世帯七七名、第二次訴訟原告二一世帯六五名であり、残りの第一次訴訟原告七一世帯二五四名(第一種指定区域一二世帯六〇名、指定区域外五九世帯一九四名)、第二次訴訟原告一三世帯三一名(第一種指定区域一三世帯三一名)は、移転補償の対象区域外の者である。
⑤ 緩衝緑地造成
緩衝緑地造成事業は、第三種区域とその他空港隣接地域をできる限り緑地帯や緩衝地帯とする事業であり、航空機騒音の緩和と排気ガスの拡散効果を挙げ、併せて視覚による心理的安らぎを与えることを目的としており、移転の進んだ箇所から順次土盛り、造成、植栽を行っている。本件空港周辺においては、吉塚地区、月隅地区などその造成規模はこれまでに7.5ヘクタールに達しており、これら緩衝緑地の背後地ではその減音効果はかなり大きいものとされている(前記図表第18表参照)。
また、航空機の進入路直下地域においては、騒音の発生源である航空機が上空にあるため減音効果は他地域ほどには見込めないが、緩衝緑地を設けることによってジェット機の騒音による住民の心理的圧迫感をやわらげ、市街地の修景による住民の精神安定等の効果が期待できるとされている。
⑥ 周辺環境基盤施設整備
地方公共団体が移転補償跡地を活用して公園等の施設を整備する場合に、被告がその一部を補助する周辺環境基盤施設整備事業は、もともと昭和五三年度に大阪国際空港周辺の整備を図ることを目的に創設されたものであるが、本件空港においては昭和五五年度から同事業が開始されている。対象施設は当初、公園、緑道及び防火貯水槽であったが、その後対象施設の拡大に努め、昭和五四年度には防災目的細街路を、同五五年度には附属駐車場及び避難目的細街路を、同五六年度にはローラースケート場、同五七年度にはゲートボール場、同六二年度には都市計画緑地を対象施設に追加している。
昭和六二年三月までに福岡市の博多区及び東区の二区に対し公園等四〇か所、細街路二か所、防火貯水槽七か所について六億四〇〇〇万円の補助を行っている(前記図表第31表参照)。
本事業により、地元の市は、公園等の施設の不足している周辺地域におけるこれらの施設の整備を移転補償跡地の無償使用と被告の補助により促進することができ、これにより、フェンスで囲まれて管理されていた移転補償跡地が遊び場、運動広場、野球場、テニスコート等として整備されて周辺住民が利用できるようになり、また、防火貯水槽が設置され、消防自動車の入れなかった地域において細街路が整備されるなど、地域防災上も大きな効果を挙げており、本事業は周辺地域の整備促進に大きく寄与している。
⑦ テレビ受信障害対策等
空港周辺に居住する者のうち、航空機の飛行によって、テレビ受信につき、音響及び映像に影響を受ける地域に居住する者に対して、その受信障害に対する補償的措置として、テレビ受信料の二分の一又は四分の一を助成することとしている。そして、その助成事務は、公益法人である財団法人航空公害防止協会が実施しており、同協会に対してその助成額の九五パーセント相当額を被告において、五パーセント相当額を関係地方公共団体においてそれぞれ補助金として交付しているのである。
本件空港周辺においては、福岡市、春日市、大野城市、志免町、粕屋町の中の前記該当地域が助成対象となり、国費による助成が行われるようになった昭和四七年度においては、年度末の対象世帯数三万三六〇〇世帯、同年度補助金支出額は二九九二万円であったが、同六一年度においては、二分の一助成の件数四万七八二九世帯、四分の一助成の件数一万三〇七三世帯、同年度補助金支出額は二億九二五〇万円となっている(前記図表第19表参照)。
原告らに対するテレビ受信料助成の実施状況をみると、前記一覧表のとおりであり、右措置の開始以来これまでに第一次訴訟原告二五六名、第二次訴訟原告二六名が受信料の助成を受け、あるいは受けたことがある。
また、航空機騒音がテレビの視聴に障害を及ぼすおそれがある場合には、騒音の音量に合わせてテレビの音量を調整する器機(一台当り、自動式二万二五〇〇円、手動式一〇〇〇円)を、前記の協会が希望者に対して無償で取り付けることとしており、本件空港周辺においては、昭和六二年三月までに六八二二台を取り付けている。音減対策や住宅防音工事の進捗に伴い、テレビ音量調節器の取付け台数は毎年減少してきている(前記図表第19表参照)。
なお、原告らに対する右の措置の開始以来の実施状況は、前記一覧表のとおりであり、第一次訴訟原告のうち八二名、第二次訴訟原告のうち七名がテレビ音量調節器の取付けを行っており、他の者についてはいずれも申請がなされていないものである。
更に、航空機騒音により、電話による通話の障害を除去するため、特殊装置を有する電話機(一台当り五〇〇〇円相当)を同協会が無償で取り付けることとしており、本件空港周辺においては、昭和六二年三月までに三四三五台を取り付けている(前記図表第19表参照)。しかし、最近は、音源対策及び住宅防音工事の進捗に伴い、騒音用電話機の設置台数の増設はなされていない。
なお、原告らに対する右の措置の開始以来の実施状況は、前記一覧表のとおりであり、第一次訴訟原告一二名が騒音用電話機の取付けを行っている。
6 地域性、先(後)住性、危険への接近
本件空港周辺地域は、飛行場として開設された当時には人家の殆どない農村地域であったが、昭和二〇年五月旧日本陸軍が席田飛行場として設置し、飛行場として使用が開始された。その後、本件空港は、昭和二〇年八月の我が国の終戦の後、同年一一月、米軍により接収され、以後昭和四七年三月米国から使用権が返還されるまで軍用飛行場として利用されるとともに、昭和二六年一〇月以降民間航空機の離発着にも供用されてきた。そして、昭和四七年四月以降は国営空港「福岡空港」が開設され、以後今日に至るまで、本件空港は、九州圏における最大規模の公共用飛行場として、福岡地域における高速度交通機関の役割を果たしてきている。そして、本件空港周辺地域は、このような機能を営む空港の存在による種々の影響を受ける地域として社会的承認を得てきているのであり、空港に近接する地域という特性を有する地域を形成してきたのである。
一方、原告らは、その殆どが本件空港の開設後に本件空港周辺地域に居住を開始したものである。
このように、本件空港周辺地域が早くから飛行場地域としての特性を有することについて社会的承認を得ており、その後において原告らの大多数がそのような地域に居住を開始したものである場合には、本件空港の供用による何らかの障害があったとしても、殊に本件の場合のようにそれが日常生活上の差しさわりといった程度のものであるときは、原告らにおいて衡平上受忍すべきものと解するのが妥当であり、地域性、先(後)住性、危険への接近の各法理により、本件のような差止請求はもちろん、損害賠償請求をすることも許されないというべきである。
しかるところ、第一次訴訟原告一〇名(訴状記載の原告番号150、187、196、197、237、239、244、253、268、275)及び第二次訴訟原告四名(同23、83、95、96)の合計一四名を除くその余の原告らは、すべて本件空港の開設によって軍用飛行場地域又は民間空港としての特性が形成された後に居住するに至ったのであるから、原則として、本件空港の通常の管理・運営に伴って生じる航空機騒音等を理由にして、損害賠償請求や差止請求をすることは許されないというべきである。
百歩譲って、仮に、本件空港開設時で区分することが困難であるとしても、昭和二七年四月、行政協定に基づいてアメリカ合衆国に提供した時点においては、本件空港の今日の形態は十分予測可能であったというべきであり、遅くとも右時点以降に居住を開始した原告らについては、右法理が適用されなければならない。すなわち、米軍は右提供に基づく使用前も、昭和二〇年一一月から接収により引き続き使用していたのであり、その間同二五年頃に勃発した朝鮮動乱の最中である同二六年四月からはジェット機の就航がみられ、同年一〇月には日本航空による国内航空路線が開設されたのであり、その後航空機の改良が重ねられることは一般に予測されることであったのである。したがって、第一次訴訟の原告三六名(訴状記載の原告番号150、151、153、154、155、161、163、164、173、174、179、180、181、182、187、196、197、198、199、200、227、228、237、239、244、253、262、268、275、287、288、289、295、300、301、314)及び第二次訴訟の原告九名(同17、18、23、24、77、82、83、95、96)の合計四五名を除くその余の原告らは、すべてかかる地域への後住者として差止請求はもちろん、損害賠償請求も許されないというべきである。
更に、本件においては、地域性、先(後)住性、危険への接近の各法理のみによっては差止請求や損害賠償請求の成立が否定され得ないとしても、少なくとも、居住地の選択は後住原告らの自由意思によってされたものであり、しかも、その原告らは、その当時航空機騒音の実態を知っていたか又は容易にこれを知ることができる状況にあったのであるから、そのような原告らが仮に何がしかの騒音による影響を受けているとしても、原告ら自らにおいてそれを受忍すべき部分があり、またその受忍すべき程度は後住性の強いほど、すなわち居住開始時期が新しくなるほど強くなるというべきであって、右の事情は損害賠償額の算定及び差止めの内容、範囲等を判断する上で十分考慮されてしかるべきである。
四 消滅時効
仮に、原告らに何らかの損害が生じているとしても、第一次訴訟については、原告らが訴えを提起した昭和五一年三月三〇日から、第二次訴訟については、同様に昭和五六年一〇月八日から、それぞれ三年以前の損害についての損害(弁護士費用を含む。)賠償請求権は、時効によって消滅している。すなわち原告らは、訴状において、本件空港から離着陸する航空機騒音等による損害として、過去における慰謝料及び弁護士費用の損害金の支払を求めている。しかし、原告らが主張する損害は、航空機の離着陸あるいはその準備行為によって時々刻々に発生するものであり、且つ、原告らもその時点で損害及び加害者を知り得べきものであるから、右損害についての賠償を請求する権利は、右の航空機の離着陸及びその準備行為時から三年間の経過により、時効によって消滅する(国賠法四条、民法七二四条)。したがって、原告らの損害が仮に存するとしても、訴状提出の日の三年以前の分に係る請求権は、時効によって消滅していることが明らかである。
被告は、昭和五七年九月六日の第二七回口頭弁論期日において、第一次訴訟に係る右消滅時効を、昭和六二年一二月七日の第五四回口頭弁論期日において、第二次訴訟に係る右消滅時効を、それぞれ採用した。
(被告の主張に対する原告らの認否、反論)
一 原告らの住所、居住期間等について
原告らの本訴提起当時及び移転先の住所、航空機騒音防止法の規定に基づく指定区域、居住開始(出生)年月日、転出(死亡)年月日については、周辺対策実施状況一覧表の赤字記載に係る部分を除き、被告主張のとおり認める。同赤字記載に係る部分については、同記載のとおり争う。
二 原告らの差止請求の適法性
差止請求の適法性に関する被告の主張は、要するに、原告らが求める本件差止請求の内容を実現するためには、運輸大臣の行政権限の発動・行使による以外に方法はなく、結局、本件差止請求は実質的に運輸大臣の公権力としての性質を有する航空行政権又は空港管理権の行使に基づく積極的な作為処分を求めるものであるから、右請求は、民事訴訟としては許されないというものであり、右見解は、大阪空港最高裁判決の差止請求に関する判断における多数意見と同旨のものである。
しかしながら、右多数意見に対しては、四名の裁判官が反対意見を述べており、中でも中村治朗裁判官は、理論的に詳細な反論を展開している。すなわち、同裁判官の反対意見の主な論点は、第一に、国営空港であるというだけで運輸大臣の空港管理行為が周辺住民との関係において権力的効果(受忍を強いる効力すなわち適法性)をもつものではない、第二に、行政規制権の行使として夜間離着陸を許容する処分がなされていても、離着陸が違法と判断されるものである場合には、飛行場の主体はその管理権に基づいてその離着陸に右飛行場を供用することを拒否することができ、格別の行政規制権を行使する必要はない、というにある。右見解は、大阪空港大阪地裁、同高裁判決の採用した立場と基本的に同一のものであり、行政法学の通説的立場と一致するところである。多数意見は、空港管理権に基づく管理と航空行政権に基づく規制とが「不即不離」「不可分一体」的なものであるという行政法理論として極めて不可解な議論を持ち出したうえ、伝統的な公権力概念に法的根拠も示さぬまま新たな要素を持ち込んだもので、到底正当な法理論として成立し得るものではないといわざるを得ない。
三 人格権及び環境権
1 人格権について
人格権とは、「人の生命、身体、精神及び快適な生活という人間的生存にとって基本的且つ不可欠な利益の総体」をいう。言葉を変えれば、人が人格を有し、これに基づいて生存し且つ生活をしていく上で有する諸々の権利の総称ということもできる。人の生命が奪われない権利、人の健康が損なわれない権利、人の精神に対する悪作用を及ぼされない権利、人の精神活動が妨げられない権利、人の名誉が汚されない権利、平穏安全な生活を営む権利、不快感等の精神的苦痛を味わわされない権利、睡眠を妨害されない権利、家族や友人知人と支障なく自由に会話する権利、テレビ・ラジオの視聴等文化を享受する権利、自由に歩くことを妨げられない権利など、人が人として生きていく上で欠かせない権利を総称して人格権ということができるのである。
そうして、すべての人にこの意味での人格権を認めるべきことは当然のことであり、もし、人格権が侵害された場合は損害賠償請求が認められ、引き続き人格権が侵害されることが予想される場合には、物権的請求権と同様に人格権に基づく妨害排除請求すなわち侵害行為の差止請求が認められるのである。
ところで、民法七〇九条、七一〇条は、財産権侵害に対する損害賠償とともに人の身体、自由、又は名誉に対する侵害による損害賠償を規定している。また、民法七二三条は、名誉の侵害に対して名誉回復処分を求める権利を規定している。これらの規定が人の生命、身体、精神及び快適な生活という人間的生存にとって基本的且つ不可欠な利益の侵害に対する損害賠償請求と原状回復請求とを認めていることは明らかである。つまり、民法七〇九条、七一〇条、七二三条は、憲法一三条、二五条に基づいて認められる人格権の内容の一部を例示的に列挙していると考えられるのである。
他方、民法一九七条ないし二〇〇条は、財産権の一部である占有権について排他的効力を認め、占有権に基づく妨害停止、妨害予防、占有回収の各請求をなし得ることを規定しているが、右法条を根拠として、占有権にとどまらず、所有権その他の物権に対しても、その性質が妥当する限り広く物上請求権すなわち妨害排除請求権が認められていることは多言を要しないところである。そうすると、財産権と同様に、人格権についても、損害賠償請求権とともに妨害排除請求権を認めることができることもまた明らかである。民法は、財産権と同様に、財産権より重い法益である人の生命、身体その他の人格権を保護しているのであるから、財産権である物権に妨害排除請求権を認める以上は、これより重い法益である人格権にも妨害排除請求権を認めなければならないからである。
さて、しかし、民法七〇九条、七一〇条が人格権を例示的に列挙しているからといって、人格権の実定法上の根拠が右法条にあると即断するのは早計である。人格権の実定法上の根拠を民法七〇九条、七一〇条に求める考え方は傾聴に価するものではあるが、右法条が例示規定であることを考慮すれば、実は人格権の実定法上の根拠は別にあって、民法七〇九条、七一〇条はその例として掲げたものにすぎないと考えなければならない。その実定法上の根拠というのは憲法一三条、二五条である。憲法一三条は人が個人として尊重され幸福な生活を追求する権利を有することを規定し、憲法二五条は人は健康で文化的な最低限度の生活を営むことができる権利を有することを規定している。憲法一三条を直接の根拠として、人格権の一部である肖像権やプライバシーを侵されない権利が認められており、判例もこれを認めている。もし憲法一三条を直接の根拠として人格権の一部である権利又は利益を認めることができるのであれば、当然憲法一三条を直接の根拠として人格権そのものを認めることもできるはずである。また憲法二五条はプログラム規定ではなく、抽象的権利又は具体的権利を規定しているとみる学説が有力であり、憲法二五条が単なる綱領的規定ではなく、国民に対して権利性を与えたものであると考えられている。憲法一三条と趣旨を同じくする憲法二五条もまた人格権の実定法上の根拠となるのである。
2 環境権について
環境権は、「良き環境を享受し、且つこれを支配する権利」であって、人間が健康な生活を維持し、快適な生活を求めるための権利である。
人格権は、前記のとおり人が人として生きるのに欠くべからざる利益の総称であるが、この人格権を保障し、真に人の快適な生活を守るためには、人格権に基づく保護だけでは十分でなく、人の生活をとりまく、より広域にわたる環境自体の汚染や破壊を排除する権利を与えることが必要である。殊に、現代における各種公害の頻発に対して右公害から人の生存と健康を護っていくためには、個別の人間の人格権を尊重するだけでは足りず、人格権を包摂する環境権の概念を定立しなければならない場合が少なくない。学説上は環境権の概念が定着し、裁判例でも実質的に環境権を認めたものがあるのは、このようなすぐれて現代的な権利課題を法解釈によって解決しようとするものにほかならない。したがって、環境権は、人格権の延長線上にとらえられるものであり、人格権の侵害につながり人の生存等を脅かす環境破壊に対して、これを拒否することができる権利であるということができる。そうして、環境権の実体法上の根拠は、人格権と同じく憲法一三条、二五条であるということができる。
3 補説
被告は、人格権や環境権の概念及び外延が明確でないと主張するが、被告の主張は一昔前の議論を繰り返しているにすぎず、正しくない。
これらの権利は、社会の複雑化と人権意識の高まりのなかで解明されていくべきである。あたかも民法の物権法定主義の下で学説、判例が譲渡担保その他の担保物権を、法定されてはいないが、しかし民法上認めることのできる権利として承認していったことと同様である。まして人格権や環境権の場合は、憲法や民法を素直に解釈すれば、譲渡担保その他の担保物権以上にその権利性が認められるべきものである。学説、判例においては、しばしば、従来は学説上意識されなかった諸々の権利を理論化し、判例上は保護されていなかった権利を保護していくことがある。法に適った解決をしていくために、次第にその権利概念を明確化し、且つその適用範囲を明確化していくことによって、法の要求を充たし、妥当な解決が図られるのである。今日、学説、判例において、人格権はもちろんのこと、環境権についても、定着しあるいは定着させようとする努力が続いていることは、人類が現代における己の生存と平穏快適な生活を維持し回復するための努力を続けているということができる。そして、その結果として、現段階においては、人格権についてはほぼ全容が解明され、環境権についても解明されつつあるということができる。
四 受忍限度論についての反論
1 被告の主張する「受忍限度論」は、たとえ権利の侵害があっても直ちに差止めや損害賠償を認めず、被侵害利益の種類と侵害行為の態様等一切の要素を利益衡量しようとするものであって、被害を受けている住民の立場からすれば、裁判官に結論を全面的に白紙委任することになりかねず、かくては人格権や環境権の権利としての不明確性ないし結論の不当性はときに甚だしいものがある。
人格権や環境権は、かかる歯止めなき利益衡量に帰結しかねない受忍限度論に対する深刻な反省から、人の生存等を護るために生成し、成熟してきた権利でもある。したがって、人格権、環境権の侵害という違法性の判断に当っては、あくまで被害中心すなわち人格的侵害、環境権侵害の確定を中心に考えるべきであり、右権利の侵害があれば、他に正当な違法性阻却事由がない限りは、直ちに差止め及び損害賠償が認められるべきものである。なぜならば、人格権又は人格的利益に対する侵害は、一旦これが発生するや、容易に回復し難いか又は他の物によっては到底代替もしくは補い得ないという意味で絶対的損失というべき性質のものであって、これらの侵害が発生した場合には、直ちにその侵害行為を除去する以外には絶対的損失の可及的防止は図り得ず、その意味からして、人格権又は人格的利益に対する侵害は、他の諸要素との比較的衡量をまつまでもなく、直ちに違法と断じるべき性質のものと考えられるからである。
2 仮に他の諸要素との比較衡量によって違法性を判断すべきであるとの受忍限度論の立場に立ったとしても、その最も主要な判断要素は被侵害利益であり、公共性等の諸要素は、単に違法性の減殺事由にすぎないと考えるべきである。
主要な判断要素が被侵害利益にある所以は、次のような本件被害の特質、すなわち、
(一) 被害者は、終始被害者の立場にとどまり、加害者の地位に立つことは絶対にないこと、
(二) 被害者は、自らは被害を回避することが不可能であること、
(三) 被害者は、原因行為により利益を受けないこと、
(四) 被害者は、共通の原因により共通の被害を受けること、
(五) 被害は、航空輸送の利用が増えるほど、これに相関して増える関係にあること、
(六) 被害は、広範且つ多様で継続性を有し、社会的影響が大きいこと、
からも明らかにいえることである。
3(一) 被告は、あたかも航空輸送の公共性が、各種の公共物あるいは役務の提供の中でもとりわけて有用であり、且つその程度が高く、したがって、本件侵害行為の違法性の有無、軽重を判断する上では、この点を最重視すべきであるというかのごとくである。
しかし、これは、公共性を有する公共物あるいは役務の提供の中には様々のものがあり、その内容いかんによって自ずと公共性の程度に差異が存することを看過した考え方といわざるを得ない。すなわち、公共性なる概念は、人間の生存の確保、人の生活や仕事の維持、社会の発展等にかかわって、初めて意味のある内容を有するものである以上、これらに資する程度いかんによって自ずとその程度もランク付けされるものと考えられるのであり、空港及び航空輸送の公共性は、他の各般の公共物あるいは役務の提供に比した場合に、必ずしも被告が力説するほど上位にランク付けされるものとはいえない。
(二) 被告の主張する午後九時以降翌朝午前七時までにおける本件空港における航空機の離着陸の必要性については、いずれも、原告らを含む被害住民の「せめて九時以降は静かな夜を返してほしい」との極めてささやかな願いを無視して、同住民らに対し「特別な犠牲」及び「特別な受忍」を強いなければならないほどの合理性や必要性が存するとは到底解し難い。すなわち、これまで原告らを含む空港周辺住民は、被告の侵害行為により広範且つ深刻な被害を日々受け続けてきていることから、その被害回復のためのほんのささやかな請求の一つとして、午後九時以降翌朝午前七時までの時間帯に限って航空機の離発着の差止めを求めているものである。換言すれば、原告らの求めているものは、実質的には、午前七時から午後十時までの離発着時間帯のうちのわずか一時間のみを、原告ら被害住民のために静穏な状態にしてほしいということにすぎないものである。それ以外の時間帯における離発着の差止めを求めているものでは決してない。したがって、原告らの請求を認容したところで、現実に影響を受けるのは、一日に離発着する航空機約二〇〇便のうちたかだか四便にしかすぎないものである。
しかも、この四便にしたところで、なるほど利用客の都合からのみいえば、あれば便利ではあろうが、何も原告らを含む周辺住民らに対し特別な犠牲等を強いなければならないほどの必要不可欠な便とは到底考えられない。国際線の乗り継ぎ旅客にしろ、あるいは夜間便の利用客にしろ、仮に午後九時以降に福岡に到着する便の利用ができなかったからといって、そのために格別の損失あるいは不利益が生じる等の特段の事情は見い出し難い。それこそ、あらかじめ日程の調整や仕事の段取り等を綿密にした上で航空機を利用しさえすれば、右の時間的な問題は充分に補いがつく事柄であると思われる。
また、国際定期便の右の時間帯における利用に至っては、将来その可能性があるかもしれないからとのことにすぎず、その必要性についてすら何ら現実味を帯びたものではないのである。
4 被告による騒音被害の防止・軽減対策についての反論
(一) 音源対策
(ア) 機材の改良による騒音軽減
被告は、昭和五〇年七月、航空法の一部改正によって、初めて騒音基準適合証明制度ができ、昭和五三年八月、更に厳しい新基準ができたという。
しかし、ここでは次の問題点を指摘することができる。
第一に、旧基準は本件訴訟が提起されるわずか八か月前に制定されたものであり、新基準は本件訴訟が提起されてから二年を経過した後に制定されたものである。被告の対策が遅れていることは明白であり、本件訴訟の提起以前には見るべき機材の改良がなかったということを示している。
第二に、旧基準・新基準と各航空機の騒音量との対比をすると、それぞれの基準が航空機製造会社の開発の度合に応じた設定、すなわち「後追い行政」又は「追認行政」が行われていて、決して被害救済の見地からあるべき騒音量の規制値を提示するような基準にはなっていない。例えば、被告準備書面引用図表第14表のうち離陸騒音の表をみてみると、最大離陸重量の違いによって、基準となるべき騒音レベルが変動するようになっている。旧基準を例にとれば、最大離陸重量五〇トンという比較的軽い航空機は約九六EPNdBという比較的低い騒音レベルを騒音基準とし、最大離陸重量二五〇トンという比較的重い航空機は約一〇七EPNdBという比較的高い騒音レベルを騒音基準としている。これは、一見もっとものようであるが、騒音を暴露される被害者の立場からすれば、最大離陸重量の大小に拘らず、騒音レベルは低くしてもらわなければならないのである。B―七四七―一〇〇型機、同SR―一〇〇型機、DC―一〇―四〇型機、L一〇一一―三八五―一型機といった騒音レベルの高い航空機の騒音レベルより、はるかに高い騒音レベルの値を基準としていることは問題である。大型航空機は騒音レベルも大きいのだから、高い基準値に設定してもいいというのであれば、それは現状を追認したことにほかならない。
更に、同表の離陸騒音の表において旧基準を満たさない機種はというと、DC―八―六一型機、同―六二型機、B―七〇七―三二〇C型機及びB―七四七―二〇〇型機であって、その他の多くの機種は既に旧基準を満たすこととされている。つまり、旧基準においては、わずかに右四機種のみを基準不適合機種としたのであって、その他の一四機種を許容する扱いとしたのである。殊に、騒音レベルは比較的高かったにも拘らず、それまでの花形航空機であったB―七二七―一〇〇型機、同―二〇〇型機を許容する基準を旧基準としたことも、現状追認の姿勢を示している。B―七二七―二〇〇型機、同―一〇〇型機が基準に適合しないという評価を受けるようになるのは、昭和五三年八月からであったのである。
マクドネル・ダグラスDC―八型機は、最も騒音値の高い航空機であり、本件空港の滑走路北端から約2.5キロメートル離れた距離に位置する筥松小学校において、離陸時に95.0ホン、着陸時に101.5ホンの各年間平均値を記録し、同滑走路南端から約3.7キロメートル離れた距離に位置する大野北小学校において、離陸時に92.9ホン、着陸時に94.7ホンの各年間平均値を記録する。同機は、本件訴訟の提起後七年を経た昭和五八年六月において、国内線で一日四発着、また国際線で一日6.5発着、合計一日10.5発着もしているのである。
また、ボーイング七〇七型機も、右DC―八型機と同じような高騒音機であり、筥松小学校において離陸時に91.6ホン、着陸時に106.7ホン、大野北小学校において離陸時に89.9ホン、着陸時において98.0ホンの各年間平均値を記録している。同機は、昭和五七年当時に一日二発着程度飛んでおり、昭和五八年当時においても飛んでいる。
このように、騒音適合証明制度は、現状追認的に遅れて実施されてきたうえ、被告は、右旧基準及び新基準を満たさない高騒音の航空機であっても飛行を差し止めることなく、ずっと就航することを認め続けてきたのであり、音源対策のすっぽ抜けというべきである。
(イ) 運航方法の改良
運航方法の改良も対策が遅れたうえに、そもそも被告がいうような運航方法の改良によっては、原告らの居住地域における騒音被害の軽減に役立たないものである。すなわち、本件空港には、南北方向に延びる滑走路が一本あるだけであって、航空機が離発着する場合には、北から南へ向けて着陸・離陸をするか、反対に南から北へ向けて着陸・離陸をするかのいずれかである。そして、通年してみた場合には、北から南の方へ着陸・離陸をする割合が六~七割であり、反対に南から北へ着陸・離陸をする割合が三~四割である。
原告ら居住地域のうち、大井、二又瀬、社領、筥松、郷口町、箱崎、吉塚、馬出など、原告らの大半を占める居住地域は、すべて本件空港の北側に位置している。したがって、本件空港の北側に位置する地域に住む大半の原告らは、年間の六~七割の割合で着陸による航空機騒音に暴露され、三~四割の割合で離陸による航空機騒音に暴露されることになる。本件空港の南側の地域に住むその余の原告らは、ちょうどこの反対になるわけである。
(1) そこで、本件空港における着陸時の唯一の騒音対策といわれているロウ・フラップ・アングル方式による着陸方法を採った場合に、原告らに対して、果たして本当に騒音軽減効果があるかといえば、実は殆ど騒音低減効果がないということが明らかである。すなわち、ロウ・フラップ・アングル方式による着陸は、着陸地点までの距離が五キロメートルから一三キロメートル離れている範囲の地域で顕著な効果があるが、五キロメートル未満の地域では約二ホンしか下がらないのである。ところで、航空機が着陸する場合の着陸地点は、通常滑走路端から約六〇〇メートルのところであるから、先ず、原告らのうち大半の者が居住している本件空港の北側の地域をみると、滑走路北端から約2.5キロメートル離れた地点に筥松小学校があり、約3.3キロメートル離れた地点に九州大学があり、約5.6キロメートル離れた地点に海岸線がある。つまり、本件空港における北側の地域というのは、おしなべて着陸地点まで五キロメートルの範囲内にある地域なのであって、ロウ・フラップ・アングル方式による騒音軽減効果がたかだか約二ホン程度あるだけ、という地域である。同方式による効果が顕著に現れるためには、着陸地点まで五~一三キロメートル離れていなければならないが、本件空港の北側においては、着陸地点から五~一三キロメートル離れているところといえば、実は、海上に出てしまうのである。次に、その余の原告らが居住している本件空港の南側の地域をみると、上月隈、下月隈などの地域は、いずれも着陸地点より五キロメートル以上離れていないことが明らかであって、ロウ・フラップ・アングル方式による騒音軽減効果が殆どない地域であることが明らかである。
(2) また、離陸時における騒音対策といわれる急上昇方式による騒音低減効果は、空港から約九キロメートルの地点でマイナス二~四ホンであるとされており、カットバック方式による騒音低減効果は、空港から約九キロメートルの地点でマイナス四~六ホンであるといわれている。
ところで、原告らが居住する地域は、いずれも本件空港から九キロメートル以内にある。すなわち、筥松小学校は滑走路北端から約2.5キロメートル離れた距離にあり、大井、二又瀬、社領、吉塚などの地域はそれよりももっと本件空港に近い。筥松、箱崎などの地域も、滑走路北端から約3.3キロメートル離れた距離にある九州大学よりもっと本件空港に近い。このように、本件空港の北側に住む原告らは、いずれも本件空港から九キロメートル以内の距離に住んでいる。また、大野北小学校は滑走路南端から約3.7キロメートル離れた距離にあり、上月隈、下月隈などの地域は、それよりもっと本件空港に近い。つまり、急上昇方式又はカットバック方式は、本件訴訟の原告らに対しては、何らの騒音低減効果をもたらすものではない。
(二) 周辺対策
被告の実施した移転補償、住宅防音工事の助成、テレビ受信料助成、テレビ音量調節器設置、騒音防止用電話設置の各周辺対策のうち、原告らに関するものが、周辺対策実施状況一覧表記載のとおりであることは認める。しかしながら、周辺対策はもともと第二次的なものである。すなわち、航空機騒音による被害を本質的に除去するためには、空港を人家のないところに移転するか、航空機騒音の音源自体を改善して、せめて一般騒音の「環境基準」のレベルにまで持っていくことである。ところが、被告が主張する周辺対策なるものは、音源対策に対してはある一定のところで見切りをつけて、本質的な騒音被害の除去に至らないところの第二次的な対策を採ろうとするものである。したがって、周辺対策は、決して航空機騒音による被害を解消するものではない。のみならず、被告の周辺対策には以下に述べるとおりの問題点がある。
(ア) 住宅防音工事について
被告が原告らに対し、初めて住宅防音工事の助成をするようになったのは昭和五一年二月のことであり、同工事を本格的に行うため福岡空港周辺整備機構(以下「周辺整備機構」という。)を設立したのは、同年七月のことである。それらは、本件訴訟の提起の直前、直後のことであって、その対応は極めて遅くまた恣意的である。そして、本件訴訟の提起以前(直前を除く。)には同工事は実施されていないのであるから、過去の損害賠償に対しては、その減殺又は消滅事由として何らの影響も及ぼすものではない。
また、被告が実施してきた住宅防音工事は、極めて不充分なものでしかなく、本来あるべき姿からも遠くかけ離れたものになっている。すなわち、住宅防音工事は、住民が家屋内で生活する場合において騒音源から遮断されることを目的とするが、その効果が発揮されるためには、家屋の構造自体が鉄筋コンクリート造などできるだけ質量の高い物質で作られ機密性の高い構造になっていること、家屋全体が質量の高い材料で密閉されること、密閉したとしても季節の移り変わりや温・湿度差に対して快適な住環境を損なわないよう冷暖房設備を完備し、現実に冷暖房設備を作動させ得るものであること、家屋の経年性劣化に対しても対応し得るものであること、などの条件が必要である。しかし、これまで周辺整備機構が助成の対象としてきた住宅防音工事は、そのようなものとなっておらず、次に述べるように不充分な点がある。
① 周辺整備機構が助成している対象は専ら木造住宅であるが、木造住宅に対して実施されている現実の防音工事は、あまり遮音機能を果たしていない。周辺整備機構は、鉄筋コンクリート造住宅などの遮音性の高い住宅を対象外とし、専ら木造住宅に対して防音工事の助成を実施しているところ、本件空港周辺地域における住宅防音工事の実施状況については、昭和五八年一一月末日の時点で同工事対象区域内住宅数三万二一三二件に対して実施世帯数は一万八九六八件であり、実施率は五九パーセント、申請世帯に対する実施率からいっても61.6パーセントでしかない。また、実際になされた木造住宅に対する防音工事は、理論的に設定されたほどの遮音効果を挙げておらず、防音工事の目標設定値をもっと高度なものにする必要がある。
② 周辺整備機構が助成の対象とするものは全室防音工事ではなく、まして、住宅の全体を防音構造のものとするものではない。
防音工事の対象となる住宅は、一世帯一室とし居住の中心となる部屋を原則とすること、但し、家族が五人以上で特に一定基準の優先順位住宅に該当する世帯については二室とすることができることになっている。後には、一定の条件にある世帯に対してはほぼ全室の防音工事について助成するようになったが、それとても全室ではなく、まして家屋全体の防音工事でもない。すなわち、家族数プラス一で最高五部屋までの防音工事に対して助成をするようになったものの、その具体的な実施状況は明らかではない。周辺対策実施状況一覧表によれば、原告らに対し防音工事が実施されたもののうち、第一次訴訟原告らに関しては、殆どが一室防音になっていて、ごくわずかに二室防音、三室防音がある程度である。また第二次訴訟原告に関しては、最高五室防音になっているものもあるが、それでも全体としては、一室防音、二室防音のものがかなり多い。このように、住宅防音工事の現実は、現住室数のすべてに対して防音工事を実施するのではなく、その一部についてのみ実施されていることが明らかであって、民家防音工事の概念からすると極めて不充分なものであることはいうまでもない。まして、玄関、廊下、台所、風呂、便所などの生活空間は、初めから助成の対象となっていない。一日の生活時間のうちで、玄関で訪問者と対応したり家族を送り迎えしたり、廊下を通路としたり、台所で食事の支度や後かたずけをしたり、風呂に入って一日の疲れをいやしたりする時間は、必須のものであり、且つ重要な要素になっている。殊に家族のうちで比較的家の中で仕事をすることの多い主婦にとっては、大切な生活空間である。これらの空間が対象とされていないことも、防音工事の不充分さを示している。
③ 住宅防音工事を実施しても、室内の温度調節や換気をすることに問題があって、有効な遮音効果を期待することができない。防音工事は、空気振動が伝わって来ないように、室内をピッタリと密閉しなければ、遮音効果に乏しい。室内を密閉した状態で人が快適な暮らしを営むためには、室内の温度調節と換気を行わなければならない。殊に日本は夏に暑く蒸しやすい毎日が続くために、室内を密閉した場合には夏の冷房・除湿・換気を欠かすことができない。また、冬は暖房を用いるが、室内の換気を欠かすことができない。しかし、防音工事を実施した世帯では、窓を閉め、室内を密閉した生活をしていない、というところが問題である。室内を密閉することができない原因は、第一に、冷暖房機や空調機を作動させるためには電気を消費しなければならないので、その電気代の自己負担ができない世帯が圧倒的に多いということであり、第二に、人間は自然の中で生きている存在であるから、自然のさわやかな風や空気が全く断ち切られた室内では過ごすことができない、ということである。冷暖房機や空調機の消費電力がどれくらいであるかというと、防音工事の際取り付けられる「日立製ルームエアコンセパレート二二〇八WM型機」の場合で、暖房時に八九〇ワット、冷房時に九一〇ワット、「同セパレート二二〇八EWM型機」の場合で、暖房時に一六九〇ワット、冷房時に九一〇ワット、ということになっている。また空調換気扇の「同MN―一六KN型機」の場合で五九ワットということになっている。いま、仮に航空機が運航する午前七時二五分から午後九時五〇分までの一四時間、冷暖房機を作動させると、右「ルームエアコンセパレート二二〇八WM型機」の場合で、暖房時に約一三キロワット、冷房時に約一三キロワットの電力が消費されることになる。これが一か月続くと四〇三キロワットの電力が消費され、九州電力の電力早見表によれば、月一万二七七八円(基本契約三〇アンペアの場合)ないし一万三〇六二円(同四〇アンペアの場合)の電気料金が必要となるのである。もちろん、これより電力消費量が多い右「ルームエアコンセパレート二二〇八EWM型機」の場合は、暖房時にフルパワーの状態を続けると、この倍近くの金額が必要となる。また、同様にして空調機のみの電力消費量を求めると月約二七キロワットとなり、月一三七九円(同三〇アンペアの場合)ないし一六四九円(同四〇アンペアの場合)が必要となる。以上の計算による冷暖房機の月当り電力料金約一万三〇〇〇円、空調機の月当り電力料金一三七九円(同三〇アンペアの場合)という金額は、一室防音をして一冷暖房機一空調機を設置した、という状態における数字である。これが二室防音二機設置、三室防音三機設置、四室防音四機設置と増えていった場合に、仮に全部の冷暖房機と空調機を使用したとすれば、右金額の二倍、三倍、四倍という金額が電気料金として賦課されていくのである。四機を作動させた場合には、月約六万円もの電気料金が必要であるということになる。問題は、冷暖房機一機当り月約一万三〇〇〇円の電気料金を、周辺整備機構が負担する仕組みになっていないことである。電気料金はすべて被害者である原告ら住民の負担となっている。原告ら住民にとっては、窓をあけるか、冷暖房機をつけるか、の二者択一を迫られるが、防音工事をした室内で窓をあければ航空機の騒音が窓や室内空間のあちこちから入り込み、防音工事の効果が殆どなくなり、冷暖房機や空調機を作動させれば、多額の電気料金を負担しなければならない、ということになってしまう。結局、原告ら住民は、新たに家計の中から電気料金を捻出することができないので、仕方なく窓をあけ、室内を開放状態にせざるを得なくなるのである。
(イ) 移転補償について
移転補償の実施に当っては、昭和三七年閣議決定による「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」を拠り所として補償額が算定されるが、その場合、土地については「正常な取引価格」すなわち近傍類地の取引価格を基準とし、土地の位置、形状、環境、収益性その他一般の取引における価格形成上の諸要素を総合的に比較考量して算定するものとされ、建物については土地の取得に係る補償の例によるとされている。このように、移転補償は、究極的には土地収用を前提とした公共用道路・公共用施設などの確保のために用いられる損失補償基準の例によって実施されるため、そこに航空機騒音被害に対する慰謝料や損害金の要素を入れる余地はなく、単純な土地、建物の売買等の概念のうちに収まるものである。そして、その売買金額を近傍類地の取引価格に準じさせたとしても、もともと第二種区域、第三種区域は騒音激甚地域であり、且つまた用途も限定されていることから、他の地域と比較して取引事例も少なく、且つ廉価であるといわざるを得ない。
原告らのうち移転補償を受けたのはわずか一一件であるが、その損失補償額は廉価である。すなわち、右一一件のうち、比較的広い土地と比較的新しい建物を所有していた原告加藤哲次郎を除けば、その余の土地及び建物に対する損失補償はほぼ七〇〇万円台から一一〇〇万円台のうちに入っている。全一一件を単純に平均しても損失補償額は約一二三二万円であって、そのうちの最多価格帯は、九〇〇万円台と一〇〇〇万円台である。
問題は、このような損失補償額では、他の地域に移転することが極めて困難であるということにある。仮に一〇〇〇万円の移転補償を受けたとしても、新たに土地を購入し建物を建てるための資金とするには極めて乏しい金額であって、一〇〇〇万円で求められる土地、建物というのは、購入地域、購入場所、購入面積、建築される建物の構造などの面において大幅な制約がある。
もう一つ問題は、第二種区域、第三種区域に住む住民は、そこを生活の場としながらも、比較的近傍に仕事の場を持っているものであるが、移転をすることによって、生活の場と仕事の場が大きく離れ、通勤に大幅な支障をきたす蓋然性が高くなることである。殊に前記のような廉価な額でしか補償を受けられないとすれば、近傍において土地、建物を求めることは実際上不可能なことであり、わずかに福岡市近郊の遠く離れた山里や福岡市以外の地価のごく安い田舎にしか移転できないということになりかねない。もはや従前の職業を投げ打って転職する覚悟でなければ、移転補償に応じられないといっても過言ではない。
更に、移転補償は間欠的に実施されていて、地域共同体の中で、櫛の歯が欠けたように空地が目立っている。跡地には金網で囲いが張られ、雑草が生えて、荒涼とした風景を呈している。動物園の金網あるいは収容所の金網を連想させるのは、あながち感傷のなせるわざでもない。そうした、人の住めなくなった町、流民の如く追いたてられようとしている町、という地域の荒廃のほかに、移転補償が進めば進むほど、地域の生活が成り立たなくなっていくという新たな被害が発生している。人口が減っていけば、そこで立地していた商店の経営が圧迫され、遂には商店が引っ越すことになる。商店がなくなると、それまで生活用品をその商店で求めていた住民は、遠く離れた商店に買いに行く不便を強いられる。運動会、老人会、婦人会などといった地域の結びつきのありようが壊れ、知る人が少なくなり、やがて地域の結びつきが希薄化してしまうであろう。いわば、生活の基盤となっていた共同体が崩壊していくことになる。これは、移転補償によってもたらされる航空機騒音の新たな被害というべきである。
5 「地域性」、「危険への接近」についての反論
(一) 被告は、本件空港周辺地域が早くから飛行場地域としての社会的承認を得ており、他方で原告らの大多数がそのような地域に居住を開始したものである場合には、飛行場の使用による何らかの障害があったとしても、それが日常生活上の差しさわりといった程度のものであるときは、原告らにおいて衡平上受忍すべきものと、いわゆる地域性、危険への接近の理論を本件に適用すべきことを主張している。
しかしながら、そもそも、被告の主張には、いかなる事実関係を指して「社会的承認」があったというのか、そして何故に「社会的承認」が原告らの本件請求に影響を与えるのかの理論的根拠は何ら示されておらず、主張自体失当である。
仮に、被告の主張が、被害の容認を意味するのであれば、いわゆる被害者の承諾として違法性阻却事由に該当する余地がないとはいえないが、その場合には、本件空港周辺地域における侵害行為の受忍が本件原告らを含め一般的、社会的に承認されていることが必要である。そして、右の意味での侵害行為の受忍についての一般的、社会的な承認は歴史的に形成されたり、法規制によって作られるものであるが、本件空港の騒音等についてはそのいずれでもなく、逆に住民の反対を押し切り加害行為を継続しているにすぎないのである。しかも被告の主張を容認するならば、強大な権力を持つ者の加害行為は、その加害行為が明瞭で且つ被害者の声に耳を傾けることなく継続すればするほど、加害者に有利になる結果をもたらすことになる。このような結果が、「衡平上」到底許されないことは明らかである。
(二) また、仮に「危険への接近」の法理を承認する立場に立つとしても、本件には以下に述べるような事情が存しており、適用条件を充足しておらず、あるいは適用を認めれば却って衡平の原則に反する結果となるから、この法理を適用する余地はない。
すなわち、本件空港は、福岡市の都心から東南わずか三キロメートルに位置している。これほど都市圏に近接する空港の存在は、世界でも稀有な存在である。このような本件空港の地理的な特殊性からすれば、空港の周辺地域に住宅等が建設されることは必然的だったのであり、空港使用による侵害行為が先になされていたということによってその居住を控えることを求めるのは、住民に不可能を強いるにほかならない。
また、本件空港と空港周辺の集落、街並みを対比すれば、後者のほうが先に存在していたことは明らかである。被告が指摘している本件一部原告らのいわゆる後住者が転入した地域は、空港開設以前から集落、街並みが形成され、生活が営まれていたのであり、いずれは転入者が出てくることが予定されている地域だったのである。それゆえ、立地規制も全く行われていない。しかも、本件原告らには、行政によって半強制的に集団移転させられて居住するようになった者も少なくない。このため転入者が入居前に行う調査にしても、通常の土地、建物の購入、賃借に際して行う調査を超えて、空港騒音等による被害等の状況にまで調査することを期待することは、全く不可能であった。
更に、本件被害の特殊性について考慮する必要がある。本件被害は、航空機一機が頭上を通過することによって発生する騒音という単純なものではない。その騒音暴露の積み重ねが、日常生活にもたらす特殊な被害なのである。現実に寝起きし生活することによって発生し、実感できる被害なのである。かかる被害を事前に予想することは不可能である。
したがって、被告が指摘する本件一部原告らには、侵害行為の認識も被害の容認も何ら存在しないのである。
五 消滅時効の抗弁についての反論
1 民法七二四条が、特に不法行為によって生じた損害賠償請求権について、損害及び加害者を知った時という被害者の主観的態様をもって消滅時効期間の起算点としたのは、被害者の損害賠償請求の機会を確保するためである。すなわち、不法行為に基づく損害賠償請求においては、被害者が損害の発生や賠償請求の相手方を知らない場合があり、このような場合には被害者が損害賠償請求権を行使することは不可能であるため、この間消滅時効を進行させないこととし、被害者の利益保護を図ろうとしているのである。
そうすると、被害者が不法行為に基づく損害賠償請求権を現実に行使するためには、単に損害の発生を知ったのみでは足りず、更に加害行為が違法なものであること、及び発生した損害と加害行為との間に相当因果関係があることを認識することが必要である。しかもこの認識は、それが権利行使を可能ならしめるものである以上、具体的な資料に基づくものであり、立証可能な程度のものでなければならないというべきである。
法律専門家における法的認識においてさえ、国の公共事業がもたらすニューサンスに対する損害賠償の可否の判断は困難な問題であったうえ、本件の場合には、被告の加害行為の違法性、有責性及び加害行為と損害との因果関係を推認させるべき事実は被告の掌中にあって原告らには開示されておらず、原告らには長い間、賠償義務者が被告であることを認識するに足りる資料は与えられていなかった。
したがって、原告らが被告の騒音暴露につき、加害行為の違法性、有責性、及び加害行為と損害との因果関係を具体的資料に基づいて認識し得る時期は、原告らそれぞれが本件訴訟の提起に及んだ時と解すべきである。
2 また、本件被害の特殊性からしても、被告の主張には理由がない。
すなわち、本件被害は、被告の同一の意思に基づく一つの連続し、一体となった違法行為ないしは違法状態によってもたらされたものであり、各原告にとっては一つの損害である。飛行機が一機通過すれば損害が一つ発生するというように、一つ一つの騒音暴露と被害とが一対一の対応関係にあるものではないし、また暴露後直ちにすべての被害が発生するものでもない。仮に加害行為が一つ一つの騒音の暴露であり、損害はそれによって一つ一つ発生すると考えれば、原告は航空機の飛来ごとに、その時騒音に暴露された事実及び程度、それによっていかなる損害を受けたのかを一つ一つ主張・立証しなければならないことになり、その不当性は明らかである。
また、精神的被害・身体的被害・生活被害は、相互の影響のもとで複雑な現れ方をするものであり、しかもこれらは長期間にわたって累積され一層重大な被害となる。
ちなみに、鉱業法一一五条二項が、進行中の損害についてはその進行の止んだ時から時効を起算するとしているのも、このような継続・累積される被害の特殊性を理由とするものであり、本件においても鉱業法一一五条二項の類推適用ないしは、その趣旨に基づく民法七二四条の解釈によって、加害行為の継続中の時効の進行は否定されるべきである。
3 被告が消滅時効を援用することは、権利の濫用であり許されない。すなわち、本件において被告の主張する時効は、仮に形式的にその要件を充たしているとしても、それを援用することは、権利の上に眠る者は保護しないとの法原則、過去の事実の立証の困難性という時効制度の趣旨からあまりにも逸脱しており、法の理念たる正義と公平に反し、権利の濫用として許されないものである。
第三 証拠<省略>
理由
(書証の形式的証拠力について)<省略>
第一本件空港の現況・沿革と原告らの居住関係等
一本件空港の現況・沿革
<証拠>によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件空港は、空港整備法二条一項二号所定の第二種空港で、同法四条一項により運輸大臣が設置、管理するものとされており、福岡市の東南部に位置し、JR九州博多駅等重要な都市施設から三キロメートル以内の距離にある。本件空港は、被告ら準備書面引用図表(本判決別冊4)第1図の赤線で囲む区域からなるが、同図緑色部分は米軍に対しても使用を許している共用区域であり、同図青色部分は米軍の、赤色部分は航空自衛隊の、それぞれ専用する区域である。また、本件空港の総面積は、約三四九万八五〇〇平方メートルであり、長さ二八〇〇メートル・幅六〇メートルの滑走路(対象航空機B―七四七クラス)、延長三七九九メートルの誘導路及び面積五一万三一七六平方メートルのエプロンを有し、その規模・施設は、右図表第33表のとおりとなっている。同表によれば、ターミナルビルとして、国際線及び国内線(第一、第二)ターミナルビル等があり、電源施設及び航空灯火、無線関係施設、航空固定通信施設、消火救難施設等の航空保安施設を有している。
(二) 本件空港成立の歴史は、我が国の旧陸軍省が、昭和二〇年五月、当時の福岡市と福岡県筑紫郡那珂町の農地等約二五一万九〇八七平方メートルを買収し、席田飛行場として建設したことに始まる。すなわち、同省は、長さ二〇〇〇メートル及び一五〇〇メートル、幅各五一メートルの二本の滑走路を建設し、同年八月の我が国の敗戦に至るまで、これを北部九州防衛基地として管理、運営していた。
右敗戦後、本件空港の用地は、一旦旧土地所有者に返還されたが、同年一一月二九日に連合国軍を構成する米軍により接収された後、本件空港は、板付飛行場との名称の下に、米軍により大幅な整備拡張がなされた。その主なものを挙げると、昭和二六年四月一日にジェット機の使用を可能ならしめるため、滑走路延長用地として約三一万五〇〇〇平方メートル、同三二年三月二六日に計器着陸方向指示器設置用地として約七万二〇〇〇平方メートル、航空標識灯設置用地として約七万二〇〇〇平方メートル、同三六年八月一八日に進入灯用地及び安全地帯用地として約三〇万四〇〇〇平方メートルがそれぞれ米軍に提供された。なお、右用地提供に当っては、被告が土地所有者との間に、米軍の使用に供する目的をもって賃貸借契約を締結しており、右賃貸借契約は、被告が飛行場用地として買収した部分を除き、現在もその効力を有している。
また、米軍による本件空港の設置・管理の法的根拠については、昭和二〇年九月から同二七年四月二七日の平和条約発効前日までは、米軍の接収下にあり、その設置・管理は米軍の専権に属していたが、同月二八日の平和条約発効後は旧安保条約三条に基づく行政協定二条一項が、また同三五年六月二三日以後は新安保条約六条に基づく地位協定二条一項(a)が、右法的根拠となっている。
米軍の管理・運営の下で、本件空港は、昭和二五年六月に勃発した朝鮮動乱では第一線基地となり、同二六年四月からはジェット機の使用が始まり、その総面積も約三五〇万平方メートルと、ほぼ現在の規模となった。
そして、本件空港には、米第五空軍れい下の第四三航空師団司令部が置かれ、昭和二七年二月にF―八六ジェット戦闘機、同三一年一一月F―一〇〇ジェット戦闘機、同三四年一二月F―一〇二ジェット戦闘機、同三八年五月F―一〇五ジェット戦闘爆撃機が順次配置された。
しかし、昭和三八年一二月在日米軍の再編成に伴い、F―一〇五ジェット戦闘爆撃機を有する第八戦闘爆撃師団の第三五、第三六、第八〇戦術戦闘大隊が昭和三九年五月四日横田飛行場に移駐し、同年六月前記第四三航空師団が解体されたため、本件空港は、予備基地となった。これにより、米軍は本件空港に練習機ほか数機を配置するのみとなり、その後は日米合同防空演習や台風避難のため、米軍機が不定期に飛来することがあるにとどまる。
なお、本件空港は、昭和三〇年六月六日から自衛隊(航空自衛隊)の航空機運航にも使用されている。
(三) 昭和四五年一二月二一日、日米安全保障協議委員会において、本件空港は我が国に返還されることが決定され、同四七年四月一日より本件空港は、「福岡空港」との名称の下に、空港整備法二条所定の第二種空港として、運輸大臣がこれを設置、管理することとなり、同時に、航空機騒音防止法による特定飛行場に指定された。
(四) 本件空港において、民間航空機は、当初飛行を禁止されていたが、昭和二六年一〇月から米軍の了解の下に日本航空株式会社(以下「日本航空」という。)による東京―大阪―福岡間の定期航空路線が開設された。その後、全日本空輸株式会社(以下「全日空」という。)、東亜国内航空株式会社(以下「東亜国内」という。)等の民間航空会社も、本件空港を使用するようになり、昭和三一年六月三〇日の民航ターミナルビルの建設、同年九月の福岡―沖縄線の開設、昭和四〇年九月の大韓航空、キャセイ・パシフィック航空の乗入れ等を経て、西日本における国際線を有する幹線空港及びローカル線の中枢空港として発展してきている。そして、本判決引用図表(本判決別冊6)別表(一)のとおり、昭和六一年度における民間航空機の発着回数は、七万五五〇八回に達し、現在では国内有数の利用度の高い空港となっている。
なお、前記返還後においても、米軍機は要務連絡等のため、自衛隊機は輸送等のため、いずれも回数は少ないものの、本件空港を使用している。
二本件空港周辺の状況、原告らの居住関係等
<証拠>によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件空港滑走路の北側延長線上の地域は、順次、大井町、二又瀬、社領、郷口、筥松、箱崎、九州大学本学、箱崎ふ頭の各地区を経て博多湾に至る。右延長線の西側は吉塚、馬出等の、東側は原田等の地区であり、これらの地区、殊に筥松、箱崎、吉塚、馬出、原田地区は住宅密集地となっている。そのうち、原告らが多数居住する社領地区内と小松田団地では、第一回(昭和六〇年六月三日実施)検証が、二又瀬交差点付近では第一回及び第二回(昭和六〇年六月一七日実施)検証が、吉塚地区では第二回検証が、それぞれ実施された。
(二) 本件空港滑走路の南側延長線上の地域は、順次、下月隈、上月隈、井相田、春日市、大野城市となっており、住宅、農地、工場等の混在した地域となっている。なお、原告らのうち十数名の者が居住している下月隈地区内の見上後公園付近では、第二回検証が実施された。
(三) 本件空港東側は、下臼井、青木等の各地区であり、更にその東側は丘陵地帯である。また本件空港西側は、豊、恵比恵、上牟田等の各地区であり、更にその西方はJR九州博多駅に至る。
(四) 原告ら(訴訟承継のあった者については、承継前の原告をいう。)は、いずれも本件空港周辺に居住し、又は以前に居住していたものであり、その本訴提起当時及び移転先の住所、航空機騒音防止法の規定に基づく指定区域、居住開始(出生)年月日、転出(転入)年月日は、赤字記載に係る部分を除き、周辺対策実施状況一覧表(本判決別冊5)記載のとおりであり(この事実は、当事者間に争いがない。)、当事者間に争いのある右赤字記載に係る部分については、本判決別表第一(本判決別冊1)に記載したとおりである。
第二本件訴えの適法性及び請求の正当性の有無
一本件空港の供用の差止請求に係る訴えの適法性について
1 別紙原告目録(一)記載の各原告は、本訴において、人格権又は環境権に基づき、被告に対し、毎日午後九時から翌日午前七時までの間、本件空港を一切の航空機の離着陸に使用させることの差止めを、狭義の民事上の請求として訴求していると解されるところ、右請求に係る訴えが適法なものといえるかどうかを判断するに先立ち、本件空港の使用に関する法律関係を、民間航空機、自衛隊機及び米軍機について個別にみておくこととする。
(一) 民間航空機使用の法律関係
<証拠>を総合すれば、次のとおり認められる。
昭和四七年四月一日に本件空港が我が国に返還されるまで、日本航空等の民間航空会社は、米軍により、行政協定三条一項(昭和二七年四月二八日以降)及び地位協定三条一項(昭和三五年六月二三日以降)に基づき、航空機運航のため本件空港の使用を許可されていたが、昭和四〇年一〇月と同四一年一二月の各日米合同委員会の合意により、地位協定二条四項(a)に基づき、滑走路・誘導路等を日本政府が共同使用することが決定された(<証拠>)。しかし、右合意に基づく共同使用権は、我が国の民間航空機等に対する関係においてのみ、我が国政府(運輸省)が本件空港の形式的な供用者の立場に立つにすぎず、本件空港の管理権は、依然として米軍がこれを有するというものであった。すなわち、本件空港を我が国政府が地位協定二条四項(a)に基づいて使用する場合にも、米軍は地位協定三条の管理権を有しており、我が国政府は右管理権を行使し得ないことが規定上明白であった。
その後、昭和四七年四月一日に本件空港は我が国に返還され、運輸大臣がその設置・管理を行うこととなったので、航空法の規定に基づき、本件空港を経路とする路線において定期航空運送事業を経営しようとする者は、運輸大臣の免許を受け(同法一〇〇条一項)、同事業者は、航空機の運航及び整備に関する事項について運航規程及び整備規程を定め、運輸大臣の認可を受けなければならず(同法一〇四条)、その事業について公共の福祉を阻害している事実があると認められるときは、運輸大臣から事業計画の変更等の事業の改善を命じられる(同法一一二条)ものとされている。
(二) 自衛隊機使用の法律関係
自衛隊機は、前認定のとおり、昭和三〇年六月六日より本件空港の使用を開始するようになったが、米軍管理時代における右使用の法的根拠は、当初は行政協定三条一項、昭和三五年六月二三日以降は地位協定三条一項に基づくものであった。その後、本件空港は、昭和四七年四月一日に我が国に返還され、運輸大臣がその設置・管理者となり、航空法の適用の下に引き続き自衛隊機による使用が認められているが、自衛隊機については、自衛隊法一〇七条により航空法の適用が大幅に除外され、運輸大臣の規制権限は、相当程度制限されている。すなわち、一般的な適用除外事項についてみても、自衛隊法一〇七条一項によれば、飛行場、航空保安施設の設置に係る運輸大臣の許可(航空法三八条一項)、航空機の耐空証明を受ける義務(同法一一条)、航空機の騒音基準適合証明(同法二〇条の二)、航空機の運航従事者の資格の技能証明(同法二八条一項、二項)、操縦教育の制限(同法三四条二項)、航空機の国籍の表示、航空日記、航空機備付書類(同法五七条ないし五九条)、航空機に乗り組む従事者(同法六五条、六六条)、爆発物等の輸送禁止(同法八六条)、物件の投下(同法八九条)、落下傘降下(同法九〇条)、運輸大臣の報告徴収及び立入検査(同法一三四条一項、二項)が適用除外事項とされており、そのほかに防衛出動(自衛隊法七六条一項)、命令による治安出動(同法七八条一項)、要請による治安出動(同法八一条一項)、災害派遣(同法八三条二項)の各場合についても、種々の適用除外事項が定められている。もっとも、運輸大臣の航空交通の指示(航空法九六条)、飛行計画及びその承認(同法九七条)、到着の通知(同法九八条)等については、自衛隊機に関しても運輸大臣の規制権限が及ぶものとされている。
なお、自衛隊機一般の運航活動については、自衛隊法一〇七条五項の規定により防衛庁長官が定めた「航空機の使用及びとう乗に関する訓令」三条に定めがあり、同訓令によれば、自衛隊法第六章の規定により行動を命ぜられた場合又は行動する場合において、航空機を使用する必要があるとき、同法九九条から一〇〇条の五までに規定する業務を行う場合において、航空機を使用する必要があるとき、教育訓練に関し航空機を使用する必要がある場合、航空機及びその装備品又は航空燃料に関する整備等に関し航空機を使用する必要がある場合、偵察、連絡、観測、測量、写真撮影、もしくは調査又は隊員の輸送もしくは整備等のために航空機を使用する必要がある場合、自衛隊に係る事故又は災害のための捜索救助又は調査のために航空機を使用する必要がある場合、隊員の航空適性検査又は航空従事者の技能を維持するための訓練として行う飛行のために航空機を使用する必要がある場合、同訓令七条一項各号に掲げる者を同乗させるために航空機を使用する必要がある場合、以上各号に掲げる場合のほか、部隊等の任務を遂行するために航空機を使用する必要がある場合、その他長官が特に命じ又は承認した場合に、航空機を運航できるものとされている。
(三) 米軍機使用の法律関係
本件空港は、前認定のとおり、昭和二〇年一一月二九日、米軍に接収され、その後同二七年四月二八日に平和条約が発効した後は、行政協定二条一項に基づき、米軍の使用する施設及び区域として米軍に提供された。更に昭和三五年六月二三日以後は、地位協定二条一項(a)に基づき、引き続き米軍の使用する施設及び区域として米軍に提供され、米軍が飛行場として管理、運営していたものである。
そして<証拠>によれば、昭和四七年三月三一日、日米合同委員会において、本件空港に関し政府間協定が締結され、板付飛行場のうち、米軍専用区域(通信施設等)約七万六〇〇〇平方メートルを除く部分の飛行場部分について、使用転換及び返還が決定され、被告準備書面引用図表第1図の緑色部分(約四八万五〇〇〇平方メートル。右区域内の滑走路、誘導路、駐機場等を含む。)は、被告に使用転換されて運輸省等の管理する施設となり、米軍に対しては地位協定二条四項(b)の適用のある施設及び区域として、一時使用を認める形式で引き続き使用を許すこととし、同図表第1図の赤線で囲む区域中、同図の青色部分及び緑色部分を除くその余の部分(約二九五万一五〇〇平方メートル。右区域内の建物約一万八七〇〇平方メートル及び誘導路、駐機場等を含む。)は被告に返還され、右青色部分(約七万六〇〇〇平方メートル)は、米軍が専用する区域とされたことが認められる。
ところで、昭和二七年七月一五日に制定された「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定及び日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律」(以下「航空特例法」という。)によれば、米軍機についても、航空法所定の事項について適用除外事項が定められ、運輸大臣の規制権限がかなり制限されている。すなわち、飛行場、航空保安施設の設置に係る運輸大臣の許可(航空法三八条一項)、航空機の耐空証明(同法一一条)、航空機の騒音基準適合証明(同法二〇条の二第一項)、航空機の運航従事者(操縦士、航空士、航空機関士、航空通信士、航空整備士)の資格の技能証明(同法二八条一項、二項)、操縦教育の制限(同法三四条二項)、外国航空機の航行の制限(同法一二六条二項)、外国航空機の国内使用の制限(同法一二七条)、軍需品輸送の禁止(同法一二八条)、各種証明書等の承認(同法一三一条)のほか、航空機の運航に関する同法第六章の規定のうち、運輸大臣の航空交通の指示(同法九六条)、飛行計画及びその承認(同法九七条)及び到着の通知(同法九八条)を除くその余の事項(なお、適用留保事項は昭和三四年一一月一六日公布の右特例法施行令によって指定されている。)がこれである。
もっとも、我が国領空を航行する米軍機も、飛行の承認(計器飛行方式による場合は承認、その他は通報)を運輸大臣から受けなければならない(航空特例法施行令、航空法九七条)ものとされているから、米軍機は、本件空港に離着陸する場合、運輸省航空局に事前に飛行計画を提出し、その承認を受けた場合にのみ本件空港に離着陸できることとなる。
また、昭和二七年七月一五日の航空法の制定に伴って、我が国の領空を航行する航空機に対する航空交通管制は運輸大臣の権限事項とされた(同法九四条ないし九八条参照)が、これは米軍機といえども例外ではなく、前記航空特例法も、我が国領空における航空機航行の安全保持の観点から、航空交通管制を米軍機の適用除外事項としていない。しかしながら、米軍機に対する航空交通管制を全く我が国の運輸大臣の権限に服せしめるのでは、本件空港の提供目的遂行のための米軍機運航に支障をきたすこととなるから、航空交通管制業務についてもまた、地位協定六条一項(地位協定締結前は行政協定六条一項)により、基本的に米軍が行うことが日米合同委員会で合意されていた。これによると、米軍は、本件空港内の離着陸管制、同飛行場管制圏及び進入管制区内の航行については、米軍機のみならず我が国の民間機も含めすべてこれを管制し、これから離脱し、又は航空路から本件空港の進入管制区へ進入する場合には運輸省の航空路管制と管制の引継ぎを行うものとされていた(弁論の全趣旨)。
その後、米軍が行っていた本件空港に関する管制業務は、昭和四六年七月に我が国に引き継がれ(<証拠>)、昭和四七年四月一日本件空港の管理権が被告に返還されたのに伴って航空交通管制権を被告が行使するようになってからは、その限りで米軍機の運航活動も被告の管制に服することになるが、航空交通管制は航空機運航の安全のために行う交通整理的なものにすぎず、米軍機の運航権限自体にかかわるものではないから、米軍は、従前どおり、その駐留目的を達成するために、同軍隊の判断と責任に基づいて、本件空港において航空機を保有し、運航活動を行うことができると解される。
2 以上の事実を前提にして、民間航空機、自衛隊機及び米軍機のそれぞれについて、前記差止請求に係る訴えの適法性を検討することとする。
(一) 民間航空機について
前記のとおり、本件空港は、昭和四七年四月一日の返還後は、空港整備法二条一項二号所定の第二種空港として、同法四条一項に基づき運輸大臣により設置、管理されることとなったものであるところ、右管理権の内容は、公権力の行使を本質的内容としない非権力的な権能であり、私的施設の所有権に基づく管理権とその本質において特に異なるところはないと考えられる。しかしながら、本件空港の運営に深いかかわりあいを持つ事象として、運輸大臣による空港の設置決定、航空運送事業の免許付与、事業の改善命令、航空機の航行方法の指定等の行為にみられるように、航空行政権、すなわち航空法その他航空行政に関する法令の規定に基づき運輸大臣に付与された航空行政上の権限で公権力の行使を本質的内容とするものの行使ないし作用の問題があり、本件空港の設置・管理者は、同時に、航空行政権の主管者でもある運輸大臣である点に留意しなければならない。
ところで、法が本件空港を含む一定の公共用飛行場について、これを国営空港として運輸大臣が自ら設置、管理すべきものとしたゆえんのものは、公共用飛行場にあっては、その設置・管理のあり方が我が国の政治、外交、経済、文化等と深いかかわりを持ち、国民生活に及ぼす影響も大きく、したがって、どの地域にどのような規模でこれを設置し、どのように管理、運営するかについては、航空行政の全般にわたる統一的、実効的な政策的判断を不可欠とするからにほかならないものと考えられる。そうすると、本件空港の管理に関する事項のうち、航空機の離着陸の規制等、本件空港の本来の機能の達成実現に直接にかかわる事項については、空港管理権に基づく管理と航空行政権に基づく規制とが、運輸大臣によっていわば不即不離、不可分一体的に行使実現されるべきもの、そして現にされているものと解するのが相当である(大阪空港最高裁判決参照)。
以上のように、本件空港の航空機離着陸のためにする供用は、運輸大臣の有する空港管理権と航空行政権という二種の権限の、複合的観点に立った総合的判断に基づく不可分一体的な行使の結果であるとみるべきであるところ、空港周辺住民に対する航空機騒音による侵害は、空港の敷地所有者に対する不法占有による侵害等とは異なり、まさに右の航空行政権によって認められた航空機の飛行自体によって発生するものであるから、その侵害の停止を目的とする前記原告らの本件空港の供用の差止請求は、事理の当然として、不可避的に、右航空行政権の行使の取消、変更ないしその発動を求める請求を包合することとなるといわざるを得ない。しかしながら、公権力の行使に当る行為(公定力を有する行為)の効力を狭義の民事訴訟によって否定することを許さない現行行政事件訴訟法の規定の趣旨からすれば、たとえ本件空港の供用自体は原告らに対する関係で公権力の行使に当る行為とはいえないとしても、原告らがその供用の差止めを求めることが、不可避的に、他の空港利用者等に対する関係で、運輸大臣に対し公権力としての航空行政権の行使の取消、変更ないしその発動を求めることになるような場合には、そのような事項は狭義の民事訴訟の対象から除外されていると解するのが相当であるから、原告らが被告に対し、狭義の民事上の請求として前記の差止めを求める訴えは、不適法というべきである。
以上のように解しても、本件空港における民間航空機の離着陸時間帯の制限を目的として、周辺住民が適法に提起し得る訴訟が皆無となるものではない。すなわち、右住民は、右一定の時間帯に本件空港を利用している民間航空会社を被告として、航空機の離着陸のための空港使用の差止請求訴訟を提起することができるし、行政訴訟としては、運輸大臣を被告として、航空機騒音防止法による航行方法指定の告示の制定を求める義務付け訴訟等が考えられる(もっとも、この義務付け訴訟については、その適法要件として、少なくとも、(1)運輸大臣に右告示の制定について第一次判断権を行使させる必要がないか、その必要性が極めて少ないこと、(2)右告示の制定がされ、又はされないことによって被る周辺住民の損害が重大であって、事前救済の差し迫った必要性があること、(3)他に救済を求める手段がないこと、以上の三要件を具備しなければならないと解されるから、周辺住民の被害が極めて重大であるのに運輸大臣が何ら被害軽減措置をとらないといった特別の場合でない限り、訴えは不適法とされることになろう。)。
(二) 自衛隊機について
自衛隊機について、仮に本件空港の供用の差止請求が認容されたとするならば、必然的に、「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当る(自衛隊法三条一項)」との目的をもって設置された自衛隊の活動に重大な制約を加えることとなるが、これは、自衛隊の組織、運営等のあり方について十分な判断資料を得られない司法裁判所に対し、防衛問題という国家統治の基本にかかわる高度に政治的な事項について、重大な政策決定をなすよう求めるものといわざるを得ない。しかしながら、このような事項については、本来憲法上の国民主権、三権分立の基本原則からして、第一次的には国会、内閣等の政治部門の判断に委ねるべきものであり、最終的には主権を有する国民の判断に負託されていると考えられる。
したがって、右差止請求は、統治行為ないし政治問題として司法裁判所の判断事項に属さず、右請求に係る訴えは、前記(一)の理由のみならず、かかる観点からしても、不適法というべきである。
(三) 米軍機について
米軍は、地位協定二条四項(b)の規定により、本件空港のうち被告準備書面引用図表第1図の緑色部分の使用を許されていることから、被告としては、米軍に対し、右部分を使用せしめる条約上の義務を負担していることになる。したがって、運輸大臣において、米軍に対して行使することが可能な前記規制権限をもってしても、米軍機の運航自体に、本件空港の使用の禁止という一般的、継続的制約を課することは許されていないというべきであり、原告らの本件差止請求の内容を実現しようとすれば、根本的には右条約を改変するほかなく、そのためには、被告と米国との間の日米合同委員会における協議等外交交渉を通じ、米国の同意を取り付ける必要がある。
しかし、かかる外交交渉の義務付け訴訟が民事上の請求として不適法であることはいうまでもなく、しかも前記条約自体、日米両国の安全保障に関する高度の政治性を有しており、右条約の改廃は、主権国としての我が国の存立の基礎に極めて重大な関係を持つものというべきであるから、統治行為ないし政治問題として司法裁判所の判断事項に属さないといわなければならない。
したがって、右請求に係る訴えは、前記(一)の理由のみならず、かかる観点からしても、不適法というべきである。
二損害賠償請求に係る訴えの適法性及び該請求の正当性について
1 本件損害賠償請求権の被侵害利益(人格権、環境権)について
原告らは前記夜間飛行差止請求に併合して、航空機騒音等により、原告らの人格権及び環境権が侵害されたものとして、米軍が本件空港にジェット機を就航させた昭和二六年一月一日から本件空港が米軍の管理下にあった昭和四七年三月三一日までの期間においては、民特法二条に基づき、右返還後は、国賠法二条一項に基づき、被告に対し損害賠償を請求している。
これに対し、被告は、人格権及び環境権が実定法上の根拠を欠くと主張するが、およそ、個人の生命・身体の安全、精神的自由は、人間の存在に最も基本的な事柄であって、法律上絶対的に保護さるべきものであることは疑いなく、このような個人の生命、身体、精神その他の生活利益の総体を人格権ということができ、その侵害に対して損害の賠償を請求することができることは、民法七一〇条等の規定に徴し明白である。もっとも、環境権については、実定法上の根拠を見出すことができないし、当裁判所は、本件損害賠償については人格権侵害を根拠とすれば足りるものと解するので、原告ら主張の環境権理論の当否については判断を加えないこととする。
2 本件損害賠償請求権の根拠法条等について
前記認定の事実によれば、本件空港は、昭和四七年三月三一日までは米軍の管理下にあり、昭和二七年四月二八日に施行された民特法二条所定の「合衆国軍隊の占有し、所有し又は管理する土地の工作物その他の物件」に当るものであり、被告(運輸省)に移管された同年四月一日以降は、国賠法二条一項にいう「公の営造物」に当るものであることは明らかである。
しかして、民特法二条及び国賠法二条一項の「土地の工作物その他の物件」又は「公の営造物」(以下「営造物」という。)の「設置又は管理の瑕疵」とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態を指すところ、右安全性の欠如とは、当該営造物を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によって他人に危害を及ぼす危険性のある場合に限定されず、その営造物が供用目的に沿って利用される場合においても、右利用の態様及び程度が一定の限度を超えることによって危害を生ぜしめる危険性がある場合を含み、また、その危害は、営造物の利用者に対してのみならず、利用者以外の第三者に対するそれをも含むものと解すべきである(大阪空港最高裁判決参照)。したがって、本件空港に航空機が離着陸することにより発生する騒音等が原告ら周辺住民に危害を生ぜしめる危険性がある場合には、そのような利用に供される限りにおいて、営造物たる本件空港の設置・管理に瑕疵があると解される。
そうすると、本件損害賠償請求権は、昭和二七年四月二八日から同四七年三月三一日までは民特法二条、昭和四七年四月一日以降は国賠法二条一項にその根拠を有するとの原告らの主張は、正当として是認することができる。
ところで、被告は、右のような解釈を採る場合には、民特法二条、国賠法二条一項の損害賠償請求権の発生要件として、事故発生の(一)危険性の存在、(二)予見可能性の存在、(三)回避可能性の存在が必要であり、これらはすべて原告側の主張・立証責任に属する旨主張するが、原告側としては、本件空港の供用による危害の発生のみを主張、立証すれば足り、被告側において免責事由である不可抗力の抗弁として、危害発生の予見可能性及び回避可能性の不存在を主張、立証すべきであると解するのが相当であるので、被告の右主張は採用しない。
しかして、後に認定する本件被害発生に関する事実関係の下においては、営造物としての本件空港には設置・管理の瑕疵があり、右被害はかかる瑕疵に基づくものと認めるべきであるところ、被告は、社会的、技術的、財政的諸制約の下で、最大限度の航空機騒音の影響防止措置を実施してきた以上、原告らに被害を生ぜしめたとしても、これが回避は不可能であったというべきである旨主張するが、右の事実関係の下においては、その回避が不可能であったとは到底いうことができない。
更に、被告は、米軍管理当時の本件空港使用行為、同空港における航空機の保有・運航活動に関しては、部分的にではあっても司法裁判所がこれを違法と判断することはその権限を超えるものであるうえ、被告には危害発生について回避可能性も存在しなかったから、本件損害賠償請求の訴えは不適法であるとか、該請求は失当であるなどと主張する。
しかしながら、営造物の設置・管理の瑕疵との関連において右の判断権限が司法裁判所に属することは、民特法二条の規定に徴し明らかであるし、また、危害の回避可能性の有無は米軍についてこれをみるべきものであるところ、米軍において回避不可能であったとは認められないから、右主張はいずれも採用することができない。
第三侵害行為
一航空機騒音(飛行騒音)
1 航空機騒音の評価法
<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 人間の耳がある音刺激を受けた時に生ずる音の強さに関する感覚の強弱の程度を音の大きさというが、音の大きさは、周波数に関係しており、人間の聴覚は、三〇〇〇ないし四〇〇〇ヘルツの音に対して感度が非常に高くなっている。また、人間の聴覚は、音のエネルギーの対数に比例する性質をも有する。このような聴覚の特性を組み込んだ聴感補正回路にはA、B、C、Dの四種があるが、現在ではA特性に統一されている。計量法においては、「騒音レベルの計量単位は、ホン又はデシベルとする。ホン又はデシベルは、標準音波(一〇〇〇ヘルツの正弦音波をいう。)については、音圧実効量(大気中における圧力の瞬時値と静圧との差の二乗の一周期平均の平方根の値をいう。)が一〇万分の二ニュートン毎平方メートルである場合を〇ホン又は〇デシベルとし、一万分の二ニュートン毎平方メートルである場合を二〇ホン又は二〇デシベルとする常用対数尺度で表わされる騒音レベルをいう。」ものと定められており(同法五条四四号)、人間の聴感に近い傾向のあるA特性の聴感補正回路を有する普通騒音計(昭和五二年日本工業規格の改正により、指示騒音計から名称変更された。)により測定された単位をホン(A)又はデジベル(dB)(A)と表示するが、(A)は省略されることが多い。
なお、右のホン又はデジベルとは別に、音の大きさのレベルの単位としてフォーン(phon)があるが、ホンとフォーンとは異なるものであり、同一騒音の表示値は、フォーンの方が一〇ないし一五ほど大きい。
(二) ところが、前記「音の大きさ」の表示は、会話や音楽の音など人間がそれを享受する立場で受け入れる場合には正しい値を示すが、騒音のように余分の音、あるいはそれによって不快感をもたらすような音については適当でないことが多い。そこで、K・D・クライター(スタンフォード研究所)により、騒音そのものの感覚量を「音の大きさ」と対応させて求められたのが「音のやかましさ」であるが、この場合、「音の大きさのレベル(LLと略す。)」に対応するものが「感覚騒音レベル(PNLと略す。単位はPNdB)」であり、特異音や継続時間による補正を施したものが「実効感覚騒音レベル(EPNLと略す。単位はEPNdB)」である。
(三) 以上の騒音量は、飛行機一機ごとに求めるものであるが、実際の飛行場周辺ではある間隔をおいて何度もこのような騒音にさらされることになり、この繰返し効果(いわゆる間欠性)が心理的に無視できないところから、この点を考慮したのが「音のうるささ」であって、一般には一定期間(一日あるいは一年)当りの運航機数を補正項として取り上げている。このような形で表現される「音のうるささ」については、一九六九年のICAOにおいて、ECPNL(等価感覚騒音レベル)が国際基準として採用された。
更に、一日の時間帯別で、騒音暴露による影響に差があるという考えから、ECPNLに時間による重みづけをしたWECPNL(加重等価騒音レベル)も併せて考えられている。WECPNLの数値は、一日を日中(午前七時から午後七時まで)、夕方(午後七時から午後一〇時まで)、夜間(午後一〇時から午前七時まで)に三分割し、夕方の機数を昼の三倍、夜の機数を昼の一〇倍として算定するものとされている。
(四) そのほかに、航空機騒音の定め方には、騒音に暴露される空港周辺社会に対してアンケート方式による態度測定を実施して、それを最もよく尺度化するように、騒音レベルや回数の寄与度を数量化するものがあり、イギリスの研究NNIがこの代表的な例である。
(五) ちなみに、右の航空機騒音評価量の比較の一例を挙げると、WECPNL七〇及び七五に相当するピークレベルのパワー平均及びNNIは、本判決引用図表別表(二)のとおりである。
なお、我が国においては、昭和四八年に設定された公害対策基本法に基づく「航空機騒音に係る環境基準」及び昭和四九年三月に制定された航空機騒音防止法施行規則において、前記WECPNL値(以下「W値」という。)をもって、航空機騒音の影響度の表示方法とするものと定められている。
2 航空機騒音の特徴
<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 航空機騒音が他の一般の騒音と異なる特徴として、その音量が極めて大きいこと、高周波成分を含む金属性の音質を有すること(殊にジェット機)、発生が間欠的であり、時に衝撃的であること、発生場所が上空であるため騒音の及ぶ面積が広大であり、家屋構造による遮音が難しいこと等が挙げられるが、航空機、殊にジェット機の騒音が右のような特質を有するのは次の理由による。すなわち、ジェット機の騒音は、専らジェットエンジンを構成しているファン、コンプレッサー、タービン等の機械の回転音と、高速で噴出するジェット流の周囲の空気が混合する部分で発生する渦流音とから成るが、右の二つの騒音源のうち、前者(機械音)は出力を落し、排気速度を小さくして飛行する着陸進入時に顕著であり、後者(排気音)は出力を最大にし排気速度も大きい離陸上昇時に顕著である。
(二) 開発初期におけるいわゆるターボジェットエンジンが装着された航空機(コンベア八八〇型機など)では、ジェット流による排気音がうるささの原因となっており、現在の主力機であるターボファンエンジンが装着された航空機では、ファンによる機械音がうるささの原因となっている。機械音はおおむね八〇〇ヘルツから四〇〇〇ヘルツの比較的高い周波数の騒音を発生するが、排気音はおおむね一〇〇〇ヘルツ以下の比較的低い周波数の騒音を発生する。低い周波数の音は高い周波数の音に比べて、距離に対する減衰率が小さいので、遠くまで伝達される。
(三) なお、航空機騒音の大きさについては、右のようにエンジンの種類、出力のみならず、航空機の高度・距離・角度・速度・重量・離着陸の別、家屋の窓や障子などの遮蔽物、家屋を遮る山・林・防音壁・高層の建物の有無、風向・風速・温度・湿度・雲量・天候等の気象条件のいかんによって著しい相違があるため、後記騒音基準適合証明制度においては、一定の測定条件下で騒音測定をなすべきものとされている。
3 機種別航空機騒音
<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 昭和五〇年七月、航空法の一部改正により、騒音基準適合証明制度が採用されたが、その際の資料によれば、各種航空機の騒音は、本判決引用図表別表(三)及び(四)のとおりとされている。
右別表(三)によれば、騒音基準適合機(被告のいう低騒音型機)であるボーイング七四七―二〇〇Bについては、離陸騒音、側方騒音、進入騒音の順にみると、約一〇八、一〇二、一〇七(単位はEPNdB、以下同じ。)ボーイング七四七SR―一〇〇については、約一〇二、九九、一〇七、マクドネルダグラスDC一〇―四〇については、約九七、九四、一〇六、ロッキードL一〇一一―三八五―一については、約九七、九三、一〇三、マクドネルダグラスDC九―四一については、約九一、九八、九九、マクドネルダグラスDC九―八一については、約九一、九一、九三、エアバスA三〇〇二Kについては、約八九、九七、一〇二、ボーイング七六七―二〇〇については、約八五、九七、一〇二となっており、騒音基準不適合機(被告のいう在来型機)であるマクドネルダグラスDC八―六一については、約一一六、一〇六、一一七であり、ボーイング七〇七―三二〇Cについては、約一一三、一〇九、一二〇となっている。
また、右別表(四)によれば、騒音基準に適合するように改造された機種であるボーイング七二七―二〇〇については、改造前において、離陸騒音、進入騒音の順に、約一〇二、一〇九であったものが、改造後において、約九八、一〇三となり、ボーイング七三七―二〇〇については、改造前において約九三、一一二であったものが、改造後において約九三、一〇四となっている。
(二) 右各機種別の騒音コンターの広がりの比較は、被告準備書面引用図表第5図のとおりであり、また、各機種の八〇dB(A)コンター面積の比較は、同図表第6図のとおりである。右各図によれば、騒音基準適合機は、同不適合機に比し、騒音の影響の及ぶ範囲が相当狭くなっていることが明らかである。
(三) 本件空港周辺において、機種別に騒音測定をした結果は、被告準備書面引用図表第15表のとおりであり、同表によれば、筥松小学校では、低騒音型機の平均値は、離陸時83.6、着陸時93.9(単位はdB(A)、以下同じ。)であり、在来型機(騒音基準不適合機)の平均値は、離陸時93.3、なお着陸時104.1となっている。
なお、米軍ジェット戦闘機の騒音は、福岡市の資料によれば、F―八六が一一〇(単位はフォーン、以下同じ。)、F―一〇〇が一二二、F―一〇二が一二七とされている(右騒音値がどれほど正確なものであるか検討する資料はないが、一般に軍用機が民間航空機に比し、高い騒音を発することは容易に推認できるところである。)。
4 時期別飛行状況と飛行騒音
本件空港における飛行状況と飛行騒音を、便宜、昭和二六年一月一日から本件空港が米軍の予備基地化された同三九年五月まで(第一期)、同年六月から本件空港が我が国に返還される同四七年三月三一日まで(第二期)、返還された同年四月一日以降(第三期)とに分けて考察する。
(第一期)
<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) この時期における航空機騒音の主体をなすのは米軍機の騒音であるところ、本件空港は、昭和二五年に勃発した朝鮮動乱では米軍の第一線基地となり、同二六年四月からジェット機の使用が始まり、同二七年二月にF―八六ジェット戦闘機、同三一年一一月にF―一〇〇スーパーセーバージェット戦闘機、同三四年一二月にF―一〇二ジェット戦闘機、同三八年六月にF―一〇五サンダーチーフジェット戦闘爆撃機が順次配置された。福岡市の調査によれば、昭和二七年二月以降、右各ジェット戦闘機等のほか、米軍輸送機も常時配置されており、その機種の構成比(パーセント)の変遷については、昭和三〇年にF―八六が七四、プロペラ機が二六、同三一年にF―一〇〇が二四、F―八六が六四、プロペラ機が一二、同三二年にF―一〇〇が六四、F―八六が二八、プロペラ機が八、同三三年にF―一〇二が二二、F―一〇〇が六二、F―八六が七、プロペラ機が九、同三四、三五年にF―一〇二が五三、F―一〇〇が四〇、プロペラ機が七であり、飛行頻度は、最も多いときで、学校の一時限の授業中に七〇フォーン以上が一〇〇回以上、そのうち一〇〇フォーン以上は約半数にのぼったとされている。
(二) 福岡市教育委員会が昭和三五年二月一日から同年三月二一日にかけて本件空港周辺の小、中学校において航空機騒音の測定調査をした結果は、原告ら準備書面引用表(本判決別冊3)別表(二)のとおりとなっており、これによれば、筥松小学校においては、騒音量は、最高一二二、平均一〇三(単位は不明)であり、飛行頻度は、一日平均八九回、一時間平均一一回であり、継続時間は、一日平均三七分、一時間平均4.6分であるとされている。
以上により、この時期における航空機騒音の状況を通覧すれば、昭和二五年に勃発し、同二八年に休戦協定が成立した朝鮮動乱当時における航空機騒音は、誠にすさまじいものがあり、その後もジェット戦闘機の配置、増強が相次ぎ、これに伴って激甚な騒音を発生させていたものであるが、昭和三九年五月、本件空港の予備基地化により、米軍機による航空機騒音は次第に鎮静に向かったと認められる。
(第二期)
<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 昭和三九年五月、本件空港が米軍の予備基地化され、F―一〇五ジェット戦闘爆撃機等が横田基地に移駐した後においても、練習機、輸送機がなおしばらくの間配置されており、またプエブロ号事件が発生した昭和四三年一月には、RF四Cファントム偵察機、EB六六電子偵察機が配置された。
(二) 他方、昭和二六年一〇月に日本航空の東京―大阪―福岡を結ぶ定期航空路線が開設されて以来、全日航、東亜国内航空等の民間航空会社も本件空港を使用するようになり、また、国際線として、昭和三一年九月に福岡―沖縄線が開設され、同四〇年九月の大韓航空(福岡―釜山線)、キャセイ・パシフィック航空(福岡―香港線)の乗入れなどもあり、本件空港は、民間空港として発展の一途を辿ってきた。そのため、民間航空機による騒音が米軍機以上に社会問題化するに至った。
(三) 本件空港における昭和三三年以降の民間航空機の離着陸回数は、本判決引用図表別表(一)のとおりであり、昭和三三年には五〇八四回であったものが、その後着実に伸び、同四六年には五万六六九〇回と、約一一倍に達している。
また、本件空港に乗り入れた民間航空機の機種の変遷についてみると、昭和三〇年代前半には、マーチン二〇二、DC三、DC四、ヘロンダブ等ガソリンエンジンのプロペラ機が就航していたが、その後バイカウント、YS一一等ターボプロップ機が主体となり、やがて昭和三〇年代後半になると、DC八、ボーイング七〇七、同七二七、同七三七、DC九等のジェット機が導入されるようになった。
昭和四六年一一月における本件空港の国内及び国際定期航空路線網図は、本判決引用図表別紙図面(一)のとおりであり、国内線が一日一二八便、国際線が一週四六便であり、機種としては、DC―八、B―七二七、B―七三七等のジェット機及びYS一一等のプロペラ機が多数使用されていた。
(四) 九州大学が昭和四三年八月一七日から同月三〇日にかけて行った航空機騒音の測定調査結果は、本判決引用図表別表(五)ないし(七)のとおりであり、右別表(五)によれば、民間航空機においても、最大音圧レベル九〇ないし一〇〇デシベルの一日当り騒音頻度は11.6回であり、米軍機になると、最大音圧レベル九〇ないし一〇〇デシベルの一日当り騒音頻度は12.4回、同一〇〇デシベル以上の右頻度も6.3回に及んでいる。別表(六)によれば、最大音圧レベル七〇デシベル以上の航空機の飛来頻度については、民間航空機は、一時間平均6.5回、一日合計71.7回、米軍機は、一時間平均3.4回、一日合計37.5回となっている。また、別表(七)によれば、七〇デシベル以上の爆音継続時間については、民間航空機は、一時間平均1.4分、一日合計29.3分、米軍機は、一時間平均1.4回、一日合計15.3回となっている。
以上により、この時期における航空機騒音の状況を通覧すれば、米軍機による騒音は、昭和四三年八月頃にはいまだ相当激しいものがあったが、同四四年五月には殆どなくなるに至り、これに替って、民間航空機による騒音は、昭和三〇年代後半にジェット機が就航して以来、次第に激しさを増し、昭和四三年八月頃には米軍機と変わらないほどの騒音を発生させており、その後もこれが激化し、昭和四六年頃には、その騒音は誠にすさまじいものとなったと認められる。
(第三期)
<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 離着陸の際の飛行経路
通常、航空機は風上に向かって離着陸するので、本件空港において、航空機が北側(博多湾側)から着陸し、南側(大野城市側)に向けて離陸する割合は、年間六ないし七割であり、逆に南側から離陸し、北側に向けて離陸する割合は、年間三ないし四割であり、後者のように離着陸するのは冬期に多い。
そして、航空機が北側から着陸する場合の飛行経路は、航空管制部(雁の巣基地)を通って博多湾を横切り、多々良川河口付近を通り九州大学、箱崎地区上空を通過し、筥松小学校の真上を通り、社領一丁目、二丁目から吉塚七丁目、八丁目、二又瀬交差点、大井町を通り、本件空港滑走路に着陸する。右着陸の際、滑走路端から北西に約四キロメートルの九州大学上空で航空機の高度は約一八〇メートルであり、滑走路端2.5キロメートルの筥松小学校地点で高度約一四〇メートルである。
また、本件空港から南側に向けて離陸する場合は、国道三号線と三号線バイパスの間を通過し、大野北小学校、大野城市の上空を通って上昇する。
これとは逆に、南側から着陸する場合は、雁の巣、博多湾、県庁、吉塚から大濠公園にまたがる福岡都心部を通って旋回し、大野城市の大野北小学校上空を通って着陸する。
また、本件空港から北側に向けて離陸する場合は、社領、筥松小学校、九州大学上空を通り、多々良川、博多湾上空を旋回して上昇する。
(二) 離発着回数
昭和四七年以降の本件空港における民間航空機の離発着回数は、本判決引用図表別表(一)のとおりであり、これによれば、昭和四七年の年間離発着回数は、五万七四二二回であり、その後漸増の傾向にあったが、昭和五〇年四月の山陽新幹線博多駅乗入れに伴い、昭和五〇年には前年度より約一割程度減少した。翌五一年からはまた増加傾向となり、その後の国際線専用ターミナル開設等に伴い国際線が増加し、昭和六一年には、これまでで最も多い七万五五〇八回という年間離発着数を示し、昭和四七年に比べると約三一パーセントの増加となっている。
また本件空港における一日の離発着回数は、前記別表(一)一日平均欄記載のとおりであり、昭和四七年当時一五七回だったものが、同六一年には二〇七回と増加している。更に一日の時間帯ごとの離発着回数は、昭和六〇年八月のダイヤによれば、原告ら準備書面引用図表別表(四)のとおりである。同表によれば、最多離発着時間帯は午前一〇時から午前一一時までの一九回であり、この間3.15分に一回の割合で離発着していることになる。次いで午後六時から午後七時までの一七回、そして午後三時から午後四時まで、及び午後四時から午後五時までの各一六回となっている。したがって、同表によれば、日中(七時から一九時まで)は4.61分に一回、夜間(一九時から二二時一〇分まで)は約九分に一回の割合で離発着を繰り返していることになる。
なお、本件空港における最終便は、昭和五一年三月には、午後一〇時を過ぎる到着便があったが、同五九年以降は、夏季の一時期を除き、午後九時台に到着便が四便程度存するのみ(昭和六〇年一〇月時点において機種としてDC―一〇、L―一〇一一、B―七四七を使用)となっており、その後、翌日午前七時まで定期便の運航はない。
(三) 機種の変遷
この時期に本件空港に乗り入れたジェット機の機種をみると、当初は、前期に引き継ぎ、DC―八(二三四席)、ボーイング七〇七(二三四席)、同七二七(一七八席)、同七三七(一二六席)、DC―九(一二八席)等が使用されていた。
しかし、昭和五〇年七月に騒音基準適合証明制度が採用されたことにより、本件空港にも右基準に適合する航空機が逐時導入され、やがて多数を占めるようになった。右導入状況は、被告準備書面引用図表第11表のとおりであり、これによれば、昭和四九年よりボーイング七四七SR(五三〇席)、ロッキードL一〇一一(三二六席)が国内線に就航したのを始めとして、同五〇年五月にL一〇一一が、同年一〇月にA三〇〇(二八一席)がそれぞれ国際線に、同五一年七月にDC―一〇(二七三ないし三七〇席)が国内線に、同五六年三月にA三〇〇が国内線に、同五七年六月にDC九―八一(一六三席)が国内線に、同五八年八月にボーイング七六七(二七〇席)が国際線に、同五九年五月に同機が国内線に、同六〇年一〇月にボーイング七四七が国際線に、各就航した。また従来より使用されていたボーイング七二七、同七三七についても、昭和五〇年より改修に着手され、同五二年九月には、右改修が完了した。
そして、昭和五八年六月における本件空港に就航している航空機の機種構成は、本判決引用図表別表(八)のとおりであり、同六一年一一月におけるそれは、同別表(九)のとおりであり、同六二年七月におけるそれは、被告準備書面引用図表第20表のとおりである。右各表によれば、改造機種も含めた騒音基準適合機の占める割合は、昭和五八年六月において既に相当高くなっており、同六一年一一月においては、殆ど右基準適合機によって占められるに至ったといい得る。
(四) 路線別定期便数及び定期航空路線網
この時期における本件空港の路線別定期便数の推移については、以下のとおりである。すなわち、昭和五二年七月における路線別定期便数は本判決引用図表別表(一〇)の、同五七年八月一日におけるそれは同別表(一一)の、同六一年四月におけるそれは同別表(一二)の、同六二年四月におけるそれは同別表(一三)の、同年一〇月におけるそれは、被告準備書面引用図表第4表のとおりとなっている。
また、昭和五二年七月における定期航空路線網図は本判決引用図表別表(二)の、同六二年一〇月におけるそれは、被告準備書面引用図表第4図のとおりとなっている。前記別表(一〇)及び別紙図面(二)によれば、昭和五二年七月においては、DC―八、B―七〇七の騒音基準不適合機及び改修完了に至っていないB―七二七、同七三七等の航空機がなお相当数離着陸していたものと推認される。
(五) 運航方法
本件空港においては、騒音軽減運航方法として、離陸時における急上昇方式、カットバック方式及び優先飛行経路方式、着陸時におけるロウ・フラップ・アングル方式及びディレイド・フラップ方式が実施されており、おおむね昭和五二年頃から騒音被害軽減効果が現れ始めている。その詳細については後に説明する(後記第五、三、2)。
(六) 米軍機及び自衛隊機等について
本件空港には、米軍、航空自衛隊、海上保安庁、福岡県警及び福岡市消防隊が基地を設置しているところ、これらに属する航空機の離着陸回数は、民間航空機に比べ、はるかに少なく、米軍機の飛行回数は一週間に一回程度、自衛隊のそれは一週間に一〇回程度である。ちなみに、当裁判所が実施した検証の結果によれば、米軍機及び自衛隊機等の飛行回数は、第一回検証(昭和六〇年六月三日)の際には合計七回であり、第二回検証(同年六月一七日)の際には同二回であった。そして、そのうち、米軍及び自衛隊に属する軍用ジェット機(機種は、T―三三及びC―一である。)の騒音は、最低77.5から最高92.0ホンであるが、民間航空機に比して特に高いものとはいえない。なお、米軍機及び自衛隊機以外の航空機は、いずれも小型プロペラ機であり、その騒音はそれ程問題とならない。
(七) 騒音測定調査結果
(1) 九州大学工学部建築学教室は、昭和四七年五月一五日から同月一七日にかけて、春日原地区では航空自衛隊春日基地(三階建)屋上、箱崎地区では九州大学工学部建築学教室旧館(四階建)屋上の二個所で、一日当り(午前八時三〇分から午後五時三〇分までの九時間)の航空機騒音の測定を実施したが、その結果は、原告ら準備書面引用表別表(六)のとおりである。同表によれば、九州大学においては三日間の一日(九時間)当りの平均飛行回数は五〇回、ピークレベルの中央値の平均は94.3ホン、六〇ホン以上の航空機騒音の継続時間は33.9分、七〇ホン以上の継続時間は一八分となっている。
(2) 運輸省航空局は、騒音コンター(等音圧線)作成の資料を得る目的で、昭和四九年八月二〇日から同月三一日にかけて、本件空港周辺九か所の騒音実態調査を実施したが、その結果は、原告ら準備書面引用表別表(七)のとおりである。同表によれば、本件空港北側の離着陸コースの直下に位置する1点の筥崎海岸は、北側滑走路端から約六キロメートル離れているが、最大103.0、平均91.8、W値82.0となっており、また2点の筥松小学校では、最大107.5、平均98.1、W値91.2となっている。
空港東側の4、5、7地点のうち、最も騒音量が高いものは5点の上月隈であり、最大104.7、平均94.5でW値は84.1となっている。
空港西側の9点の上牟田二丁目は、空港ターミナルビルや駐車場等をはさみ、滑走路のいわば真横に位置しており、最大86.5、平均76.8で、W値は67.3となっている。
本件空港南側に位置するのは6点と8点であるが、博多区井相田の6の地点は、最大105.3、平均94.0、W値では83.7となっており、また大野城市田屋の8の地点では最大106.4、平均93.8で、W値では85.5となっている。
(3) 財団法人航空公害防止協会は、昭和五七年一一月二五日から同年一二月二日にかけ、本件空港周辺住民の個人別騒音暴露量及びこれに対する航空機騒音の寄与率を明らかにする目的で、航空機騒音の測定調査を行っており、同調査において、調査対象者二四名の住宅家屋外における離着陸機の機種別ピーク騒音レベルのパワー平均値及びこれを居住地のW値で分けられる四群ごとにまとめたものは、本判決引用図表別表(一四)の一のとおりである。なお、調査対象者の居住地域図は同別表(一四)の二のとおりである。右各表によれば、着陸機のパワー平均値を全機種についてみると、W値九〇以上の地域では84.2(単位はdB(A)、以下同じ。)、W値八〇ないし九〇の地域では89.3、W値七五ないし八〇の地域では79.3、W値七〇ないし七五の地域では67.7となっており、離陸機のそれについてみると、W値九〇以上の地域では86.3、W値八〇ないし九〇の地域では82.5、W値七五ないし八〇の地域では81.3、W値七〇ないし七五の地域では79.3となっている。
(4) 当裁判所が昭和六〇年六月三日(第一回)及び同月一七日(第二回)に実施した検証に際し、屋外において航空機騒音の測定を行った結果は、本判決引用図表別表(一五)(第一回)及び別表(一六)(第二回)のとおりである。右各表によれば、第一回検証の際には、番号4(東吉塚小学校)を除く、第二回検証の際には、番号1(見上後公園付近、死亡原告江藤徹宅)、同2(アパート藤荘、原告尾谷信行宅)、同8(吉塚六丁目一二―一六、原告嘉村英樹宅)、同9(東吉塚会館)を除く、各測定場所において、航空機飛来時に、通常の会話が困難であるか又は不可能となるほどの騒音があった。
また、右検証時屋内における騒音測定の結果は、本判決引用図表別表(一七)(第一回)及び別表(一八)(第二回)のとおりである。右各表によれば、第一回検証の際には、番号1(筥松小学校)、同2(原告森栄介宅)、同4(原告宮本重夫宅)、第二回検証の際には、同1(死亡原告江藤徹宅)、同4(原告佐々木秀隆宅)の各測定場所において、航空機飛来時に、窓を閉じた状態では通常の会話にさほど支障がないが、窓を開いた状態では、支障をきたす程度の騒音があった。
(八) 騒音コンター
前記(七)(2)の騒音実態調査に基づき、運輸省航空局が作成した昭和五〇年の本件空港周辺の騒音コンター図は、本判決引用図表別紙図面(三)のとおりである。同図面によれば、本件空港周辺で航空機騒音の影響を受ける地域は、滑走路延長線に沿って南北に細長く延びる形となっており、北側は博多湾に、南側は大野城市水城地区にまで至るが、滑走路延長線の東側及び西側の地域では、その影響の及ぶ範囲が狭い。
ところで、前記(三)の低騒音機種の使用及び(五)の運航方法の改良の結果、本件空港周辺地域における騒音コンターは、被告準備書面引用図表第12図のとおり昭和四八年コンターと比較して昭和五八年コンターはかなり縮小しており、更に、同図表第13図のとおり、昭和六一年コンターは昭和五八年コンターに比してより縮小している。そして、昭和四八年当時と比較すると、昭和六一年においてはW値で約四ないし七低下しており、昭和四八年のW値八五のコンターは昭和六一年にはおおむねW値八〇のコンターまで低下している。
また、我が国の各空港における昭和四八年一二月と昭和五八年一二月におけるW値七五以上の騒音影響地域(海域、空港用地等を除く。)の面積を比較すると、右図表第14図のとおりであるが、これによれば、本件空港の縮小率は、約七〇パーセントとなっている。
以上により、この時期における航空機騒音の状況を通覧すれば、昭和四七年頃、本件空港周辺は、前期に引き続き誠に激しい航空機騒音に暴露されており、その後離発着回数の増加もあり、右騒音は、なおその激しさを増し、昭和五三、四年頃にこれが頂点に達したといえるが、右時点以降、ようやく機材改良等の音源対策が奏功し始め、昭和五八年頃には、右騒音は相当軽減されるに至り、その後もやや軽減される傾向にあると認められる。
二地上騒音
<証拠>を総合すれば、航空機が試運転、調整作業時に発するエンジン音や、着陸時の逆噴射音、離陸前、着陸後の誘導音(移動音)等地上騒音については、米軍管理時代における米軍機について相当高いレベルのものであったと推認されるが、現在においては、本件空港周辺の殆どの住民に対し、格別の影響を及ぼすことはないと認められる。
三航空機の墜落等の危険
<証拠>によれば、昭和二〇年一〇月から同四六年一月一日まで、本件空港周辺において、米軍機の墜落等の事故が合計一一四件発生し、死亡者二〇名、負傷者一三名の人身被害を及ぼしており、墜落等の事故発生の危険性が少なくなかったけれども、民間航空機については、航空機の進歩及び航空保安施設の発達により、その安全性は極めて高いものとされ、本件空港においては、昭和四七年四月一日の返還以降航空機事故は発生していないことが認められる。したがって、現在では、墜落等の事故発生の危険性については、必ずしも現実味のあるものではなくなったといわなければならない。
四排気ガス、振動
1 排気ガス
<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 航空機排気ガス中に含まれる汚染物質としては、一酸化炭素、窒素酸化物、一酸化窒素、二酸化窒素、炭化水素が主要なものである。
一酸化炭素は不完全燃焼産物でありアイドリング時などエンジン出力の弱い時に増加し、エンジン出力が上がり、高熱下完全燃焼に近づくほど排出が少なくなる。炭化水素は、殆どアイドリング時の汚染物質であり、広義には不完全燃焼産物であるが、実際上は燃焼もれ成分といわれ、エンジン出力が上がり、温度も上がり、空気量も増えると当然減少してくる。窒素酸化物は、離陸、上昇、着陸時の汚染物質であって、高温燃焼時に温度に比例して急速に発生量が増加する。
航空機一機当りの排気ガス中の汚染物質は、自動車排気ガスに比較すれば、濃度は低いが、排出量が非常に多いため、総排出量はかなりの量に達する。
(二) 航空公害防止協会は、東京国際空港(羽田空港)において、昭和四七年一〇月一四日から同月一六日の三日間、大阪国際空港において、同四五年一二月五日から同月七日、同四六年四月一七日から同月一九日、同年八月二八日から同月三〇日、同四七年六月二四日から同月二六日の四回にわたり、大気汚染の調査を行ったが、その結果は、次のとおりである。
(1) 大阪空港の一酸化炭素の四回の平均値は、空港内0.7PPM、周辺0.7PPM、東京空港の平均値は、空港内3.2PPM、周辺2.7PPMで、両空港とも空港内外における濃度差にはさしたる差はなく、濃度は全般的に低いものであった。濃度の時間的な傾向としては、航空機の飛ばない早朝の濃度が日中より高い場合もあり、また日中の濃度は航空機の増減と必ずしも対応していない。したがって、航空機による影響はあまりないと考えられる。
(2) 大阪空港の全炭化水素濃度(メタンとして)は、空港内2.7PPM、周辺2.8PPMで差は殆どない。メタンは大気中に約1.5PPM(バックグランド濃度)含まれているので、測定値とバックグランド濃度の差、約1.3PPMは発生源(航空機、自動車、工場など)からの影響と考えられる。全炭化水素は東京及び大阪の大気中には通常三PPM前後は含まれているので、測定値は特に問題にすることはないと考えられる。
(3) 大阪空港における窒素酸化物の濃度は、一酸化窒素については、空港0.014PPM、周辺0.016PPM、二酸化窒素は空港内外とも0.016PPMを示し、空港内外の濃度差は殆どなく、濃度は全般的にそれ程高くはない。東京空港における濃度は、一酸化窒素については、空港内0.03PPM、周辺0.027PPM、二酸化窒素は空港内0.04PPM、周辺0.043PPMであり、空港内外の濃度差には差はあまりないが、濃度は全般的に高い。国際線到着フィンガー22の測定点は、場所的に航空機排気ガスの影響を受けるので、高濃度になることは予想できるが、これと同程度の濃度が空港から離れた羽田小学校において出現していることは注目すべきものである。このことは、窒素酸化物汚染は航空機排気ガスよりも他の発生源(工場や自動車)からの影響が大きく寄与していることを示すものと考えられる。
(4) 東京空港の二酸化硫黄の平均値は0.02PPMであり、濃度は陸側からの風のときに高くなることからみて、発生源は空港周辺の工場群であると考えられる。
(三) 環境庁等が汚染物質排出量の面から航空機排気ガスの汚染発生源としての位置を知るため東京国際空港について行った調査によると、東京湾地域における汚染物質発生源別排出総量に占める同空港に発着する航空機排出汚染物質総量の割合は、昭和四八年一一月の時点で、一酸化炭素で0.3パーセント、炭化水素で0.5パーセント、窒素酸化物で0.17パーセントであった。
また、環境庁や東京都は空港全体を大気汚染の発生源として眺める立場から、昭和四七年の秋期、五日ないし七日にわたって、空港内を中心に大気汚染の観察を行ったが、その結果は、次のとおりである。
(1) 航空機の放出する一酸化炭素の九〇パーセント近くがアイドリング時に発生しており、空港内汚染が最も激しい場所であるにも拘らず、大阪国際空港の滑走路中央のデータは平均2.3PPM程度で、この濃度は大都市の真中居住環境の濃度とはほぼ等しいが、このうち、一ないし1.5PPMは航空機が加算しているとみられないことはない。空港境界線の滑走路の北端と南端の測定点では、発生源データは観察できず、一PPM程度の基盤指数程度に下がっている。
(2) 航空機から排出される炭化水素の九八パーセントまでは地上走行時におけるものである。したがって、その影響があるとすれば、空港内での測定データに如実に現れなければならない。大阪国際空港滑走路中央は1.16PPM、南端1.5PPM、北端0.8PPMと、一応、濃度的には低い。大阪国際空港における測定点のデータは夜、日中とも航空機の発着のいかんに拘らず、濃度変動がせいぜい一PPM程度の範囲しかないことや、発着数の減った夜七時頃に南部工業地帯の方向から吹いてくる南西の風の時に二測定点とも高まっている時間帯があることなど、汚染的見地でのデータは航空機影響をうんぬんし得るような形では得られていない。
(3) 窒素酸化物は、エミッションファクターとしては一酸化炭素や炭化水素に比べて0.17パーセントと最も低く、発生量も一酸化炭素の三分の一程度である。また、その発生総量の七〇パーセント強が地上五〇ないし一〇〇メートル以上の空港外発生である。大阪国際空港における三地点の五日間の時間別平均値と航空機時間帯との対比をしてみると、夜間、窒素酸化物濃度が高まる一般的傾向は大阪国際空港境界線である南端、北端のデータにみられた。また、昼間、一酸化窒素に比べ二酸化窒素が高めに出ており、航空機排気ガス中の一酸化窒素排出を直接的に受ける滑走路中央の測定点と同じような傾向のあることは、空港空気の基盤窒素酸化物濃度に対し、航空機排出の窒素酸化物がデータ的に影響し得ない範囲という見方をするほかない。
二酸化硫黄は航空機汚染と関係ない成分で、他からの汚染と考えてよい。
以上の測定調査結果から、環境庁は、航空機の主要汚染物質と空港での寄与度との関係を明確にし得るだけのデータは得られなかったとし、その理由として、両空港とも汚染地区の中かこれに隣接しており、時間値或いは日平均値では変動幅の中に吸引され、汚染寄与度を明らかにし難いこと、航空機の離着陸は、混んでいるとはいえ一滑走路一機であり、且つ時間的間隔があって、自動車のように何百台という平行走行や渋滞がないこと、航空機排気ガスは大容量噴気でPPM的には薄く、拡散率も高く、局所濃厚汚染現象を示し難いこと、空港面積が広く、また立体的発進入であり、自動車道路と比べても拡散率が極めて高いことを要因として挙げている。しかし、航空機の大型化により、汚染物質の排出量も大きくなり、今回得たような空港内影響度の僅少結果は、様相を異にする可能性もあるとしている。
(四) 本件空港については、以上のような調査が行われたことを認めるに足りる証拠はないが、本件空港よりはるかに難着陸機数の多い東京及び大阪各国際空港においてすら、以上のように、航空機排気ガスによる大気汚染の事実を認めるに足りないのであるから、本件空港においても、右汚染の事実を認めることは困難である。
2 振動
(一) 昭和四四年三月に財団法人航空振興財団が大阪府立大学工学部災害科学研究所に委託して行った「航空機騒音による振動が建造物に及ぼす影響に関する調査研究報告」(<証拠>)によれば、同大学教授中川憲治は、昭和四三年一一月一日から同四四年二月一五日に大阪国際空港を離発着する航空機騒音と同空港周辺の家屋各部及び地面の振動加速度の測定を行い、次のような結果を得たことが認められる。
(1) 航空機の通過によって、地面と家屋は共に振動するが、振動加速度は垂直方向のものが水平方向より大きいし、振動の周波数は非常に高く、且つ、広帯域であることから、航空機騒音が地上に達した時の音圧が直接励振力として働き、地面と家屋全体が殆ど一体となって垂直に振動しているものと推測される。
振度の加速度は航空機の近接とともに増加し、頭上を通過して数秒後に最大値に達し、後、減衰する。
(2) 測定した機種のうち、騒音レベル、振動加速度の最大値を示したものは、四発ジェット機コンベア八八〇であって、その値は、騒音レベル一一〇dB、地面の垂直加速度一八〇ガル、建築物の垂直加速度一〇〇ガルに達する。これに次ぐものは、三発ジェット機ボーイング七二七である。一般に、不快を感ずる程度に振動が大きくなるのは、ジェット機に限られ、ターボプロップ機(YS―一一)やプロペラ機の場合は殆ど問題にならない。
(3) 振動加速度の対数値(dB)はほぼ騒音レベルに比例する。
(二) 右報告書に現れた科学的知見によれば、本件空港周辺においても、航空機騒音により、家屋が振動し、屋根瓦のずれ、建付けの狂い等の被害をもたらすことはあり得ないことではないと考えられる。
第四被害
一はじめに
1 原告らは、本件損害賠償請求は、航空機騒音を原因として日常生じている原告らの各般の被害に基づき、原告らが総体として被っている精神的損害を慰謝するに足りる金員(慰謝料)を請求するものであると主張する。
そしてまた、本件航空機騒音により各原告が被る損害は現象としては様々であるが、航空機騒音は日常的に原告らの頭上から襲いかかるのであるから、いわば原告らの日常生活全般にわたってこれを妨害し、また精神的、心理的あるいは情緒的な被害や健康に対する被害を与えているのであり、原告らが請求しているのはこれら原告が日常的に被っている各般の損害についての総体としての慰謝料なのであって、本件では各原告について一律の請求を行っているが、これは原告らが共通して少なくとも請求に係る金額相当の損害を被っているので、その限度で請求する趣旨であると主張する。
しかして、右主張は、原告らはそれぞれ様々な被害を受けているけれども、本件においては各自が受けた具体的被害の全部について賠償を求めているのではなく、これらの被害の中には本件航空機の騒音等によって原告ら全員が最小限度この程度までは等しく被っていると認められるものがあり、このような被害を原告らに共通する損害として、各自につきその限度で慰謝料という形でその賠償を求める趣旨であると理解される。
もとより、原告らの身体に対する侵害、睡眠妨害、平穏な日常生活の営みに対する妨害等の被害は、原告ら各自につきその内容及び程度を異にし得るものであるが、その中には、全員について同一に存在が認められるものや、また、例えば生活妨害の場合についていえば、その具体的内容において若干の差異はあっても、静穏な日常生活の享受が妨げられるという点においては同様であって、これに伴う精神的苦痛の性質及び程度において差異がないと認められるものも存在し得るのであり、このような観点から同一と認められる性質・程度の被害を原告全員に共通する損害としてとらえて、各自につき一律にその賠償を求めることも許されないではないというべきである。
そこで、以下本件被害の発生と内容を検討することとするが、当裁判所としては、本件損害賠償請求に関する右の理解からして、原告らの主張する被害事実については、本件空港に離着陸する航空機の騒音等の性質、内容、程度に照らし、周辺住民としてこれに暴露される原告ら各自が等しく少なくともその程度までは被っているものと考えられる被害がいかなるものであるかを把握するという見地から、被害及び因果関係の有無を認定判断すれば足りると考えられる。
2 そこで、原告らの被害を具体的に検討するに先立ち、本件侵害行為のなかで中心をなすと考えられる騒音による被害の一般的特色についてみるに、<証拠>によれば、以下の事実が認められる。
(一) 騒音は、耳から入って感音器を刺激し、聴神経を通って大脳皮質の聴覚域に達する。この場合、音が強烈であれば、内耳を冒して難聴を起こす。聴覚域では、音の信号について音質、大きさ等の判断作用をなすが、このとき騒音が大きければやかましいと感ずる感覚を発生させ、また聞きたい音と共に騒音が大脳に到達すれば、聴覚域又は聴覚連合領の位置で聴取妨害が起こる。これらが、騒音に特異的な直接的影響であり、音の大きさとの間に高い相関関係がある。
一方、聴覚刺激は、他の感覚刺激と同様に脳幹網様体促進系を経て、大脳皮質全体に非特異的な刺激を送るが、騒音があるレベル以上になれば、精神的妨害、日常生活の妨害を発生させる。すなわち、精神的作業能率の低下が起こり、勉強、読書、思考、仕事が妨げられる。この精神的作業能率の低下については、騒音の大きさのみでなく、高さ(周波数)、断続性、突発性などとの関係が研究されている。また、非特異的な影響として、視床下部―旧古皮質系に影響を与えて情緒妨害を発生させる。すなわち、「いらいらする」「怒りっぽくなる」などの情緒的影響を起こす。その際、中枢神経内のフィードバック回路は、これらの影響を抑制するように働くが、睡眠中にはこの抑制機構の働きが弱いので、低い騒音レベルでも妨害が起こると考えられる。また、中枢神経系への影響がある程度以上になると、視床下部―自律神経を経て交感神経系緊張状態が起こり、また視床下部神経分泌―下垂体―副腎・生殖腺の経路を経て内分泌系への影響が起こる。「頭痛がする」「胸がどきどきする」「胃腸の具合が悪い」などの身体的影響が訴えられることがあるのはこのためである。しかし、その割合は、他の影響に比べると常に低い。また実験的に、脈拍、呼吸数の増加、末梢血管の収縮、唾液・胃液の減少、胃運動の減退、副腎髄質・皮質ホルモンの分泌増加、性ホルモン分泌のアンバランスなどが証明されている。もっとも、これらの変化は、かなり大きな騒音でなければ現れないが、副腎皮質ホルモン分泌の増加や血球成分の変化は五五ホン位から出現する。これらは、騒音による精神的ストレスの非特異的な二次的反応として説明できるものである。
(二) ところで、右の騒音の影響は、種々の条件によって修飾されるものである。先ず騒音側の条件として、騒音の大きさ、高さ、持続時間、繰返し回数、衝撃性、突発性、これらの物理的性質の変動等が考えられる。例えば、騒音が大きいほど影響が大きく、低い音より高い音の方が妨害が強い。また、持続時間や繰返し回数が多いほど妨害が強いとされる。しかし、その余の因子についてはいまだデータに乏しい。次に人間側の条件として、性別、年齢、労働の種類、就眠・覚醒の別、身体及び健康状態、性格等が考えられる。例えば、男子より女子の方が、また、中年者より若年者の方が騒音に敏感である。肉体的労働よりも精神労働の方が影響を受けやすく、覚醒時より就眠時の方が低レベルでも影響を受ける。朝方よりも就眠時の方が妨げとなる。更に、騒音と人間との間の条件として、発生源と受音者との距離、建物の配置、家屋構造等の物理的条件のほか、人間の騒音に対する馴れ・経験、騒音発生源に対する利害等の社会的関係等の因子がある。例えば、同じ音でも自分が発する音は気にならず、自分又は家族が関係する工場の音に対しては他の人よりも寛容である。
なお、騒音に対する馴れについては、騒音の場合は、これが起こりやすいとされる。しかしながら、馴れ(順応、適応)は、環境の無用の刺激(ストレス)に対するすぐれた防禦機能であるが、これが成立するためには、下垂体、副腎などのホルモン分泌が高まり、場合によっては副腎の肥大がみられるなど、心身の負担を免れず、馴れの完成までには、時間がかかるうえ、適応には性、年齢など人間側の条件によって差があり、適応できる範囲にも限度がある。騒音が適応限度以上に大きかったり、個人の適応力が弱ければ、様々な心身の症状が現れることとなる。前記精神的・心理的被害、身体的影響は、この適応の失敗ともいえるものである。
(三) 以上のとおり、騒音被害の特質が精神的心理的なものにある以上、その主観的な受けとめ方を抜きにしては、これを正確に認識、把握することは困難であるから、被害者の陳述書、アンケート調査等の証拠価値を軽視するのは相当でない。アンケート調査に関しては、対象となる標本の抽出方法や質問方法等が適切であるか否かについて十分な検討を加え、その証拠価値を判断すべきことは当然であるが、実態調査による大量観察は、その統計的処理と相まって、実験室内での限定された条件下における研究結果の不足を補い、広範な騒音被害の実態を包括的につかむのにすぐれた面があるといえる。
二生活妨害(睡眠妨害を除く。)
1 会話、電話の聴取及びテレビ、ラジオの視聴等に対する妨害
(一) <証拠>によれば、次のとおり認められる。
(1) 原告らは、陳述書、本人尋問等において、会話や電話による通話が妨害され、テレビやラジオの音声が聞き取り難くなり、また航空機が通過する際、テレビの画像が乱れることを訴え、その世帯数の割合は、本訴提起時の原告ら全世帯の約五割強である(なお、陳述書を提出するか又は本人尋問を行った原告ら世帯数の割合は、右全世帯の約三分の二である)。そして、右原告らは、右妨害により家族の団らんが破壊され、内装業、米穀店、網戸製作加工業、鍼灸師、理髪業、洋裁業等を営む原告らにとっては、右電話聴取妨害等により、営業活動にも支障をきたし、また、老齢の原告らにとっては、唯一の娯楽ともいえるテレビ視聴の楽しみを奪われ、学齢期にある原告らにとっては、航空機騒音により授業がしばしば中断するため、注意力の集中が乱れ、教育効果が減殺される等の被害を受けるなど、誠に深刻な状態であるという。
(2) これまで本件空港周辺住民を対象として実施された騒音被害に関するいくつかのアンケート調査の結果は、次のとおりである。
(イ) 筥松地区爆音対策協議会が昭和三五年四月に実施した筥松地区における爆音被害に関する世論調査によれば、ラジオの聴取妨害の訴え率は九割、電話の聴取妨害のそれは六割をそれぞれ超え、またテレビの映像障害の訴え率も五割に達している。
(ロ) 日本科学者会議福岡支部が昭和五四年に実施したアンケート調査(以下「昭和五四年日本科学者会議アンケート調査」という。)の結果によれば、次のとおり報告されている。
① 航空機騒音の「特にうるさい時期」について
季節別には、特にうるさく感じる特別の季節はないとの回答が一番多いことから、年中うるさいと感じている住民が多いことがわかる。七~八月の夏季にうるさいとする住民がこれに次いでいる。また、時刻別には、特にうるさく感じる特別の時刻はないという回答が多数で、時刻を特定した回答はいずれの時刻もほぼ変らない。結局、住民の受取り方としては、時刻によらずうるさく感じていることが示されている。
② 航空機騒音のうるささについて
航空機騒音(室内)について全くうるさい(評点5)と回答したもの(パーセント)は、航空機騒音防止法による区域指定外地域で39.3、昭和五四年七月運輸省告示により新しく第一種区域に入った地域(以下「第一種区域」という。)で58.2、昭和五四年七月以前からの第一種区域(以下「旧第一種区域」という。)で55.9、第二、第三種区域で71.6であって、新一種区域が旧一種区域よりも若干高い割合で示したほかは、第二、第三種区域になるに従い、著しく増加し、絶対割合も高率であり、うるさいと評価したものを含めれば、指定外地域でも85.8、新一種区域で93.8、旧一種区域で95.3、第二、第三種区域で97.2であって、殆どすべての住民が被害を受けている。
戸外における航空機騒音の評価も室内での評価とほぼ同様である。
③ 航空機以外の騒音源について
右騒音源で比較的意識されているのは自動車であるが、自動車騒音に対する評価は地域によってあまり変わりなく、室内で全くうるさいと評価しているもの(パーセント)が約一〇、うるさいと評価しているものを加えても約四〇程度であって、航空機騒音に比し影響が小さい。その他の騒音源についても地域差はなく、自動車騒音に比しても更に影響は小さい。
④ 会話妨害について
非常に大きな声を出しても聞き取れないと回答したもの(パーセント)は、指定外地域では14.0、新一種区域では30.3、旧一種区域では36.2、第二種区域では48.8、第三種区域では62.1の高率に達している。大きな声では聞き取れないが非常に大きな声を出せば聞き取れるという評価を加えると、指定外地域33.4、新一種区域58.8、旧一種区域65.3、第二種区域78.8、第三種区域93.1であった。
⑤ テレビ聴取妨害について
音量を非常に大きくしても聞き取れないと回答したもの(パーセント)は、指定外地域において24.3、新一種区域において40.8、旧一種区域において52.0、第二種区域において58.8、第三種区域において72.4に達する。
⑥ 電話聴取妨害について
相手が大きな声を出しても聞き取れないと回答したもの(パーセント)は、指定外地域で35.0、新一種区域で58.6、旧一種区域で66.1、第二種区域で77.5、第三種区域で82.8となっている。大きな声で話せば聞き取れるという回答を加えると、指定外地域でも77.7、新一種区域で90.5、旧一種区域で91.3、第二種区域では93.8、第三種区域で93.1の高率を示している。
(二) <証拠>によれば、騒音と会話妨害に関するこれまでの調査研究の結果は、次のとおりであることが認められる。
(1) 昭和四五年に行われた東京都公害研究所のアンケート調査(以下「昭和四五年東京都アンケート調査」という。)の結果によれば、横田飛行場周辺地域におけるNNIの値の増加と住民の「家族との会話」「電話による通話」及び「ラジオ・テレビ・レコードの聴取」に対する妨害の各訴え率の増加との関係に、共通した傾向が現れ、右訴え率(パーセント)はいずれもNNI四〇台で五〇前後、五〇台で九〇に達している。
具体的には、「家族との会話」に対する妨害(声を大きくする及び会話を中断するの合計)の訴え率は、NNI三〇台で約三〇、四〇台で約五〇、五〇台で約九〇、六〇台で約九五で、そのうち「会話を中断する」との訴え率は、NNI四〇台で約二〇、五〇台で約七〇、六〇台で約九〇であった。「ラジオ・テレビ・レコードの聴取」に対する妨害(声を大きくする、非常に大きくする及び非常に大きくしても聞えないの合計)の訴え率は、NNI三〇台で約三〇、四〇台で約七〇、五〇台で約九〇、六〇台で約九五で、そのうち、「非常に大きくしても聞えない」との訴え率は、NNI四〇台で約14.8、五〇台で約55.6、六〇台で約75.2であった。「電話による通話」に対する妨害(聞き返す、声を大きくする及び通話を中断するの合計)の訴え率は、NNI三〇台で約四四、四〇台で約四五、五〇台で約九四、六〇台で約九八で、そのうち「通話を中断する」との訴え率は、NNI四〇台で約三一、五〇台で約八六、六〇台で約九六であった。なお、「テレビの映像の乱れ」の訴え率は、NNI四〇台で約五〇、五〇台で約六〇、六〇台で約八〇であった。
会話妨害を訴えた者について、その騒音源を調査したところ、飛行機騒音六六パーセント、エンジンテスト音一三パーセント、その他は自動車騒音、工場騒音、鉄道騒音であり、騒音源としてエンジン音をあげた者のうちの八〇パーセントと飛行機騒音をあげた者のうちの六八パーセントが会話を中断されたと訴え、飛行機騒音が他の騒音源に比して妨害度が大きいことを示している。
(2) 国立公衆衛生院長田泰公によれば、横田、大阪、千歳、ロンドンの各飛行場周辺における住民の実態調査を比較検討した結果、会話及びラジオ・テレビの視聴妨害の訴え率は、各地域ともNNIの値が高くなるとともによく似た割合で増加し、特に横田と大阪の傾向が一致し、ロンドン空港との比較では、NNI三〇台、四〇台ではロンドンの方が、NNI五〇台では横田の方が高い訴えを示した。
(3) 国立公衆衛生院小林陽太郎らは、単音聴取明瞭度についての実験結果から、信号レベルがあまり低い場合でない限り、S/Nが三〇dBであれば右明瞭度は約九四パーセントであるが、同比が二〇、一〇、〇、マイナス一〇dBになると、明瞭度はそれぞれ約八五、六八、四五、一五パーセントと低下し、一般に教室内における明瞭度を八〇ないし八五パーセントによると、S/N比は一五ないし二〇dB以上であることが要求され、教師の会話のレベルを七〇dBとすると、許容騒音レベル(中央値)は五〇ないし五五dB以下とする必要があると結論している。
(4) 厚生省生活環境審議会公害部騒音環境基準専門委員会作成の騒音環境基準設定資料(昭和四四年度)によれば、普通の声による会話の場合、騒音レベルが四五ホンでは、聴取明瞭度は八〇パーセントを超え、およそ四メートル離れたところで会話が可能であるが、騒音レベルが六〇ホン、七〇ホンとなると明瞭度はそれぞれ六〇パーセント、五〇パーセントに減少し、会話可能の距離は約1.3メートル、0.5メートルに短縮するとの実験結果が示されている。
(5) ロンドン・ヒースロー空港周辺の学校を対象に行われた航空機騒音と授業についての調査結果によれば、六五ホンで会話を中断する者が生じ、七〇ホンでそれが二五パーセント、七五ホンで四〇パーセントに達する。七五ホン以下であれば特定の又は小人数の生徒に対する先生の説明は聴取可能であるが、七五ホン以上になると中断せざるを得なくなる。
(三) まとめ
以上認定の事実によれば、本件空港の周辺住民らが、強大な航空機騒音により、日常生活において会話や電話による通話及びテレビ・ラジオの視聴を妨害されること、これらの生活妨害により、相手方との意思の疎通の円滑を欠き、焦燥感をあおられ、家族の団らんが破壊され、また、趣味や娯楽生活及び営業活動等に支障をきたすなどの悪影響を受けていることが肯認されるところ、右各般の生活妨害は、騒音がNNIで四〇、音の大きさの単位で六五ホン程度に達すれば、相当重大なものとなり、更にNNI五〇、七五ホン程度に至れば、耐え難いものになると認められる。
なお、後記のとおり、右生活妨害のうちで、テレビの画像の乱れは、被告による周辺対策の一環としてのアンテナの改善により、会話や電話の通話妨害については、住宅防音工事の施工、騒音用電話器の設置によって、ある程度軽減されてはいるが、完全に救済されているとはいい難い。
2 思考、読書、家庭における学習等の知的作業に及ぼす影響
(一) <証拠>によれば、次のとおり認められる。
(1) 原告らは、陳述書、本人尋問等において、思考、読書、家庭における学習等の知的作業を防げられたことを訴え、その世帯数の割合は、本訴提起時の原告らの全世帯の三割弱である。右知的作業には、視聴障害者のための点字本作成や新聞の朗読、録音等のボランティア活動が含まれている。そして、原告らのうちには、航空機騒音が受験勉強を含む家庭学習に悪影響を及ぼすことを懸念する者が多い。
(2) 前記昭和五四年日本科学者会議アンケート調査の結果によれば、騒音が読書思考に非常に邪魔になると回答したもの(パーセント)は、指定外地域では19.4、新一種区域では36.5、旧一種区域では30.7、第二種区域では41.3、第三種区域では51.7であり、かなり邪魔になるという回答を加えると、第三種区域では82.7、第二種区域では72.6、旧一種区域では66.1、指定外地域でも51.5に達すると報告されている。
(二) <証拠>によれば、次のとおり認められる。
(1) 町田恭三らによる板付基地周辺の小・中学校の児童生徒を対象とした実験において、航空機騒音に暴露された実験組と静かな教室における対照組との間で、知能検査においては騒音の影響が認められなかったが、クレペリン作業検査においては、騒音の影響は年少者ほど、また男子より女子に大きく現れ、殊に実験組では休憩効果があまりみられず、休憩後の動揺が大きく、更に問題解決力検査では実験組の成績が低下し、個人差が拡大した。
(2) 前記昭和四五年東京都アンケート調査の結果では、思考及び読書に対する妨害の訴え率(パーセント)は、前記の会話、テレビ等の視聴に対する訴え率よりやや低く、NNI三〇台で約三〇、四〇台で約四〇、五〇台で約七〇、六〇台で約八〇であり、「じゃまの程度」においては、NNI四〇台で「少しじゃまになる」より「ふつう」に近く、五〇台では「ふつう」を超え、六〇台では「かなりじゃまになる」に達していた。
(3) 前記長田泰公によれば、ジェット機騒音、新幹線騒音(各録音再生)及びピンクノイズなどの間欠音の暴露による実験において、ランプ灯に対する選択反応の場合、五〇ないし八〇ホンの騒音で反応時間が促進したが、図形の数え作業の場合、六〇ないし九〇ホンの騒音で成績が低下し、騒音は単純作業において促進的に、複雑な作業であれば妨害的に作用すること、非現実音よりも現実音の方が妨害的であること、間欠的の頻度が増せば妨害度が高まることが示唆されたとしている。
(4) 関西都市騒音対策委員会が昭和四〇年一一月に発表した報告書によれば、大阪国際空港周辺の八都市の住民に対するアンケート調査の結果、思考、読書に対する妨害の訴え率とNNIの値との間に相関関係が見出され、NNI三五で「かなりじゃまになる」との訴え率(パーセント)が五〇を超え、子供の勉強に対する妨害の訴えになると、NNIの値が高まるにつれて急傾斜で増加し、NNI三〇で六五に達するとしている。
(5) 神戸大学助手安藤四一が昭和四八年五月から六月にかけ、大阪国際空港周辺の伊丹市内の小学校四校の児童を対象として行った内田クレペリン精神作業検査の結果によれば、二年生を対象とした実験では、前半の作業中刺激音を与えることにより作業曲線上の動揺が大きくなったが、これは、音によって一時的に精神不安の状態におちいっているためと考えられ、また騒音刺激を与えた後の作業量が大幅に低下する者が多い傾向にあり、また四年生を対象とした実験では、V型落ち込みに大きな地域差が現れ、深層における精神の平衡機能が、日常的に存在する騒音の長期にわたる蓄積的影響によって失われていることが考えられるとしている。
(三) まとめ
以上認定の事実によれば、騒音レベルが極めて高い場合には、思考、読書、学習等の知的作業能率に悪影響を及ぼすことは明らかといえるが、それ以下においては、作業内容、環境、人間の心理的作用等の要因によって複雑に修飾されるため、航空機騒音が精神的作業に対して妨害的に働くか否かにつき、厳密な科学的究明はなされていないといわざるを得ない。しかしながら、前記諸調査、実験結果によって、航空機騒音が複雑且つ高度の精神作業に対し妨害的に働くこと、騒音レベルが高くなるにつれ、右妨害の程度は強まる傾向にあること、航空機騒音がNNI五〇以上に至れば、思考、読書、学習等知的作業に対し、看過できないほどの妨害作用を及ぼすものであることは、一応示されているといえる。
なお、後記のとおり、住宅防音工事等被告の対策によって右妨害度はある程度軽減されてはいるが、完全に救済されているとはいい難い。
3 家屋の振動、損傷
(一) <証拠>によれば、次のとおり認められる。
(1) 原告らは、陳述書、本人尋問等において、航空機の飛行により、家屋が振動し、電灯が揺れたり、棚の上に置いた物が落ち、また瓦のずれ、壁のひび入り・剥落、建付けのくるいを生ずることを訴え、その世帯数の割合は、本訴提起時の原告らの全世帯の約三割弱である。殊に、昭和三七年頃以降小松田団地に居住を開始した原告らにおいて、その当時家屋自体がトタン葺きバラック造の粗末なものであったこともあり、振動被害を訴える者が多い。
(2) 前記昭和五四年日本科学者会議アンケート調査の結果によれば、次のとおり報告されている。
① 家屋振動については、家屋が振動することがあるかとの問に対し「ある」と回答したものの割合(パーセント)は、指定外地域で55.9、新・旧一種区域でほぼ八〇、第二種区域で91.3、第三種区域で86.2であった。
② 家屋振動の原因として回答が最も多かったものの割合は、「飛行機」の74.1、次いで「自動車」の34.9、「新幹線・列車・電車」の23.5であり、航空機による振動被害を訴えるものがとびぬけて多い。家屋振動ありと答えたもののうち、地域別にみると、指定外地域で65.2、新一種区域で82.6、旧一種区域で74.5、第二種区域で78.1、第三種区域で96.0パーセントが家屋振動の原因に「飛行機」を挙げている。家屋振動の原因を「飛行機」と答えたものの標本全体に占める割合は、指定外地域で35.9、新一種区域で65.5、第二種区域で71.3、第三種区域で82.8に達する。
③ 家屋に被害が及んでいると回答したものの割合は、全域で「建具ががたつく」の22.8、「壁にひびが入る」の19.5、「瓦がずれる」の10.6などである。地域別には「何らかの家屋被害有」と回答した割合は、新一種区域において旧一種区域よりも五パーセントほど高いほかは、第三種区域に接近するほど割合は増加し、第二種区域では66.3、第三種区域では69.0が回答している。被害内容としては、「瓦がずれる」が第三種区域に接近するに従い増加する傾向がみられ、「建具ががたつく」は逆に減少する傾向がみられる。
④ 家屋被害の原因を「飛行機」と回答したものの割合は、指定外地域では28.3、新一種、旧一種、第二種区域では六〇前後で、第三種区域では75.0であった。
(二) 右事実と、前記第三、四2(一)(二)に認定した事実を併せ考慮すれば、本件空港周辺の航空機の飛行コースに近接した地域においては、航空機騒音により家屋を振動させ、これが度重なることによって、瓦のずれ、壁のひび入り等の被害を発生させることがあると認められる。
三睡眠妨害
(一) <証拠>によれば、次のとおり認められる。
(1) 原告らは、陳述書、本人尋問等において、航空機騒音により、原告ら本人又は原告ら同一世帯に属する家族(殊に乳幼児、病臥者、夜勤者)が夜間又は昼間の睡眠を妨害されたことがあると訴え、その世帯数の割合は、本訴提起時の原告らの全世帯の約四割である。睡眠妨害により、疲労の蓄積、注意力の低下等二次的被害を訴える者もあり、殊に夜勤者、乳幼児を抱える家庭においては、その影響は一層深刻なものであるという。
(2) 前記昭和五四年日本科学者会議アンケート調査の結果によれば、次のとおり報告されている。
① 睡眠妨害については、航空機騒音の睡眠への影響について「寝つきが悪い」、「睡眠中に目がさめる」、「眠れずうとうとする」などの回答が、基本的には指定外地域から第三種区域になるに従い増加している。
② 乳幼児への影響については、航空機騒音に対する乳幼児の反応として、「昼寝をしていても途中で手足や身体を動かす」、「昼寝をしていても途中で目をさまし泣きだす」、「びっくりして泣きだす」、「お乳を飲むのを途中でやめる」などの回答があり、回答をしたものの中で、これらのいずれかの反応を示すと答えたものの割合(パーセント)は、指定外地域61.9、新一種区域83.9、旧一種区域85.0、第二種区域、第三種区域一〇〇と順次その割合が増加している。
(二) <証拠>によれば、次のとおり認められる。
(1) 三重県立大学医学部坂本弘らが、ジェット機基地周辺において実施したアンケート調査の結果では、睡眠妨害の訴え率(パーセント)は全戸五二、農家のみでは五九であった。
(2) 関西都市騒音対策委員会が昭和四〇年一一月に発表した報告書によると、大阪国際空港周辺の八都市におけるアンケート調査の結果、睡眠(但し昼寝)妨害の訴え率はNNI四五ないし四九以上になると急に増加し、同五五ないし五九の場合約三五パーセントであった。
(3) 前記厚生省生活環境審議会公害部会騒音環境基準専門委員会作成の騒音環境基準設定資料(昭和四四年度)のなかで、騒音レベル三〇ホンのときの就眠所要時間に対する延長の割合(パーセント)は、四〇ホンでは約四〇、五〇ホンでは約八〇、六〇ホンでは一〇〇を超え、また騒音レベル三〇ホンのときの覚醒時間に対する短縮の割合は、四〇ホンでは二〇以上、五〇ホンでは約五〇、六〇ホンでは六〇を超えるとされている。
(4) 前記昭和四五年東京都アンケート調査の結果では、夜間の睡眠妨害の訴え率(パーセント)は、NNI三〇台で約二〇、四〇台で約二五、五〇台及び六〇台で約四〇、昼寝の習慣がある者についての昼寝の妨害の訴え率はNNI三〇台で約三〇、四〇台で四〇、五〇台で六五、六〇台で七〇で、いずれの場合でもNNI三〇台の地域と同四〇台以上の地域との間に統計上の有意差が検出された。
(5) 労働科学研究所大島正光らが二〇歳ないし三九歳の研究所員四名を対象とし、五〇〇サイクル、五〇ないし七五ホン、持続時間三秒の純音を用い、三〇秒ないし五分間隔のアトランダム配列の騒音暴露による実験の結果、就眠の妨害となり、覚醒を促進する騒音の下限は四〇ないし四五ホンで、影響の度合は覚醒時より就眠時に大きかった。
(6) 騒音影響調査研究会が行った研究によると、次のとおりである。
(ア) 男子学生を対象とし六五ホン、七五ホン、八五ホンに再生したジェット機騒音を一回の刺激時間一七秒、刺激間隔は不定とし一晩に二〇~三〇回の刺激を与えて睡眠中の反応を調べた。騒音を聞かせた時には睡眠深度の深い睡眠の割合が減少した。七五ホンからは、浅い睡眠深度状態(ステージⅡ)から覚醒もしくは睡眠深度の浅くなるものが現れた。八五ホンでは中位の睡眠深度(ステージⅢ)のものも覚醒した。不快を示す皺眉筋の放電は三つの騒音レベルでいずれも出現した。
(イ) 他の実験では、六五ホンでは睡眠深度Ⅰの九〇パーセントが覚醒し、深度Ⅱでは半数足らずに段階変化がみられた。七五ホンでは深度Ⅱの段階変化は73.2パーセントに及んだ。八五ホンでは深度Ⅱの全例に段階変化がみられ、そのうち59.2パーセントが覚醒に至った。
(ウ) 二歳六か月ないし四歳の幼児を対象とし、ピーク値六五ないし九五ホン、持続時間一七秒のジェット機騒音(録音再生)を用いて実施した実験の結果、各騒音度により脳波、容積脈数、筋電図に統計上の有意差が検出され、且つ、騒音の激しい地域の幼児と対照地域の幼児との比較で、わずかながら騒音に対する馴れの傾向がみられた。
(7) 前記長田泰公らが、男子学生を対象とし、騒音が睡眠に及ぼす影響について一連の実験をした結果は、次のとおりである。
(ア) 四〇ホンと五五ホンの工場騒音及び道路交通騒音(いずれも録音再生)を用い、六時間の連続暴露による実験において、脳波、血球数等の検査の結果、四〇ホンで睡眠深度が浅くなり、好酸球数及び好塩基球数は四〇ホンで増加が抑制され、五五ホンでは減少した、なお、被験者は騒音に気づかず、熟睡していた。
(イ) 次いで四〇ホン及び六〇ホンの騒音(白色騒音と一二五ヘルツ及び三一五〇ヘルツの各三分の一帯域騒音の三種)を用い、三〇分に一回、2.5分連続と一〇秒オン、一〇秒オフの断続騒音(オン時間の合計2.5分)を配列した実験において、覚醒期脳波の出現回数が前回より多く、睡眠深度も浅くなり、好酸球数及び好塩基球数の変化は前回の四〇ホンと五五ホンの中間位で、断続騒音も六時間連続騒音と同程度の睡眠妨害をもたらした。
(ウ) 更に五〇ホンと六〇ホンの列車騒音、航空機騒音(いずれも録音再生)の間欠的暴露と四〇ホンのピンクノイズの連続暴露による別の実験において、四〇・五〇・六〇ホンの順に睡眠深度が浅くなり(但し有意差は検出されない。)、また睡眠段階が十分深くなるまでの時間は有意に延長され、四〇ホンのピンクノイズに比して六〇ホンの列車騒音、航空機騒音では三ないし四倍を要した。
(エ) 以上の一連の実験結果から、三〇分に一回の断続騒音であっても、六時間の連続騒音と同程度の影響があり、夜間の睡眠を保護するには連続した静かさが必要であると推論される。
(8) 米国連邦環境保護庁(EPA)騒音規制企画部が「公衆衛生と福祉に関する騒音の判断基準」において、騒音の睡眠に対する影響について発表した見解によれば、「騒々しい環境下での眠りは、騒音が大きい場合めざめという形で、それ以外は眠りの段階が移行するという形で、眠りにある程度影響を与える。睡眠は体力を回復させる過程であり、その間に身体の諸器官がエネルギーの供給や栄養物を更新していくものと考えられているので、騒音は健康に有害といえる。しかし、睡眠妨害の長期的作用について述べるには、もっと注意を払う必要がある。」とされている。
(三) まとめ
以上認定の事実によれば、強大な騒音により睡眠が妨害されることは明らかであるが、睡眠妨害の長期的影響については、その実験データが殆ど存在しないので、直ちにこれをうんぬんすることはできない。しかしながら、前記の諸調査、実験研究結果によれば、NNI五〇ないし六〇台で半数近くの者が睡眠妨害を訴え、騒音レベルが高くなるにつれて睡眠妨害の程度が強まる傾向にあること、断続騒音も連続騒音と同様に睡眠妨害をもたらすことが明らかにされたといえる。したがって、本件空港周辺において、長期間にわたり、強大な騒音に暴露された場合には、睡眠が妨害され、これによって疲労の回復も妨げられ、老人や病弱者の健康に悪影響を及ぼす可能性があることは否定できない。
しかるところ、前認定のとおり、本件空港においては、米軍管理当時は、軍用飛行場としての性格上、不定期且つ夜間にわたる飛行も無制限になされており、また深夜、早朝にエンジン調整等の地上音を発しており、そのため夜間の睡眠を妨げられることが多かったであろうと想像されるけれども、本件空港が我が国に返還された後についてみると、前記第三、一4(第三期)(二)のとおり、昭和五一年三月には、最終便の到着時刻は午後一〇時を過ぎていたが、同五九年以降は、夏季の一時期を除き、午後九時台に到着便が四便存する程度となっており、睡眠妨害の程度は、相当軽減されるに至ったものと認められる。もっとも、原告らのうちには、病弱者や老人、乳幼児のいる家庭もあり、また通常人においても、午後九時を過ぎれば就寝時間帯であるということができ、右夜間便の減少によって睡眠妨害が完全になくなったということはできない。
なお、後記のとおり、被告の行った住宅防音工事の施工によって、右被害はある程度改善されたが、完全に救済されているとまではいい難い。
四精神的被害
(一) <証拠>によれば、原告らは、陳述書、本人尋問等において、航空機騒音により、原告ら本人又は原告ら同一世帯に属する家族が、いらいらする、怒りっぽくなる、気が休まらない、子供が怖がり泣き出す等の心理的・情緒的被害を訴え、その世帯数の割合は、本訴提起時の原告ら全世帯の約五割弱であり、また、墜落等の不安を訴える原告らの右割合は、約三割であることが認められる。
(二) <証拠>によれば、次のとおり認められる。
(1) 日本女子大学児玉省が昭和四〇年以降昭島市で実施した各種心理検査の結果は、次のとおりである。
(小・中学生対象)
(ア) ロールシャッハテスト
拝島第二小児童について情緒不安、攻撃性の傾向が強く現れ、且つ航空機の連想に結びつく反応が多く、情緒不安検査の結果を裏付けている。
(イ) 握力検査
児童用スメツドレー握力計を用い、騒音激甚地区である拝島第二小及び対照地区の小学校児童に対し、努力志向の検査を実施し、その結果により努力群・中間群・非努力群・放棄群に分類したところ、拝二小児童は低学年及び高学年とも、対照地区の児童に比して非努力群・放棄群に属する者が多く、根気の点で航空機騒音の影響を受けている可能性が暗示された。
(ウ) 語彙連想検査
対照地区の児童に比して拝二小の児童には、快・不快その他の情緒的反応語又は願望欲求に関する反応語が多く現れ、感情分析的に処理すると、不安・攻撃的傾向を示すものと解釈された。
(成人対象)
(ア) 情緒不安検査(アンケート方式)
堀向地区の若年齢層にあっては、対照地区の同年齢層に比して不安傾向・攻撃性が強く現れ、三〇歳を過ぎると地域差が減少し、四〇歳以後では逆に堀向地区の方が不安・攻撃性傾向が低くなった。児玉は右現象につき、堀向地区の若年齢層が性格形成期に騒音の影響を受けたことを推測させるものと解している。
(イ) 握力検査
スメツドレー握力計を用いて努力志向を検査した結果、放棄群に属する対照地区(東中神地区)では七分の一にすぎなかったのに、堀向地区では三分の二に及んだ。
(2) 前記昭和四五年東京都アンケート調査で、訴えられた情緒的影響の主な項目は「気分がいらいらする」「不愉快」「頭にくる」「しゃくにさわる」で、「気分がいらいらする」との訴え率(パーセント)NNI三〇台で約三、四〇台で約一七、五〇台で約二六、六〇台で約三二にのぼり、右各項目についてNNI三〇台の地域と四〇台上の地域との間で統計上の有意差が検出された。
(3) 前記関西都市騒音対策委員会の報告書によれば、大阪国際空港周辺の八都市の住民に対するアンケート調査の結果、「気分がいらいらする」「腹が立つ」「不愉快になる」「気がめいり、うっとうしくなる」「安静がたもてなくなる」「びっくりする」などとの情緒的訴えは、NNIが高まるにつれて急傾斜で増加し、NNI四〇ないし四四で訴え率は九〇パーセントに達する。
(4) 財団法人航空公害防止協会が昭和五五年から三か年にわたり、大島正光を委員長とする人体影響専門委員会に委託して行った調査によれば、東京、大阪、福岡の三空港周辺の成人女性を対象とする質問紙による健康調査結果は、W値が高い地域ほど、多愁訴、消化器、情緒不安定性、抑うつ性に関する訴えが多く、神経症傾向や心身症傾向も強くなっていた。
(三) 以上認定したように、航空機騒音は、一定限度を超えると、空港周辺住民に対し、焦燥感や易怒性等の心理的、情緒的被害を与え、しかも右被害は、騒音の程度が高まるにつれて大きくなるものと認められる。
なお、墜落等の危険に対する不安感については、前記第三、三に認定したとおり、米軍管理時代においては、米軍機の墜落等の事故が少なくなかったため、右不安感も相当大きなものがあったであろうが、本件空港が我が国に返還され、公共用飛行場となった今日においては、右不安感は、全く根拠がないとまではいえないとしても、かなり減弱されるに至ったと認められる。
五身体的被害
1 難聴及び耳鳴り
(一) <証拠>によれば、原告らは、陳述書、本人尋問等において、原告本人又はその家族が航空機騒音の影響により、耳鳴りがする、耳が遠くなった、声が大きくなった、難聴になったと訴え、その世帯数の割合は、本訴提起時の原告ら全世帯の約三割であることが認められる。
(二) <証拠>によれば、次のとおり認められる。
(1) 工場等における強大な騒音に永年さらされている労働者の間に、騒音による職業性難聴者のいることは早くから知られていた。騒音性難聴は、三〇〇〇ヘルツないし六〇〇〇ヘルツ音域、特に四〇〇〇ヘルツ(音階の上でほぼC5に相当する周波数)付近の聴力の損失が大きいので、これを「C5dip」と称し、老人性又は薬物の影響による難聴がより高い周波数から始まり、より低い周波数へ波及するのに対し、騒音性難聴の特色とされる。
(2) 広く難聴(聴力の域値移動)といわれる現象のうちには、回復可能な一時的域値移動(TTSという。)と回復不能な永久的域値移動(PTSという。)がある。TTSとPTSとの間に深い関係があるとして、一定時間騒音に暴露した後に生ずるTTSを基準としてPTSを予測する考えをTTS仮説という。アメリカ合衆国国立科学アカデミー聴覚・生物音響学・生物力学研究委員会は、一日八時間・一〇年間暴露後のPTSは、同一騒音に八時間暴露・二分間休止後のTTS(TTS2と略記する。)にほぼ等しいとの見解を示している。後記山本剛夫らの研究は、この立場に拠り、TTSを指標として、各種の騒音並びに暴露様式の影響を研究しようとするものである。
(3) TTSとPTSとの間に統計的に有意な関係があることは明らかであるが、難聴の原因として騒音のほかにも加齢、薬物、疾病などがあり、個人差のあることも考慮に入れておかなければならない。例えば、加齢と聴力損失の関係については、四〇〇〇ヘルツにおける聴力損失は、三〇歳台では正常範囲内であるが、四〇歳台で一五dB、五〇歳台で二五dB、六〇歳台で四〇dB近くになるとされる。また、個人差については、一〇〇dB(A)の騒音下で一〇年作業しても、職業性難聴が発生するのは、約二九パーセントであるとされる。
(4) ところで、航空機騒音は、その発生が断続的、間欠的であるという特色を有し、騒音の中断は、聴覚の正常な生理的機能の回復を促し、保護の役割を果すと考えられているので、職業性難聴について定められた騒音の許容値とは別段の考慮を必要とする。ICAOが一九六九年カナダのモントリオールで開催した「空港周辺における航空機騒音特別会議」においては、現在のところ聴力に対しては航空機騒音は障害を与えることにはならないとの結論になっているとしながらも、聴力障害の基準そのものが、工場騒音や医学的聴力データに基づいて判断されたものであるから、航空機騒音の特殊性を考慮して今後聴力保護基準を改善する必要があると指摘している。
(5) 前記児玉省が、昭島市医師会の委嘱に基づき、昭和四一年から五年間にわたり、横田基地周辺において実施した聴覚検査の結果の概要は次のとおりである。
(児童)
拝二小児童と対照校である東小児童の聴力損失の度合を比較すると、前者の方が平均値では一〇〇〇ヘルツと八〇〇〇ヘルツを除いて全サイクルにわたって損失が大きく、最大は四〇〇〇ヘルツでその差は6.7dB(右耳5.3dB、左耳八8.0dB)であり、中央値では全サイクルにわたって損失が大きく、最大は四〇〇〇ヘルツでその差は7.8dB(右耳7.0dB、左耳8.6dB)であった。また、四〇〇〇ヘルツで聴力損失が最大になるいわゆる「C5dip」型を示す者が、拝二小児童では一五例中二分の一ないし三分の一の者にみられた。
昭和四一年及び同四二年に実施した検査において、平均値で八〇〇〇ヘルツを除いて拝二小児童の聴力損失が東小児童のそれより明らかに大きく、四〇〇〇ヘルツにおける損失の差が六年生において顕著であった。
昭和四一年から同四四年までの拝二小児童に対する追跡調査によると、平均値で各学年を通じて四〇〇〇ヘルツにおける聴力損失が大きく(左右耳ともおよそ一四ないし一八dB)、「C5dip」型を示している。
(成人)
昭和四四年航空機騒音の激しい堀向地区、自動車騒音の激しい東中神地区及び騒音の影響の殆どない青梅地区の各年齢層の成人について聴力検査を実施した結果によると、二〇歳台から三五歳までの年齢層については、青梅地区の者に聴力損失が殆どなく、堀向地区及び東中神地区の者に聴力損失が認められ、四〇〇〇ヘルツにおける損失の度合は東中神地区の者が最大であった(平均値で東中神地区右耳約二二dB、左耳約一七dB、堀向地区右耳約一四dB、左耳約六dB)。三六歳から四五歳までの年齢層については、堀向地区の者の損失度合が最大で、四〇〇〇ヘルツにおける損失は平均値で右耳約二一dB、左耳約一九dBであった。
(総括)
以上の児童、成人についての各検査結果から、児玉は、拝二小の児童は難聴にまで至っていないが、難聴化への過程にあると考えられるし、且つ、堀向地区における成人の場合を含め、その聴力損失の原因が航空機騒音によるものと断定することはできないが、その影響の可能性は否定できないと推論している。
(6) 騒音影響調査研究会(調査担当者山本剛夫)が昭和四六年以降に行った研究によれば、次のとおりである。
(ア) ピークレベル一一〇ホン、一〇七ホン、一〇五ホンの航空機騒音(再生)を二分に一回もしくは四分に一回の割合で被験者(男子学生)に聞かせ(暴露時間九六分)、四〇〇〇ヘルツのTTSを測定した。一一〇ホンと一〇七ホンの時には、いずれの条件でもTTSを生じた。一一〇ホンを二分に一回暴露した時は五〇分でTTSが約二〇dBとなり、暴露時間が増せばTTSが大となる。一〇五ホンで二分に一回暴露した場合には、二〇分からTTSの増加がみられた。
(イ) ピークレベルを一〇〇ホンないし八五ホンとし、一回の暴露時間を長くして(七〇秒)二分に一回暴露し、暴露回数をいろいろ変えてTTSを調べた。TTSはオフタイムを含めた総暴露時間が大となるにつれて増大し、時間を対象にとると直線関係が得られた。
(7) 財団法人航空公害防止協会の委託により、大島正光を委員長とする人体影響調査専門委員会が昭和四六年から九年間にわたって行った調査によれば、環境騒音が明らかに認められる地域(大阪国際空港、羽田空港、福岡空港周辺地区)と環境騒音と呼ぶべきものが殆ど認められない無騒音地域において、多数の住民の純音聴力を対比調査したところ、
(ア) 年齢分布、各周波数の聞こえのレベルと年齢との間の相関関係の面からも、回帰係数の面からも、有騒音地区と無騒音地区の両者の間には差が認められなかった。
(イ) 四〇〇〇ヘルツの聴力は騒音性難聴にとって重要であるが、四〇〇〇ヘルツの低下度からも、有騒音地区に低下度が多いという傾向は認められなかった。
(ウ) 聞こえの平均値の低下傾向も有騒音地区に認められ易いということはない。
との結果が得られたことからして、前記各空港周辺の騒音において、聴力の年齢変化に影響を及ぼし、その衰退を促進することはないとしている。
(8) 同委員会(担当者東邦大学医学部耳鼻咽喉科教授岡田諄ら)が、昭和五二年以降三年間にわたって環境騒音による聴力の一時的域値移動の発生の限界とその回復経過を研究した結果は、次のとおりである。
(ア) この実験における航空機騒音としては、B―七四七型の上昇時のものを二分三〇秒ごとに一日で八時間負荷し、そのピークレベルは、九三dB(A)、九六dB(A)、九九dB(A)、一〇五dB(A)である。右の実験の最終的な被験者数は、二〇〇〇ヘルツで七一六人(騒音負荷前の可聴域値が分かっているものは六五九人)、四〇〇〇ヘルツで七五四人(同じく七〇一人)である。
(イ) 岡田諄らは、右実験の中間報告において、「新幹線騒音は騒音レベルの最も高い(一〇五dB(A)と考えられる。)防音機構のない鉄橋下に長時間居る人に対してもTTS上昇を起こさないと考えられる。」「航空機騒音も新幹線騒音と類似した成績であるが、実際には存在しない一二〇dB(A)、一〇五dB(A)の実験が未了であるので、はっきりした比較ができない。」としている。
(ウ) また、右の実験の最終的な報告をまとめた岡本途也は、その実験結果を次のとおり総括している。
① 騒音暴露時間後の二〇〇〇ヘルツ、四〇〇〇ヘルツの一時的域値移動(TTS2(8))は、航空機騒音一〇五dB(A)、自動車騒音八八dB(A)、新幹線騒音一〇二dB(A)以下であれば、その値は平均して四dB以下である。
② 負荷騒音レベルが高くなるに従ってTTS2(8)の平均値が大となる傾向がある。この傾向は自動車騒音において明らかである。
③ TTS2(8)の平均値の増加は二〇〇〇ヘルツよりも四〇〇〇ヘルツで著明である。
④ 右記②③の現象はTTS2(8)四dB(A)以上の頻出度をみても同様である。
⑤ 騒音負荷前期のTTS2と後期のTTS2を比較すると、後期のTTS2の方が大である。この傾向は自動車騒音八五dB、新幹線騒音九九、一〇二dBで明らかとなる。
⑥ 騒音負荷によりTTSと経過をみると、TTS2の値は次第に増加する。この傾向は二〇〇〇ヘルツより四〇〇〇ヘルツで明らかである。
⑦ 四〇〇〇ヘルツのTTS2(8)の回復はほぼ三〇分で完了する。
⑧ 騒音離脱後の四〇〇〇ヘルツのTTSの回復は航空機騒音の一〇五dB、自動車騒音八五、八八dB、新幹線騒音九九dBで大きい。
⑨ 騒音負荷による典型的なTTS出現者の頻度は、航空機騒音一〇五dB、自動車騒音八八dB、新幹線騒音九九、一〇二dBで高くなっている。
⑩ しかし、これらはすべて傾向であって推計学的に有意なものではない。実験結果には矛盾するものもあるが、人体実験であり、個人差が大きいのみならず、聴力測定にはある程度の誤差があるためやむを得ないことと考えられる。殊に聴力の域値移動が四dB以下の単位であるか否かを測定しているので当然であろう。しかし、本実験の結果、これらの騒音レベルでも軽度ではあるがTTSが存在し得ることは否定できない。けれども、その値は軽度であり、騒音離脱後三〇分経てば殆ど完全に回復する。
(9) なお、耳鳴りについては、耳鳴りには、音調、持続性、強さ、聴力、部位等により種々の性質の相違があり、疾患の部位や原因と殆ど対応しないが、一般に内耳の刺激症状としての障害の初期に難聴に先行して現れることが多く、また難聴等の病因との間にかなりの相関関係があるとされている。
(三) まとめ
以上の諸研究、実態調査の結果を総合して判断すれば、航空機騒音が原告らの訴える難聴、耳鳴りの一因をなしていることを全く否定し去ることはできないと認められるけれども、本件航空機騒音と右難聴、耳鳴りとの間に相当因果関係があると認めるには、証拠が十分でないといわざるを得ない。
2 その他の健康被害
(一) <証拠>によれば、原告らは、陳述書、本人尋問等において、原告ら本人又は原告らと同一世帯に属する家族が、難聴及び耳鳴り以外に健康被害を受けたことがあると訴える者は、原告らの大多数に及び、その内容の主なものは、頭痛、頭重感、肩こり、高血圧又は低血圧、めまい、心悸亢進その他の心臓疾患、胃腸障害、鼻出血、ぜん息、乳幼児のひきつけ、ノイローゼ等多種多様であることが認められる。
(二) <証拠>によれば、次のとおり認められる。
(1) 騒音の生理的機能に及ぼす影響については、今日では、自律神経系及び内分泌系に対するものがその主体をなすと考えられている。自律神経に及ぼす影響とは、交感神経系の緊張に由来する血圧、脈拍数、呼吸数、脳内圧、発汗、新陳代謝、唾液、胃液、胃の収縮回数、収縮の強さ、末梢血管の収縮等の変化を指し、内分泌系に及ぼす影響とは、各種ホルモンの分泌量の変化を指すものである。
(2) 難聴、耳鳴り以外の身体被害に関するアンケート調査
(ア) 前記坂本弘らが昭和三三年某ジェット機飛行場(調査地区の暴露騒音最大値一三〇フォーン以上、暴露回数は一時間数回から一〇数回)滑走路端から二、三百メートル離れた部落の成人についてアンケート調査を行ったところ、その結果は、全戸と農家別にみた場合、頭痛を訴える者の率(パーセント)は全戸八九、農家九五、肩こりを訴える者の率は全戸六九、農家七六、心悸亢進を訴える者の率は全戸六一、農家六九、体重減少を訴える者の率は全戸五七、農家六五であった。坂本は、農家のみの方の訴え率が全戸より高いことについて、全戸の場合日中他所へ働きに出ている者がいるためと推測している。
(イ) 前記昭和四五年東京都アンケート調査(横田基地周辺)の結果によれば、身体的情緒的影響を訴えた者の率(パーセント)は、NNI三〇台で約一〇、四〇台で約三〇、五〇台及び六〇台でそれぞれ約六〇で、そのうち身体的影響を訴えた者は、情緒的影響を訴えた者に比べて遥かに少ないが、身体的影響を訴えた者についてその内容をみると、頭痛・疲れ易さ・胸の動悸・胃の不調が多く、頭痛を訴えた者の率はNNI三〇台で一弱、四〇台で約六、五〇台で約八、六〇台で約一〇、疲れ易さを訴えた者の率はNNI三〇台で一、四〇台で約四、五〇台で約四、六〇台で約一〇、胸の動悸を訴えた者の率はNNI三〇台で二、四〇台で二、五〇台で約五、六〇台で約七、胃の不調を訴えた者の率はNNI三〇台で〇、四〇台で三強、五〇台で約三、六〇台で七弱であり、統計上NNI三〇台に比し四〇台以上において訴え率が有意差をもって増加している。
(3) 呼吸器、循環器系機能に及ぼす影響
(ア) 国立公衆衛生院田多井吉之介らが健康な成人男子に対し、五五、七〇、八五ホンの三段階の航空機騒音、工場騒音及び街頭交通騒音と、対照の三〇、四〇ホンの市街地騒音を一日二時間、一〇日間暴露して行った実験においては、血圧、脈拍数に有意差を見出せなかったが、別の実験において、前同様三段階のレベルの騒音を三〇分の休止をはさんで前後三〇分ずつ暴露したところ、騒音レベルの上昇とともに呼吸数の増加と脈拍数の減少がみられた。
(イ) 前記児玉省が昭和四四年頃昭島市内の横田飛行場に近い診療所と対照地区の医院において、入院中の妊産婦につき航空機の上空通過時及び通過後一五分後の血圧と毎日一定時刻における血圧の値を測定し、比較検討したところ、騒音による影響は見出せなかった。
(ウ) 各種の外国研究文献によれば、次のような事例が報告されている。
① 一二歳から六〇歳までの健康な男子に六五dBないし一〇五dBの騒音(自動車警笛の録音再生)を、一分ないし三分の不規則な間隔で各一二秒間聞かせたところ、手の皮膚温度が低下する反応が現れ、その出現率は七〇dBで最低六八パーセント、九〇dBで九〇パーセントを超えた。この反応は騒音による血管収縮によって起こる。
② 七〇ないし九〇dBの騒音の暴露において、被験者の指先の血管の収縮、脈搏振幅の現象がみられた。
③ 騒音の激しい職場の工員と騒音の激しくない職場の工員について循環器疾患の罹患率を統計的に検討したところ、前者の罹患率は28.88パーセント、後者の罹患率は7.5パーセントで、そのうち高血圧については、前者は後者の約12.5倍、低血圧について約5.2倍、心筋障害については約二倍であった。
(エ) 動物実験(イヌ・ウサギ・ラットなど)においても、騒音による呼吸数の増加、心拍増加、血圧上昇、皮膚抵抗の低下などの一過性の反応が現れることが実証されている。
(オ) 米国連邦環境保護庁(EPA)は、一九七三年に作成した資料において、環境の中に見受けられるような、適度の強さの騒音暴露が種々の形で心臓血管システムに作用しても、循環器システムに及ぼすはっきりした永久的作用(影響)については立証されていないし、騒音が循環障害や心臓病に寄与する要因となる予想は、科学的データの裏付けがなされていないとしている。
(4) 消化器系機能に及ぼす影響
(ア) 外国文献によれば、二一歳ないし三一歳の健康な男子に一〇〇ないし一二〇ホンの航空機(ジェット機)エンジンテスト音(録音再生)を三〇分ないし六〇分暴露した実験において、胃運動の抑制、胃液分泌の減退、胃酸の変化(暴露前に胃酸の値の低かった者は増加し、高かった者は減少した。)がみられた。
(イ) また、人又は動物実験において、騒音レベルが大きくなるに従って唾液及び胃液の分泌量の減少、胃活動の低下の現象が現れることが、内外の文献に報告されている。
(5) 血液に及ぼす影響
(ア) 前記田多井吉之介らの実験において、五五ホンの騒音暴露でも、対照実験に比較して総白血球数の増加の抑制及び好酸球数の減少とその回復の抑制がみられ、その影響は八五ホンで最も強く現れ、また個体差が大きかったとされている。
(イ) 前記長田泰公らは、次のように報告している。
① 健康な男子大学生に対し、七〇、八〇、九〇ホンの三段階の航空機騒音を二分又は四分に一回、九〇分暴露した実験において、騒音レベルの上昇とともに、好酸球数及び好塩基球数の減少率が大きくなる(好酸球数及び好塩基球数の変化は副腎皮質ホルモンの分泌量と深い関係がある。)が、白血球数の変動には一定の傾向がみられない。赤血球数の変動も白血球数のそれに似ているが、七〇ホンの場合の変化(減少)が他の場合に比して大きく、頻度の差も有意であった。
② 前同様男子大学生に対し、中央値四〇、五〇、六〇ホンの自動車騒音を二時間暴露した実験において、六〇ホンの暴露の場合に、白血球数は有意に増加し、好酸球数は減少の回復が遅れ、好塩基球数には有意な変化がみられなかった。
③ 血球数への影響の出現域は五〇ホンと六〇ホンの間にあると考えられる。
(ウ) その他動物実験において、騒音の影響により、赤血球数及び好酸球数の減少、白血球数について減―増の二相性、血糖値の上昇、副腎静脈の血中カリウムの上昇、血中アドレナリンの増加などを示した例が、内外の文献に現れている。
(6) 内分泌系機能に及ぼす影響
(ア) 前記田多井吉之介らの実験において、尿中一七―OHコルチコステロイド(CS)の量は七〇ホンで増加が最と大きくなり、八五ホンでは却って減少することが実証され、副腎皮質ホルモンの分泌は騒音の刺激で増大するが、ある限度を超えると減少するものと考察されている。
(イ) 前記長田泰公らは、次のとおりの報告をしている。
① 前記(5)(イ)①の実験において、尿中一七―OHCSは騒音レベルの上昇によって増加するが、あるところから減少し、右増加は二分に一回の暴露より四分に一回暴露の方が大きく、ECPNL値とは相関関係は得られなかった。
② 前記(5)(イ)②の実験において、尿中一七―OHCSは四〇ホンの騒音の六時間暴露において増加がピークに達し、そのあと排出抑制がみられ、尿中アドレナリンもこれと類似の変化をみせた。
(ウ) 三重県立大学医学部坂本弘らは、九〇ないし九五dBの騒音下の紡績工場で働いている女子作業員について調査した結果、一〇時間前後の作業により尿中一七―ケステロイド(KS)が減少していることを明らかにし、この減少は、騒音暴露によって緊急反応が起こり、アドレナリンの分泌が高まるにも拘らず、間脳―下垂体の機能を減退させ、副腎皮質刺激ホルモンの分泌が減少したことによるものと考察している。
(エ) 三重県立大学若原正男らは、一九歳ないし二二歳の健康な男子に広周波数帯一〇〇フォーンの騒音を四時間暴露した実験において、尿中総中性一七―KSの著明な減少を認め、また二一歳ないし二五歳の男子に対する追加実験において、尿中一七―KSの減少は一〇〇〇サイクル前後の周波数で最も著しく、九〇フォーン以上では減少反応が確実に起こることを認め、この減少の主因は副腎皮質索状層からの一一―OXY―一七―KS及び性腺系ステロイドの減少にあると考察している。
(オ) その他動物実験において、騒音の副腎皮質に及ぼす影響が亢進、減退の二相性を示すこと、長時間の暴露において馴れの現象が現れることを示す内外の文献がある。
(7) 胎児及び妊産婦に及ぼす影響
(ア) 日本医科大学髙橋悳らは、某ジェット機基地周辺における昭和三九年一月から昭和四〇年七月末までの出生児の保護者に対するアンケート調査(回答者二七三名)の結果、未熟児出生率が6.6パーセントで、昭和三六年度の未熟児出生率全国平均4.2パーセントを上廻っていたことを、人類学雑誌に発表している。
(イ) 伊丹市空港対策部は、その調査報告書(担当者神戸大学工学部安藤四一、同大学医学部服部浩)において、昭和三六年から同四四年までの間に大阪国際空港周辺の騒音激甚地区である伊丹市内で生まれた新生児の出生時体重は、初期では対照周辺都市のそれよりもやや重い傾向にあったが、ジェット機が定期的に就航し始めた昭和三九年には周辺都市との差が殆どなくなり、昭和四〇年以降に至っては、男女とも明らかに軽い方にずれていることを明らかにしている。
(ウ) 前記騒音影響調査研究会の調査報告書によれば、伊丹市では昭和三六年ないし同三八年当時の出生児の平均出生時体重が周辺都市に比べてやや重い傾向にあったが、ジェット機の就航により騒音の激しくなった昭和四〇年ないし同四二年において低体重児、低身長児の生れる率が明らかに増加し、伊丹市内のECPNL九〇dB以上の地域とそれ以下の地域の比較においても、前者における低体重児、低身長児の増加が目立ち、この傾向は昭和四四年、同四五年にも続いており、また母体の妊娠中毒罹患率も他の地区より高く、しかも航空機騒音が激しくなるに従って増加していることが報告されている。
(エ) 前記児玉省は、その調査研究において、昭和四二年から同四四年までの間の昭島市内の診療所と対照地域としての立川病院における未熟児出生に関する資料に基づき、昭和四四年を除いて昭島市内の診療所の未熟児出生率(パーセント)が立川病院のそれよりやや高かった(昭和四三年昭島市内6.94、立川病院八、昭和四三年昭島市内5.9、立川病院5.3、昭和四四年昭島市内五、立川病院6.5)ことを明らかにしている。
(オ) その他動物実験において、騒音の暴露により、受胎率、出生率の低下及び奇形仔発生率、死産率の上昇などの例が内外の文献に現れている。
(8) 脳及び精神衛生に及ぼす影響
(ア) 前記田多井吉之介らの実験において、脳波のα波ブロッキングが、特に騒音開始時において出現し、騒音レベルの上昇とともにその持続時間が延長したこと、脳波は騒音に対する馴れが強く、突発音や人の会話などによってα波消失、振幅減少などの変化が起こったこと、精神電流反射は馴れが強く、騒音による影響を見出し難いことが明らかにされている。
(イ) 前記長田泰公らは、前記(5)(イ)②の実験において、二時間ごとに測定したフリッカー値(同値は、大脳新皮質の興奮水準の指標になるという。)は、六時間暴露の際には、徐々に低下する傾向があるが、二時間暴露の際には、短時間暴露の期待感や解放感のためか、二時間以降に上昇を示したことを報告している。
(ウ) アベイーウイクラマらによれば、一九六六年七月一日から二年間に、ロンドンのヒースロー空港周辺の最大騒音区域及び同区域外から精神病院に収容された全患者について調査した結果、精神病院への入院率は、最大騒音区域内からの方が区域外からよりも統計的には二倍高いことが示されたこと、最も騒音の影響を受け易いのは、配偶者のない、又は配偶者と別居している中年以上の婦人と、神経症又は器質的精神疾患の患者であることが報告されている。
(9) 聴覚以外の身体的影響に関する疫学的調査
(ア) 前記人体影響専門委員会が、昭和五五年から三年間にわたり、東京、大阪及び本件空港周辺地区において、航空公害防止協会が実施している巡回健康診断を受診した成人女性を対象として行った調査によれば、健康に関する自覚症状の訴えを質問紙による健康調査の結果からみると、W値が高い地域ほど「多愁訴」、「消化器」、「情緒不安定」、「抑うつ性」に関する訴えが多く、神経症傾向や心身症傾向も強くなっていたが、巡回健康診断の結果(X線、血圧、心電図、血球、血液化学、尿検査)に関しては、W値による有意差は認められなかったこと、また、空港周辺住民における航空機騒音暴露期間中の月経不順、妊娠、出産異常の出現率は、右騒音に暴露されていなかった時期の出現率よりもむしろ低かったし、また、寒冷昇圧試験などを指標とした検査では、自律神経の異常は認められなかったこと、これらの結果と血圧、眼底所見、尿中カテコールアミン値との間に相関はなく、交感神経系の興奮と高血圧症との間の相関も認められなかったし、血中コルチゾール値や尿中一七―OHCS値は一般と差がなく、下垂体―副腎皮質系機能の亢進も認められなかったことが明らかにされている。
(イ) 同委員会が、昭和五五年から同五七年までの三年間にわたり、大阪国際空港周辺の小学校児童を対象として実施した調査によれば、健康調査票による健康に関する自覚症状の訴えについては、攻撃性と生活不規則性の両尺度がW値の高い地域の学童に平均的に高値を示したのみで、その他には騒音と有意に関連した反応傾向は認められなかったし、W値九〇以上の地域の学童の一年間の欠席日数が調査対象四校中最も少なく、身長・体重とも最もすぐれていたほどであり、また、尿中カテコールアミンや尿中ステロイドホルモンの測定値に関して、W値の異なる学校間に有意差は認められず、学童の自律神経―内分泌系に航空機騒音が影響を及ぼしているとは考えられなかったとされている。
(三) まとめ
(1) 以上(3)ないし(8)の諸研究を通じてみると、騒音が聴覚以外の生理的機能に及ぼす影響として、末梢血管の収縮・血圧の上昇・呼吸促進・脈拍増加又は減少・唾液及び胃液の分泌量の減少・胃腸活動の抑制・皮膚抵抗の減少・血糖値の増加・血球数の増加又は減少・副腎皮質ホルモンの変調・脳波の変化などが実証され、これらの影響は短期の暴露においては一過性のものであるが、長期にわたり反復継続されるときは、高血圧・心臓及び内臓疾患などの一因となり、精神衛生上好ましからざる作用を及ぼし、肉体的精神的疲労となって病気に対する抵抗力を弱め、あるいは母体を通じて胎児に影響し、未熟児の出生又は妊娠中毒の原因となる危険性のあることが示されたということができる。
(2) しかしながら、前記諸研究については、いずれも一時的、短期的結果であって、長期的、継続的データが得られていないこと、実験が極めて少人数の被験者に限られていること、行われた騒音負荷実験は騒音を連続的に負荷したものが殆どであり、間欠性を有する航空機騒音の特殊性が考慮されていないこと等、方法論的な問題点が指摘され得るのであるから、このことを、前記(9)の人体影響専門委員会の各疫学的調査の結果を併せ考慮すれば、航空機騒音と前記原告らの訴える聴覚以外の健康被害との間に相当因果関係があると認定することは、困難であるといわざるを得ない。
六総括
以上に説示したきたところを要約すれば、本件空港周辺の住民は、それぞれ、前記第三、一4で認定したような航空機騒音により、会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害、思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害、睡眠妨害及び精神的苦痛を相当程度に被ってきたものと認められるが、身体的被害については、本件侵害行為との間に相当因果関係を肯認するに足りないといわざるを得ない。
第五騒音対策
一はじめに
<証拠>によれば、次のとおり認められる。
被告は、我が国の空港周辺における航空機騒音による被害を軽減するために種々の対策を講じているところ、同対策は、音源対策と周辺対策とに大別することができる。音源対策とは、航空機の騒音をその発生源である航空機そのものの段階で極力低減しようとするものであり、機材の改良、運航方法の改良及び発着規制がこれに当る。また、周辺対策とは、音源対策をある程度実施してもなお周辺地域に騒音による被害が生ずる場合に、重点を騒音と住民との遮断に置いて種々の施策を講ずるものであり、航空機騒音防止法の規定に基づく、教育施設等の防音工事、住宅防音工事の助成、移転補償、テレビ受信料の助成、騒音用電話機設置事業の助成等がこれに当る。音源対策は、これによって騒音地域を減縮させ、騒音被害の根本的解決に大きな役割を果たすものであるが、周辺対策も空港周辺住民の被害救済のために欠かすことのできない対策である。
以下、本件空港周辺地域における被告の騒音対策について、先ず一般的な根拠法令、環境基準等を概観し、次いで被告が実施してきた各種の対策の内容を検討する。
二法令、環境基準等の概観
<証拠>によれば、次のとおり認められる。
1 昭和四七年三月三一日までの米軍管理時代においては、被告が騒音対策として行い得る措置としては、専ら周辺対策に重点を置かざるを得なかった。この点については、昭和二八年から行政措置として学校、病院等の防音工事が開始されたが、同四一年には、周辺整備法が制定され、内容の充実が図られた。すなわち、同法により、①地方公共団体その他の者が公共施設について、航空機の離着陸等により生ずる障害を防止・軽減するために行う工事費用並びに学校・病院等について行う防音工事等費用の全部又は一部の補助、②市町村が行う生活環境施設及び事業経営の安定に寄与する施設の整備費用の一部の補助、③防衛施設庁長官が飛行場周辺において指定する区域内にある建物・竹木等を右区域外に移転し、又は除却することにより生ずる通常の損失の補償(移転補償)及び右指定区域内の土地の買入れなどの制度的保障が与えられた。右周辺対策は、昭和四九年六月二七日施行の生活環境整備法により、更にその内容の充実と推進が図られている。
2(一) 昭和四七年四月一日以降本件空港は我が国に返還され、公共用飛行場となったが、その後の騒音対策については、昭和四二年八月既に航空機騒音防止法が施行され、これにより運輸大臣には、公共用飛行場において航空機の運航に関し、飛行経路及び時間その他航行の方法を告示で指定し、規制する権限が与えられたのを始めとして、昭和五〇年七月一〇日航空法の一部改正により、ターボジェット発動機を装備する航空機で耐空証明を受けているものにおいては、運輸大臣がその騒音について省令で定める基準に適合するか否かを検査し、これに適合するとの証明(騒音基準適合証明)を与えたものでなければ、航行の用に供してはならないとされ、音源に対する規制の法的根拠が与えられた。また昭和五二年一〇月以降、運輸大臣は、各民間航空会社に対し、カットバック方式等の騒音軽減運航方式を実施するよう行政指導を行っている。
(二) ところで、昭和四二年八月三日施行された公害対策基本法は、各種の公害が国民の生活環境を脅かしている事態に対処するため、公害対策の総合的推進を図ることを目的として制定されたもので、公害発生源に対する直接の規制措置を定めたものではないが、規制措置の基本目標・指針とするため、大気汚染、水質汚濁、土壌の汚染及び騒音に関して、健康を保持し、生活環境も保全する上で維持することが望ましい環境基準を定めることを政府に対して要求している(同法九条)。ここにいう環境基準とは、いわゆる許容限度ないし受忍限度を示すものではなく、それより高度の、生活環境保全のために維持されることが望ましい基準を示すもので、具体的な公害対策を推進するに当っての行政上の基本的な目標・指針となるものである。
これを受けて被告は、昭和四六年五月二五日閣議決定により「騒音に係る環境基準」を、次いで昭和四八年一二月二七日環境庁告示をもって「航空機騒音に係る環境基準」を設定した。
(1) 「騒音に係る環境基準」は、夜間における睡眠障害、作業能率の低下、不快感をきたさないことを基本目標とし、地域類型別に昼間、朝夕、夜間の時間帯区分に応じた基準値(屋外における中央値)を定めたもので、特に静穏を要する地域では昼間四五ホン以下、朝夕四〇ホン以下、夜間三五ホン以下、主として住居の用に供される地域では右時間帯区分に応じて五〇ホン以下、四五ホン以下、四〇ホン以下、相当数の住居とあわせて商業・工業等の用に供される地域では六〇ホン以下、五五ホン以下、五〇ホン以下とされ、右のうち道路に面する地域(但し、特に静穏を要する地域及び主として住居の用に供される地域のうちで幅員5.5メートル以下の道路に面する地域を除く。)について、五ホンないし一〇ホンの範囲で緩和され、右道路に面する地域以外の地域では環境基準設定後直ちに、右道路に面する地域では、交通量の多い幹線道路に面し、基準の達成が著しく困難な地域を除き原則として設定後五年以内に目標を達成すべきものとされているが、右環境基準は航空機騒音、鉄道騒音及び建設作業騒音には適用しないものとされた。
(2) 「航空機騒音に係る環境基準」(以下単に「環境基準」という。)は、飛行場周辺地域のうち、専ら住居の用に供される地域(類型Ⅰ)においてはW値七〇以下、類型Ⅰ以外の地域であって通常の生活を保全する必要がある地域(類型Ⅱ)においてはW値七五以下を基準値と定め、飛行場の区分(空港整備法施行令)に応じて右基準値の達成期間を定めているが、既設飛行場のうち本件空港を除く第二種空港B(ターボジェット発動機を有する航空機が定期航空運送事業として離着陸する空港)及び新東京国際空港の周辺地域においては一〇年以内、新東京国際空港を除く第一種空港(東京国際空港及び大阪国際空港)及び本件空港の周辺地域においては一〇年を超える期間内に可及的速やかにそれぞれ達成されるべきものとされ、且つ環境基準の達成期間が五年を超える地域においては、中間改善目標として五年以内にW値を八五未満とし、八五以上となる地域においては屋内で六五以下とすること、達成期間が一〇年を超える地域においては、右五年以内に達成されるべき中間改善目標とともに、一〇年以内に七五未満とし、七五以上となる地域においては屋内で六〇以下とすることと定められた。
環境基準が以上の基準値を定めた理由は、聴力の損失など人の健康に係る障害を防止することはもとより、日常生活において睡眠妨害、会話妨害、不快感などをきたさないことを基本目標とするとともに、航空機の運行の公共性、国際性、航空機騒音を低減することの技術的困難性を考慮し、道路騒音等の一般騒音の中央値と比較した場合に、各種の生活妨害の訴え率からみてほぼ六〇ホンに相当し、一日の総騒音量でみると、連続騒音の七〇PNdBと等価であり、一般騒音のPNdBとdB(A)(ホン)との差及びパワー平均と中央値との差を考慮すると、ほぼ中央値の五五ホンに相当するW値七〇の値が採られたものである(なおW値七〇は、機数二〇〇機の場合NNI四〇に、二五機の場合NNI三五にほぼ相当する。)。
(3) なお、福岡県にあっては、昭和五八年一二月に原告ら(訴訟承継のあったものについては承継前の原告をいう。)の居住する本件空港周辺地域について、類型Ⅰ部分と類型Ⅱ部分とに指定する旨の告示(福岡県告示第二一七七号)がされ、右告示は、その後昭和六〇年三月(福岡県告示第四六七号)に改められたが、これによれば、右原告らの居住地域は、いずれも類型Ⅱに当る。
3(一) 民間空港における周辺対策についてみると、前記のとおり、昭和四二年に制定された航空機騒音防止法により、①学校、病院等の騒音防止工事の助成、②共同利用施設の助成、③運輸大臣が特定飛行場周辺において指定する区域内にある建物・竹木等を区域外に移転し、又は除却することにより生ずる通常の損失の補償(移転補償)及び右指定区域内の土地の買入れなどの制度的保障がなされた。そして、昭和四九年三月二七日同法の一部改正により、更に周辺対策の拡充強化が図られることになった。すなわち、従来の指定区域に替えて、航空機騒音の程度により、第一種ないし第三種区域を指定することとなり、第一種区域においては住宅防音工事の助成、第二種区域においては建物の移転又は除却に対する補償及び土地買入れ、第三種区域においては緑地帯その他の緩衝地帯の整備を行うことが定められ、また、第一種区域について新たに航空機の騒音による障害が発生することを防止し、又は航空機の騒音により生ずる障害を軽減し、生活環境の改善に資するための計画的な整備を促進する必要があると認められる空港を周辺整備空港として指定し、空港周辺整備計画を策定することとされ、更に右整備計画の実施主体としての空港周辺整備機構の設立等に関する規定が設けられた。
右規定に基づき、本件空港に関しては、昭和五一年六月二一日福岡県知事により福岡空港周辺整備計画が策定され、同年七月福岡空港周辺整備機構が設立されたが、昭和六〇年六月大阪国際空港周辺整備機構との統合により、同年九月新たに空港周辺整備機構が設立され、福岡空港事業本部が設置された。
(二) ところで、本件空港における航空機騒音防止法の規定に基づく区域指定の経過及び範囲については、次のとおりである。
① 昭和四九年八月三一日の告示
被告は、昭和四九年三月二七日法律第八号により改正された航空機騒音防止法八条の二、九条、九条の二の規定に基づき、本件空港に係る第一種区域(W値で八五以上の区域)、第二種区域(W値で九〇以上の区域)、第三種区域(W値で九五以上の区域)を指定し、公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律施行令(昭和四二年九月七日政令第二八四号、以下「施行令」という。)一三条の規定により、昭和四九年八月三一日、運輸省告示第三五五号をもって告示した。右第一種区域は被告準備書面引用図表第2図の紫色線で囲まれた部分であり、第二種区域は同図の緑色線で囲まれた部分であり、第三種区域は同図の茶色点線で囲まれた部分である。
なお、本件空港については、右改正後の航空機騒音防止法施行の際、右改正前の航空機騒音防止法九条一項の規定により指定されている区域(右図表第2図の黒色線で囲まれた部分である。)が現に存していたが、右区域は、航空機騒音防止法附則二条の規定によって、同法九条一項の規定により指定された区域(第二種区域)とみなされる。また、右改正前の航空機騒音防止法九条一項の規定により指定されている区域のうち、昭和四九年三月二七日政令第六八号による改正前の施行令七条の規定により定められている区域外の区域(右図表第2図の桃色点線で囲まれた部分である。)は、施行令附則二条の規定によって航空機騒音防止法九条の二第一項の規定により指定された区域(第三種区域)とみなされる。
② 昭和五二年四月二日の告示
被告は、その後の実測等による見直しを行い、昭和五二年四月二日航空機騒音防止法八条の二の規定に基づき、本件空港に係る第一種区域(W値で八五以上)を追加指定し、施行令一三条の規定により、昭和五二年四月二日、運輸省告示第一八四号をもって告示した。右第一種区域は、右図表第2図の朱色線で囲まれた部分である。
③ 昭和五四年七月一〇日の告示
被告は、更に周辺対策を拡大して実施するため、航空機騒音防止法八条の二、九条の二の規定に基づき、本件空港に係る第一種区域(昭和五四年七月一〇日運輸省令第三一号により、公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律施行規則(昭和四九年三月二七日運輸省令第六号、以下「施行規則」という。)一条二項所定のW値が「八五」から「八〇」に改正されたので、W値で八〇以上の区域となった。)、第二種区域(W値九〇以上の区域)の追加指定をし、施行令一三条の規定により、昭和五四年七月一〇日、運輸省告示第三九〇号をもって告示した。右第一種区域は右図表第2図の黄色線で囲まれた部分であり、第二種区域は同図の水色線で囲まれた部分である。
④ 昭和五七年三月三〇日の告示
被告は、更に周辺対策を拡大して実施するため、航空機騒音防止法八条の二の規定に基づき、本件空港に係る第一種区域(昭和五七年三月三〇日運輸省令第五号により、施行規則一条二項所定のW値が「八〇」から「七五」に改正されたので、W値で七五以上の区域となった。)の追加指定をし、施行令一三条の規定により、昭和五七年三月三〇日、運輸省告示第一六二号をもって告示した。右第一種区域は、右図表第2図の桃色線で囲まれた部分である。
以上の区域外指定は、施行令六条、施行規則一条所定の方法で算出されるW値により騒音コンターを基に、道路、河川等現地の状況を勘案して、基本的には直線によりなされているものである。
(三) なお、財団法人航空公害防止協会は、国営空港周辺における騒音等による被害の軽減等の諸対策の推進に寄与し、周辺住民の生活環境の改善を図り、航空交通の健全な発展を期することを目的として、昭和四三年八月一日設立されたものであるが、同協会は、本件空港にも事務所を設け、その目的の遂行のために、①航空公害の現状調査とその対策の研究、②航空公害防止のための施設、環境の整備、③テレビ・ラジオの受信障害防止等の対策、④航空公害に関する文献、資料の収集、統計、整理及び配布(同協会寄附行為四条)等の事業を行っている。
三音源対策
1 機材の改良
<証拠>を総合すれば、次のとおり認められる。
(一) 音源対策の中でも、機材の改良による措置は最も効果的な対策であるが、この方策は、国際的な協力が必要であることから、ICAOにおいて対策の検討が行われてきた(ICAOの開催した「空港周辺における航空機騒音特別会議」等)。
その結果、ICAOは、昭和四六年四月、その理事会において、国際民間航空条約第一六付属書を採択したが、同付属書は翌四七年一月から発効し、その結果として、「以後新たに製造される亜音速ジェット機については、一定の騒音以下でなければ国際的に飛行することができない。」とする、いわゆる「騒音証明制度」が義務付けられることになった。
これを受けて、我が国でも昭和五〇年七月一〇日に公布された航空法を一部改正する法律により、ICAOの騒音証明制度より更に厳しい基準の「騒音基準適合証明制度」が設けられた。右一部改正された航空法によれば、新たに製造される航空機についてはもとより(航空法二〇条、二〇条の二)、改造が可能な在来型機についても(同法二〇条、二〇条の三、同法施行規則三六条、四一条)、運輸大臣が騒音基準適合証明を行い、同証明を受けなければ航空の用に供してはならないこととなった。その後、昭和五三年八月に国際民間航空条約第一六付属書の改正により基準が強化されたのに伴い、我が国も同年八月二一日に航空法施行規則を改正し、同様に基準の強化を図った。
(二) ところで、航空機製造会社にあっては、国際的な騒音規制を見越して、以前から右の基準に適合する大型航空機(被告のいう低騒音大型航空機)を生産しつつある現状にあったので、被告は、国内航空会社に対する行政指導によって、昭和四八年頃(前記改正の施行前)から右低騒音大型航空機の積極的な導入を図り、もって航空機騒音を軽減する方策を進めてきた。また、昭和五〇年代の中頃からは新たに開発された中型の低騒音型機についても積極的な導入を指導してきた。このような方針に沿って、国内線には昭和四八年一〇月以降右低騒音型航空機を逐次就航させてきており、昭和六二年九月現在、日本の定期航空運送事業者が使用するジェット機中に占める同型機の割合は、被告準備書面引用図表第12表のとおり七七パーセントであり、騒音基準に適合する改造された機種も含めると九七パーセントになっている。これを航空会社別にみると、日本航空はボーイング七四七型五七機とマクドネル・ダグラスDC―一〇型一八機、ボーイング七六七型八機を、全日空はボーイング七四七型二一機とロッキードL―一〇一一型一一機、ボーイング七六七型二九機を、東亜国内航空はエアバスA―三〇〇型一一機とマクドネル・ダグラスDC―九―八一型一三機を、それぞれ導入している(右図表第13表参照)。
(三) これら低騒音型航空機の騒音は、我が国における騒音基準適合証明検査時の資料によれば本判決引用図表別表(三)のとおりであり、また、本件空港周辺における低騒音型航空機と在来型航空機との騒音レベルの比較は、被告準備書面引用図表第15表のとおりであって、在来型航空機に比較して騒音がかなり低減されている。また、これを騒音コンターの広がり面積でみると、右図表第5図及び同図表第6図に示すとおり、低騒音型航空機の騒音コンターの広がりはかなり小さくなっており、在来のマクドネル・ダグラスDC―八型機と比較すると、八〇dB(A)のコンターの全長は二分の一(ボーイング七四七型)ないし四分の一(ボーイング七六七型)に短縮され、また、八〇dB(A)以上となる面積は四分の一(ボーイング七四七型)ないし一〇分の一(ボーイング七六七型)に減少されている。
したがって、これら低騒音型航空機を多数導入して使用することにすれば、騒音を大幅に軽減することができるばかりでなく、一回の輸送量も在来型機に比べて大きい(在来型機で最大のダグラスDC―八―六一型は、最大乗客数二三四名であるのに対し、ボーイング七四七型機では同五三〇名、マクドネル・ダグラスDC―一〇型機では同三七〇名、ロッキードL―一〇一一では同三二六名、エアバスA―三〇〇型機では同二八一名、ボーイング七六七型機では同二七〇名)ので、その使用によってある程度の運航回数の抑制も図ることができ、相乗的な騒音低減効果を挙げることができる。
なお、前記低騒音型航空機のうち、エアバスA―三〇〇型機は昭和五六年三月に、ボーイング七六七型機は昭和五八年六月に初めて導入されたものであり、これは前記強化された基準(以下「新基準」という。)に適合するところのより低騒音の航空機である。また、エアバスA―三〇〇型機と同期間に導入されたマクドネル・ダグラスDC―九―八一型機も新基準に適合するものである。
(四) また、前記一部改正された航空法では、在来型機エンジンの改造困難な特定機種を指定し、それ以外の在来型機のエンジンは、一定の期間(昭和五三年三月三一日)を限って航空法施行規則三六条の規定する騒音基準に適合するように改造すべきものとした(航空法二〇条の二、二〇条の三、同法施行規則四一条)。
そして、在来型機のうち、ボーイング七二七型機、七三七型機のエンジンについては、低騒音改修(減音ナセル改修)が可能となったので、昭和四九年度から関係航空会社に対し、順次改修を行わせ、昭和五三年二月には全機について低騒音改修を終えている。
右在来型機エンジンの改修効果は、本判決引用図表別表(四)に示すとおりであり、改修後におけるこれら在来型機の騒音は、離陸ではおよそ二dB(A)、着陸ではおよそ六dB(A)程度低くなることになる。
(五) なお、更に被告は、改造することが困難であるマクドネル・ダグラスDC―八型機については、できるだけ早朝にその使用をやめるよう行政指導を行っており、これを使用している日本航空についていえば、昭和四八年当時の同型機の保有数が四五機であったものが、同六二年九月現在では六機となっている。また、この間昭和五八年末をもって同型機は国内線から退役し、現在では国際線及び特殊な不定期便のみに使用されている。
国際線の運航に使用されているDC―八型機等の取扱いについては、昭和五五年一〇月のICAOの第二三回総会において「昭和六三年一月一日より前には、騒音証明基準に適合しない外国籍の亜音速ジェット機の運航を禁止すべきでない。」旨の決議がなされていることに鑑み、これまで禁止措置を講じていなかったが、被告としては、昭和六三年一月一日以降は運航を禁止する方針で、昭和六一年四月二八日付でICAO、我が国に乗り入れを行っている国の政府及び内外の航空事業者にその旨を通知した。
これにより昭和六三年一月一日以降は我が国において原則的にDC―八型機の運航は行われないこととなる。
(六) 本件空港における低騒音型航空機の就航状況については、前記第三、一、4(第三期)(三)で認定したとおり、昭和五八年六月において改造機種を含め、騒音基準適合機の占める割合は相当高く、同六一年一一月に至り、殆どの航空機が右基準適合機となったということができる。
以上によれば、本件空港において音源対策としての機材改良による騒音軽減対策は、昭和四九年度から次第にその効果を挙げ始め、同五八年は相当程度の効果が現れ、同六一年一一月には右対策が殆ど浸透するに至り、かなりの程度に騒音被害軽減の役割を果たしているものと認められる。
2 運航方法の改良
<証拠>を総合すれば、次のとおり認められる。
(一) 運航方法の改良も騒音軽減の直接的効果をもたらし得るものであるが、前記機材の改良による騒音低減には既に技術的な限界が生じているとされるだけに、それは、一層重要な方策といい得る。
本件空港において、騒音軽減効果をもたらす運航方法として実施されているのは、前記第三、一、4(第三期)(五)で認定したとおり、離陸時における急上昇方式、カットバック方式及び優先飛行経路方式、着陸時におけるロウ・フラップ・アングル方式及びディレイド・フラップ方式であるので、以下、これらの方式について順次説明する。
(二) 急上昇方式及びカットバック方式
航空機の離着上昇の方法は離陸開始側の滑走路端から数十メートルの地点で離陸滑走を開始し、離陸して一定の高度に達した後、機首をやや下げ、エンジン出力は最大出力より少し絞った比較的高出力の状態で加速を行い、これにより速度を得た後再び機首を上げ、上昇に移るのが基本となっている。しかし、この方法は、高度が比較的低いところを高出力で飛行することとなるため、飛行経路下の騒音が高くならざるを得ない。そこで右の騒音を軽減するため、加速を行わず、高出力のまま、できるだけ早く上昇するのが「急上昇方式」であり、加速を押えるとともに、安全上の余裕を十分に保ち得る範囲で、エンジンの出力を最大出力の六〇~八〇パーセントまで絞って、ゆっくり上昇し、騒音の影響が少ない地域上空に達した後、再びエンジンの出力を上げて、加速上昇するのが「カット・バック方式」である。
急上昇方式及びカットバック方式は、航空機の型式によって上昇性能等が異なるため、一律に採用することはできないが、本件空港においては、昭和四三年六月からマクドネル・ダグラス式DC―八型機が急上昇方式を採用して以来、国内線運航の全機種が逐次同方式を採用し、その後ロッキード式L―一〇一一型機が同五二年六月から同方式を採用し、騒音軽減効果を挙げてきた。
また、運輸省航空局に設置された「騒音軽減運航方式推進委員会」では、更にカットバック方式の検討を進め、ボーイング式B―七二七型機について、昭和五二年一一月から本件空港において同方式を採用することを決定し、所要の訓練等を終了している機長の操縦する航空機から順次実施した(なお、ボーイング式B―七四七、ロッキード式L―一〇一一、マクドネル・ダグラス式DC―一〇及びDC―八型機は、エンジンの推力を下げても騒音がそれほど低くならないため、カットバック方式よりも急上昇方式の方が騒音軽減効果が大きいので、従来の急上昇方式を続けることとした。)。
右カットバック方式は、減音ナセル改修されたボーイング七二七、同七三七型機には最適の離陸方式とされているところ、被告準備書面引用図表第11図の1は、ボーイング七二七型機の場合を例として、急上昇方式及びカットバック方式の騒音軽減効果を示したものであるが、同図によれば、通常方式に比べて、離陸滑走開始点から四キロメートルを少し超えたところ(離陸終了側の滑走路端からは、ほぼ1.5~2キロメートルの地域)から騒音軽減効果が現れ、カットバック方式ではおおむね九dB(A)程度、急上昇方式ではおおむね五dB(A)程度それぞれ軽減することができる。
(三) 優先飛行経路方式
航空機の離着陸に際して、人家がないか、又は人家の少ない経路を選んで飛行させる方式であるが、本件空港においては、南側(滑走路16方向)に離陸する場合、出発機は、左前方の乙金山、大城山をはじめとする丘陵地帯を避けるため、離陸後すぐに右の方へコースを変える方法を採っていた。しかし、この方法では、空港周辺の人家の直上空を飛行することとなり、騒音被害が大きくなるため、昭和五一年一〇月七日から計器出発方式を改訂して、滑走路末端から一マイル直進した後に右にコースを変えることとし、騒音軽減(見上、隅田地区上空の飛行回避)を図っている。
(四) ロウ・フラップ・アングル方式及びディレイド・フラップ方式
航空機は、着陸に際して、飛行速度を下げるとともに、フラップ(下げ翼)を出して揚力を保持することとしているが、そのフラップによって空気抵抗も増加し降下角度が大きくなりすぎるため、エンジンの出力を上げ三度の降下角で進入し、着陸側の滑走路端からほぼ三〇〇メートルの地点に着陸することになっている。通常の方式では、着陸滑走距離をできるだけ短くするために、フラップを一杯に出して飛行速度を抑えることになるが、この場合には出力を上げるためのエンジン騒音が進入直下の人家に影響を及ぼすこととなる。この対策として、フラップを最大角まで下げず浅い角度で止めることにより着陸するのが「ロウ・フラップ・アングル方式」、フラップ及び脚を出す操作をできる限り遅くするのが「ディレイド・フラップ方式」であって、それぞれエンジンの出力を更に絞った状態で進入・着陸するようにして騒音の軽減を図るというものであり、現在では殆どの航空機が両方式を併用している。これらの方式の併用による騒音軽減の効果をボーイング七二七型機の場合でみると、被告準備書面引用図表第10図のとおり、進入直下で八〇dB(A)となる着地点からの距離は、通常方式では約一三キロメートルであるのに対して約八キロメートルと相当縮小される結果となる。
本件空港においては、昭和四九年九月からボーイング式B―七二七型機がディレイド・フラップ方式を採用して以来、逐次各機種がその特性に応じた方式を実施してきているところであるが、通常北側の海域から進入して着陸する方法が採られており、この場合ディレイド・フラップ方式による騒音軽減効果は陸域には及ばないため、AIRACNOTAM(<証拠>)では、ロウ・フラップ・アングル方式を採用するようになっている。
被告準備書面引用図表第11図の2に基づいて、ロウ・フラップ・アングル方式の騒音軽減効果をボーイング七二七型機についてみると、同方式によれば、通常の方式に比べて、着陸側の滑走路端の手前おおよそ一三キロメートル付近の飛行経路下から軽減効果が現れ、以後滑走路端の手前約一キロメートル付近の地点までおおむね二ないし三dB(A)程度軽減することができる。
なお、ロウ・フラップ・アングル方式とディレイド・フラップ方式とを併用した場合には、着陸地点から五ないし六キロメートル以遠において、通常方式に比べておおむね五dB(A)程度軽減されることになるが、本件空港では、前記のように、通常北側から進入して着陸することになっているので、この場合には当該領域は海域に当り、したがって、ディレイド・フラップ方式による騒音軽減効果は陸域では得られないことになる。もっとも、航空会社においては、他の空港ではロウ・フラップ・アングル方式とディレイド・フラップ方式とを併用している関係から、本件空港においても、実態としては、殆どの場合ディレイド・フラップ方式との併用が行われている。
以上によれば、本件空港において、運航方法の改良による騒音軽減対策は、おおむね昭和五二年頃から次第にその効果が現れ始め、騒音軽減運航方式が一定程度騒音被害軽減に役立っているものと認められる。
四周辺対策
1 米軍が管理、運営していた期間の周辺対策
<証拠>によれば、前記のとおり、本件空港は、昭和四七年三月三一日まで米軍の管理・運営下にあったが、その間被告(防衛施設庁)は、昭和二九年から行政措置として学校の防音工事に着手して以来、その対象を学校以外の公共施設に広げるとともに、テレビ受信料半額免除の助成、本件地域から移転を希望する者に対する移転補償等の施策を行った。
すなわち、昭和二九年度から本件空港が我が国に返還された昭和四六年度までの間に、学校四九、幼稚園・保育所二、病院四について防音工事を行い、そのために国の支出した予算は四四億五六〇〇万円である(被告準備書面引用図表第21表及び第22表参照)。また、一定程度以上の騒音を被る地域内に居住する者のうち他地域への移転を希望する者に対しては、土地、建物を買い取る等の措置を行った。国が買い取った建物は三二戸、土地は五万六六八三平方メートルであり、それに要した費用は二億八〇〇〇万円である(右図表第23表参照)。更に、ジェット戦闘機の飛行によりテレビの視聴に障害が発生したものについては、昭和四五年度に七六一七件、七五六万三〇〇〇円、昭和四六年度に七九八四件、八四九万六〇〇〇円、合計一万五六〇一件、一六〇五万九〇〇〇円のテレビ受信料の助成を行っている。
2 公共用飛行場として供用開始後における周辺対策
(一) 教育施設等の防音工事
<証拠>によれば、次のとおり認められる。
被告は、本件空港周辺において、昭和四七年度から航空機騒音防止法五条の規定に基づき、学校等の防音工事の助成を実施してきている。昭和六二年三月現在、小、中学校について防音工事を実施したものは五四校で補助金として約一〇四億二〇〇〇万円、高等学校について実施したものは二校で補助金として約一〇億四〇〇〇万円、幼稚園及び保育園について実施したものは三一施設で補助金として一二億九〇〇〇万円、病院については四施設で補助金として四億三〇〇〇万円を各支出しており、そのほかに特別養護老人ホーム一施設に六七〇〇万円、合計九二施設、約一三二億五四〇〇万円を支出している(被告準備書面引用図表第25表参照)。
右防音工事は、室内の騒音を三〇dB(A)以上軽減し、また、屋内環境を良好に維持するために換気除湿(冷房)、温度保持(暖房)工事をも同時に行うものである。
これら工事に要する費用は、木造の施設を鉄筋コンクリートに建て替えて実施する防音工事(改築工事)のように、工事により当該施設の耐用年数が大幅に延長するなど事業者を利する部分が存する場合を除き、被告が全額負担している。
しかして、学校の防音工事の減音効果について一例を挙げれば、本判決引用図表別表(一七)の番号1(筥松小学校)のとおりであり、屋外と防音教室内とのレベル差は、窓を閉鎖した状態で33.5及び37.5dB(A)であり、開放した状態で17.5ないし20.5dB(A)である。
以上によれば、被告は、学校等の防音工事については、特段の努力をしてきており、防音工事の減音効果も相当高いものと認められる(もっとも、学校等においては、健康上も、また重苦しい気分から逃れるためにも、時には窓を開放して授業を行わざるを得ないこともあるので、このような場合には、防音工事の減音効果は及ばない。)。
(二) 住宅防音工事の助成
<証拠>を総合すれば、以下のとおり認められる。
(1) 住宅防音工事の助成措置の根拠は、航空機騒音防止法八条の二に規定されており、これによれば、運輸大臣が指定した第一種区域内に、その指定の際に存する住宅を対象とし、所有者のほか借家人・借間人なども助成を受け得ることとされている。
(2) 補助金交付の対象となる住宅防音工事の規模については、当初の一世帯一室から、昭和五〇年度には五人以上の家族構成で六五歳以上の者、三歳未満の者、心身障害者又は長期療養者が同居する世帯については二室、五四年度からは、いわゆる全室防音工事(家族数プラス一室、最高五室)まで、その対象範囲が拡大された。
(3) 住宅防音工事の概要は、開口部の遮音工事、外壁又は内壁及び室内天井面の遮音工事並びに冷暖房機及び換気扇を取り付ける空気調和工事であるが、その標準的な工法は木造系と鉄筋コンクリート造系に大別し、それぞれをA工法、B工法とC工法に区分しており、A工法はW値九〇以上の区域に所在する住宅について施す工法で三〇dB(A)以上の、B工法はW値八〇以上九〇未満の区域に所在する住宅について施す工法で二五dB(A)以上の、C工法はW値七五以上八〇未満の区域に所在する住宅について施す工法で二〇dB(A)以上の計画防音量をそれぞれ目標としている。
木造系の住宅について、住宅防音工事の標準仕様をみると、次のとおりとされている。
(イ) 壁については、A工法及びB工法では防音壁に改造するが、工法的には外壁工法及び内壁工法の二つがある。外壁工法による場合、壁にはモルタル、シックイ、プラスター塗等のような湿式の場合と、下見板、羽目板張等のような乾式の場合があるが、いずれも在来仕上げを撤去し、壁銅縁を組み、その間に吸音材を充填し、その上に湿式の場合は左官壁下地材を施した上にモルタル、シックイ、プラスター塗り等の仕上げ(厚さ二〇ミリメートル)を施し、乾式の場合は下地板(厚さ九ミリメートル)の上に外装遮音板で仕上げることとしている。なお、A工法においては軟質遮音シート張りを付加し、更に防音効果を高めている。内装工法においても、繊維、プラスター、シックイ塗等の湿式による工法と、化粧合板、壁紙張等の乾式による工法があるが、いずれの場合も、在来仕上げを撤去して吸音材を充填し、その上に湿式工法の場合はラスボードを張り付け、更に繊維、プラスター、シックイ塗等の左官仕上材を施し、乾式の場合は平石膏ポード(厚さ九ミリメートル)を張り付け、仕上材として化粧合板、壁紙張等の内壁仕上材を施すこととしている。なお、A工法については外壁工法の場合と同様である。これらに対し、C工法の壁については、原則として在来のままとするが、著しく防音上有害な亀裂、透き間等がある場合は、同一仕上材等で補修することとしている。なお、遮音区画となる間仕切壁についても、天井取合い部分及び防音上有害な亀裂や、透き間のある部分等は、同一仕上材で補修することとしている。
(ロ) 屋根については在来のままで特に手を付けないこととしているが、B工法の天井については、在来の天井を撤去し、野縁等の天井下地材を新設し、これに平石膏ボード(厚さ九ミリメートル)を打ち上げ、その下に野縁を組み、これに吸音材を充填し、更に化粧石膏ボード(厚さ九ミリメートル)を打ち上げることとしている。なお、A工法においては、B工法の平石膏ボードに代えて鉛板張り石膏ボード(厚さ9.3ミリメートル)を張り付けている。C工法の天井については、原則として在来のままとするが、著しく防音上有害な亀裂、透き間等がある場合、又は在来に天井がない場合は、有効な遮音工事を施すものとしている。
(ハ) 床については、各工法とも原則として在来のままであるが、著しく防音上有害な透き間等がある場合には、化粧合板(厚さ一二ミリメートル)を張ることとしている。
(ニ) 開口部(窓等)については、屋外に面する開口部においては、在来の木製建具又はアルミ製建具等を撤去し、厚さ五ミリメートル以上のガラスをはめ、枠と可動障子の間はゴム又は植毛ゴムのパッキングを使用して、更に引付け装置(グレモン等と呼ばれる。)によって気密性を保持できる機能を有するアルミニウム合金製気密建具(防音サッシ)を取り付ける。
(ホ) また、屋内において遮音区画となる部分のドア等の木製建具についても、在来の建具を撤去して新たに吸音材を充填した防音建具と交換し、建具の柱当り部分や召合せ部分には、植毛ゴムパッキングを使用して気密性を保持させることとしている。
(ヘ) 更に、各工法とも気密化している防音工事済みの居室の環境を良好に保持するための有効な換気設備及び冷暖房設備を設置している。
(4) 住宅防音工事に対する補助の割合は、防音工事の工法、家屋構造、室数に応じた定額(但し、一定の補助限度額を設けており、定額内の工事に対しては一〇分の一〇、定額を超え限度額以内の工事に対しては定額と、定額を超える部分の二分の一の合計額となる。)、更に、定額を超えて限度額以内の工事に対しては定額を超える部分の二分の一を地方公共団体が負担することとしており、これを合わせた補助額は、殆どの場合工事費全額であって、個人負担を生じたケースはごくわずかである。
(5) 本件空港周辺における住宅防音工事の助成は昭和五〇年度から着手され、同六一年度までの実績は、被告準備書面引用図表第28表のとおりであり、合計三万二五五二世帯、助成額総額七九一億一一九四万円である。
右住宅防音工事の実施状況については、昭和五八年一一月末日の時点では、実施率59.0パーセント、申請世帯に対する実施率61.6パーセントであり、それほど進捗していなかったが、昭和六二年三月三一日の時点では、実施率90.6パーセント、申請世帯に対する実施率98.6パーセントに達したとされる(被告準備書面引用図表第27表参照)。
なお、原告らに対する住宅防音工事の実施状況は、周辺対策実施状況一覧表記載のとおりである。
(6) 住宅防音工事の減音効果についてみるに、当裁判所が実施した検証(第一、二回)の際における航空機騒音の屋内と屋外とのレベル差は、本判決引用図表別表(一七)、(一八)記載のとおりである。右各表によれば、A工法による防音工事を実施した原告森栄介宅(別表(一七)の番号2)、原告宮本重夫宅(同表の番号4)、原告吉原靖禮宅(同表の番号5)においては、窓を閉鎖した状態で21.0ないし27.5dB(A)(平均値23.3dB(A))、窓を開放した状態で9.0ないし12.5dB(A)(但し、単発小型機等を除く。平均値11.1dB(A))であり、計画防音量に達していない。B工法による防音工事を実施した死亡原告江藤徹宅(別表(一八)の番号1)、訴外山口芳久宅(同表の番号3)、原告佐々木秀隆宅(同表の番号4)においては、窓を閉鎖した状態で22.5ないし31.0dB(A)(平均値25.6dB(A))、窓を開放した状態で11.5ないし19.0dB(A)(平均値16.0dB(A))であり、計画防音量に達している。なお、C工法を実施した原告尾谷信行宅では、道路騒音が高いため、航空機騒音の測定ができなかった。
ところで、みなし第二種区域内に存する原告野原君子宅(別表(一七)の番号3)においては、防音工事が実施されていなかったが、窓を閉鎖した状態で26.0dB(A)、窓を開放した状態で9.5ないし17.5dB(A)(平均値14.3dB(A))のレベル差があり、この測定結果は、家屋の構造自体による遮音効果が相当程度寄与していることを窺わせるものである。
以上にみたところによれば、住宅防音工事の実施により一定程度の減音効果が見込まれるところ、昭和五八年一一月の時点では、必ずしもその実施状況は進捗していなかったが、昭和六二年三月末日の時点では、原告ら周辺住民のほぼ全世帯についてこれが完了されたといい得る。
しかしながら、日中における通常人の生活は、防音室内に常時在室している訳ではなく、他の非防音室ないし外部への出入り等が頻繁に繰り返されるものであるし、防音工事を実施したとしても、空調装置等の作動による電気料金等の経済的負担が重くなるうえ、また健康上も常時室内を閉め切る訳にはいかないであろう。更に、原告らのうち、早期に防音工事を実施した者はなお一室ないし二室防音にとどまるものが多く、全室防音には程遠い現状である。これらの事実に照らせば、被告の主張する住宅防音工事の実施は、原告らの被る航空機騒音による損害を全面的に解消させるほどのものと認めることはできない。
(三) 移転補償等
<証拠>を総合すれば、以下のとおり認められる。
(1) 航空機騒音防止法九条の規定に基づく、空港周辺の第二種区域内に所在する建物等の所有者が当該建物等を同区域以外の地域に移転する場合の補償及び同区域内に所在する土地の所有者の買入れ申出に対する当該土地の買入れについては、右対象者の自由意思に基づくものではあるが、周辺対策上最も効果的な施策であり、被告は、昭和四九年度以来右事業を行ってきている。また、被告(周辺整備機構)は、航空機騒音防止法四四条四号の規定に基づき、移転者のための代替地の造成、譲渡を行っている。
(2) この移転補償に支払われる金額は、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和三七年六月二九日閣議決定)」に基づき、買収の対象となる土地、建物を近傍類似の価格を基準とし、適正且つ衡平に評価して算定されることになっているが、移転補償を受ける者に対しては、税制面において次のような優遇措置が講じられている。すなわち、移転補償者に対する居住用資産の譲渡についての特別控除(控除額は昭和六二年度で三〇〇〇万円。租税特別措置法三五条)及び移転補償制度により土地を譲渡した場合の譲渡所得の特別控除(控除額は、昭和六二年度で二〇〇〇万円、租税特別措置法三四条)が認められるほか、昭和五七年度からは、移転補償を受けて代替の居住資産を買い換える場合には、長期譲渡所得について課税の繰延べの特例が認められることとなった(租税特別措置法三六条の二)。
(3) 被告が昭和六一年度までに本件空港周辺において実施した移転補償の実績は、被告準備書面引用図表第30表記載のとおりであり、合計一五七四件、補償金総額三九二億一五九七万五〇〇〇円であり、また、空港周辺整備機構が昭和六一年三月までに実施した代替地造成事業は右図表第29表記載のとおり、合計一六八区画、九万八一七二平方メートル、総事業費四六億九〇〇〇万円である。
なお、原告らのうちで、これまでに移転補償を受け移転した者は、周辺対策実施状況一覧表記載のとおり、第一次訴訟原告一一世帯三七名(第一次訴訟訴状記載の原告番号1、2、3、10、11、12、13、14、15、16、21、22、23、34、35、36、37、38、39、40、41、42、46、47、48、49、50、51、52、53、54、55、70、71、358、359、360)である。
以上によれば、移転補償は、航空機騒音被害から免れるには最も効果的な方策であるが、同対策は、必ずしもその進展をみていないといわざるを得ない。その理由として、前記のように移転補償金は「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」に基づいて算定されるところ、同要綱は、近傍類似の価格を基準とするが、移転対象区域の地価は、福岡市周辺地域において比較的廉価であるため、移転補償金が低くならざるを得ないところにその一因があると考えられる。
(四) テレビ受信障害対策等
<証拠>を総合すれば、以下のとおり認められる。
(1) テレビ受信料の助成
テレビ受信料助成は、航空機の騒音等によりテレビの視聴が妨げられることがあるため、航空機の航行により影響を受けるテレビ受信契約者の受信料の負担を軽減するものであるが、前記航空公害防止協会は、昭和四三年一〇月、日本放送協会(以下「NHK」という。)との間に「受信障害防止助成金の交付事務等に関する覚書」をもって、東京国際空港及び大阪国際空港(昭和四七年六月から本件空港が追加された。)周辺のテレビ視聴者のうち助成対象区域のテレビ受信契約者が、NHKに支払うべき受信料中一定割合による金額を、協会が受信障害防止助成金として負担する旨の協定を締結した。
右協会は、昭和四三年度から同四六年度までは、空港を利用する航空会社等から一定額を納付させ、その資金により、空港周辺のテレビ受信契約者の受信料の一定割合を住民に対して助成してきたが、同四七年度以降はこのために必要な経費を被告と関係地方公共団体とで負担することとし、被告は協会が負担する額の半額を、また関係地方公共団体は、被告と同割合による額を支出し、その後、被告の負担額割合は、昭和五〇年度は九〇パーセント、同五一年度には九五パーセントに改められた。
助成の対象となる地域は、航空機の飛行によってテレビ受信につき、音響及び映像に影響を及ぼされる地域であり、受信障害に対する補償的措置として、テレビ受信料の二分の一又は四分の一を助成することとしている。
本件空港周辺においては、福岡市、春日市、大野城市、志免町、粕屋町の中の前記該当地域が助成対象となり、国費により助成が行われるようになった昭和四七年度においては、年度末の対象世帯数三万三六〇〇世帯、同年度補助金支出額は、二九九二万円であったが、同六一年度においては、被告準備書面引用図表第19表のとおり、二分の一助成の件数四万七八二九世帯(累計二一万七三一三世帯)、四分の一助成の件数一万三〇七三世帯(累計一二万二九一一世帯)、同年度補助金支出額は、二億九二四九万円(累計一四億九一四七万円)となっている。
テレビ受信料助成の原告らに対する実施状況については、周辺対策実施状況一覧表のとおりである。
(2) テレビ音量調節器等の無償取付け
航空公害防止協会は、航空機による電波障害を受けている一般世帯に対して、フラッター防止アンテナの無償取付けを行うほか受信障害軽減のための修理等を行っており、また、航空機の騒音が大きくなるにつれてテレビの音量も大きくなる音量調節器(自動式手動式の二種類がある)の取付けを希望する者に対しては無料取付けを行っており、本件空港周辺における右対策の昭和六二年三月までにおける実績をみると、被告準備書面引用図表第19表のとおり、フラッター防止アンテナの取付け八一一二本、テレビ音量調節器の取付け三万四四二九台となっている。
なお、原告らに対する右実施状況は、前記一覧表のとおりである。
(3) 騒音用電話機の無償取付け
航空公害防止協会は、航空機騒音により、電話による通話の障害を除去するため、特殊装置を有する電話機を無償で取り付けることとしており、本件空港周辺においては、被告準備書面引用図表第19表のとおり、昭和六二年三月までに三四三五台を取り付けている。
なお、原告らに対する右実施状況は、前記一覧表のとおりである。
以上によれば、これらの対策により、ある程度テレビの視聴及び電話による通話障害が改善されたと認められるが、いまだ完全な障害防止策となっているとは考え難い。
(五) なお、被告は、その他の周辺対策として、共同利用施設等整備の助成、緩衝緑地造成、周辺環境基盤施設整備を挙げているが、これらは、空港周辺住民の被っている前記生活妨害等に対する救済策として、直接的な効果をもたらすものとは考えられない。
第六違法性(受忍限度)
一被告による本件空港の供用行為が原告ら周辺住民に対し、損害賠償をもって法律上の救済を与えるのを相当ならしめるほどに違法な権利侵害となるか否かを判断するに当っては、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性の内容と程度、被害の防止又は軽減のため加害者が講じた措置の内容・程度等の諸事情の総合的な考察が必要であるところ、これを被害者側からみれば、本件のように、侵害行為が日常の生活をめぐる人格権に対する妨害である場合には、社会生活上受忍するのが相当と認められる限度を超えるものであるか否かによって決せられるというべきである。
二右の諸事情については、公共性の点を除き、第三ないし第五において、既に詳細に認定検討したとおりであるが、具体的な受忍限度を定めるに当り、これらをもう一度まとめてみると、次のとおりである。
1 本件において、侵害行為の主体をなすと考えられる航空機、特にジェット機の飛行騒音については、その音量は、現在就航している民間航空機についてみても、騒音レベルは一〇〇EPNdB前後と、実に強大であり、しかも高音であるため、広範な空港周辺住民にとって極めて不快に感じられ、日常生活上様々な弊害をもたらす。右不快感や日常生活の妨害は、航空機騒音の発生回数、発生時間帯にも関係するが、本件空港においては、昭和四六年頃以降、民間航空機の離発着回数は一日一五〇回から二〇〇回近くに及んでおり、原告らは、一様にこれが耐え難い旨訴えている。航空機騒音による日常生活の妨害の現れ方は個々様々であるが、おおむね聴取妨害、知的作業妨害、睡眠妨害、心理的被害という点において共通しており、各種アンケート調査の結果によれば、NNI四〇台ともなれば、右被害は相当深刻なものになるといい得る。騒音が及ぼす影響は、右のような精神的・心理的なものがその中心をなしており、健康状態や騒音に対する馴れ等諸々の条件によって複雑に修飾され、しかも右各被害は相互に影響し合うものである。
次に、騒音の身体に及ぼす影響については、職場騒音による難聴の危険が存することは早くから知られているが、航空機騒音は、職場騒音と異なり、その発生が間欠的であるという特色を有するため、これが聴力に及ぼす悪影響は若干減弱されるものと考えられており、航空機騒音と難聴との因果関係を直ちに認定することは困難であるといわざるを得ない。しかしながら、航空機騒音についても、少なくとも九九ホン以上であれば、聴力に対し、何らかの悪影響を及ぼすことは実証されている。
また、騒音が、呼吸器、循環器、消化器、血液、副腎皮質ホルモンの分泌等に多少の影響を及ぼすことが各種実験で明らかになっているが、騒音がこれら聴力以外の健康面に及ぼす悪影響については、いずれも現段階では仮説にとどまっており、これを明確に根拠づける科学的データは見当らない。
2 本件空港における航空機騒音の発生状況を時期別にみると、昭和二五年六月から同二八年七月までの朝鮮動乱継続中は、本件空港は米軍の第一線基地となり、また、この頃既にジェット戦闘機も配置されていたため、航空機騒音による周辺住民の被害は甚大なものがあった。右動乱終結後も昭和四三年八月頃まで、米軍により相次いでジェット戦闘機等の配置、増強がなされ、程度の差はあるものの、激甚な騒音被害を及ぼしていた。しかし、その後は板付基地の予備基地化により米軍ジェット戦闘機等による騒音は鎮静化し、これに替わり、昭和三〇年代後半に民間航空路線にジェット機が導入されて以来、民間航空機の発着回数は着実に増加の一途を辿ったため、民間航空機騒音による被害が著しくなり、昭和四三年八月頃にはかつての米軍機によるそれに匹敵するほどとなり、同四六年頃には極めて激甚なものとなり、同五三、四年頃に民間航空機騒音量は最大となった。しかし、その後発着回数にさほどの変化はないものの、機材の改良等の騒音対策が進展したため、昭和五八年頃には航空機騒音被害は相当程度軽減され、現在に至っている。
3 被告による騒音対策については、昭和四七年七月に採用された航空機騒音基準適合証明制度による機材改良及び騒音軽減運航方式を中心とする音源対策が、昭和五二、三年頃からかなりの騒音軽減効果を挙げ、航空機騒音の影響を受ける地域をかなり縮少することに成功した。また、周辺対策についてみると、昭和五〇年度より助成額合計約七九一億一二〇〇万円を投じてなされた住宅防音工事、昭和四九年度以来補償金総額約三九二億一六〇〇万円を投じてなされた移転補償並びにテレビ受信障害対策等の周辺対策の実施により、騒音被害の完全な解消には至らないものの、ある程度右被害が軽減されてきている。
三次に、本件空港の公共性についてみると、被告によって主張されている公共性ないし公益上の必要性の内容は、第一に、航空機による迅速な公共輸送の必要性であり、第二に、米軍及び自衛隊の使用する防衛施設としての公共性である。先ず、右第一の点については、現代社会、特にその経済活動の分野における行動の迅速性へのますます増大する要求に照らして、それが公共的重要性を持つものであることは自明であり、本件空港が国内・国際航空路線上に占める地位からして、その供用に対する公共的要請が相当高度のものであることも明らかである。また第二の点については、戦時の場合には防衛上の公共性が極めて高くなることも確かである。
しかし、本件空港の供用によりもたらされる便益は、通常の場合、国民の日常生活の維持存続に不可欠な役務の提供のように絶対的優先順位を主張し得るものとは必ずしもいえない。のみならず、右供用によって被害を受ける地域住民はかなりの多数にのぼり、その被害内容も広範且つ重大なものであり、しかもこれら住民が空港の存在によって受ける利益とこれによって被る損害との間には、後者が増大すれば必然的に前者も増大するという彼此相補の関係も成り立たず、前記の公共的利益の実現は、原告ら周辺住民という限られた一部少数者の特別の犠牲の上でのみ可能であって、無視することのできない不公平が存することを否定できない。
したがって、前記公共性は、受忍限度をある程度高めはするが、これがあるからといって、本件侵害行為の違法性がなくなるということにはならないというべきである。
四1 以上に基づき、本件における航空機騒音の受忍限度の基準値を定めることとするが、航空機騒音の評価法については、前記第三、一1のとおり、これまで種々のものが考案されているところ、騒音レベル、発生頻度、昼夜間における影響度の差異など複雑な要素を総合考慮して一日の総騒音量を数値で示すWECPNL方式が最も客観的であり、信頼できるものといえよう。現に、同方式は、ICAOによって国際騒音基準単位として採択されたものであり、我が国においても公害対策基本法に基づく航空機騒音の環境基準や、航空機騒音防止法に基づく区域指定の基準値算出法として用いられているのであって、これらの事実からしても、同方式に基づいて右受忍限度の基準値を定めるのが最も有用且つ相当であると考えられる。
2 そこで、具体的に右基準値を定めることとするが、それには、先ず、前記昭和四八年に設定された「航空機騒音に係る環境基準」が、類型Ⅰの地域(専ら住居の用に供される地域)においてはW値七〇以下、類型Ⅱの地域(Ⅰ以外の地域であって通常の生活を保全する必要がある地域。承継前の原告らはすべてこの地域に居住していた。)においてはW値七五以下を達成目標としての基準値と定めていることが十分考慮されなければならない。前記のとおり、右基準は、生活環境保全のために維持されることが望ましい基準を示すものであり、公害対策を推進するに当っての行政上の基本的な目標・指針となるものであるが、被告自らが慎重なる考慮に基づき、達成可能なものとしてこれを定めた以上は、十分に尊重されるべき基準値であるといわなければならない。しかも、右基準値については、達成期間が定められており、本件空港においては、一〇年を超える期間内に可及的速やかに達成されるべきものとされ、中間改善目標として五年以内にW値八五未満とし、W値八五以上となる地域においては屋内でW値六五以下とすること、また一〇年以内にW値七五未満とし、W値七五以上となる地域においては屋内でW値六〇以下とすることと定められているが、右環境基準が設定されてから今日まで約一四年間が経過し、中間改善目標期間はもちろんのこと、達成期間も到来したといって差支えないことを看過する訳にはいかない。
また、航空機騒音防止法も、防音工事助成措置の必要な第一種区域を本件空港周辺において指定しているが、その基準となるW値は、当初八五であったが、その後八〇に改正され、更に七五に改正されている。右の指定は、被告自らが「航空機の騒音による障害が著しいと認め」(同法八条の二)た結果、防音工事等諸種の騒音対策の現実の実施のためになしたものであるから、このことも十分考慮されるべきである。
3 以上種々検討したところによれば、前記本件空港の公共性を加味したとしても、本件空港周辺において、W値七五以上の区域(航空機騒音防止法の規定に基づく現行の第一ないし第三種区域)内に居住し、又は居住していた原告らについては、航空機騒音による被害は受忍限度を超えていると認められ、右原告らに対する侵害行為は違法性を帯びると認めるのが相当である。
なお、被告は、地域性、先(後)住性及び危険への接近の法理に基づき、本件空港周辺において、航空機騒音により居住環境が悪化した後に入居した原告らについては、入居時点において一般的に予測し得る範囲の騒音については受忍すべきであると主張するが、後記のとおり、右法理の適用により、過失相殺に準じ、損害賠償額の減額事由とすべきであるとはいい得ても、これにより違法性が阻却されることはないと解するのが相当である。
第七地域性及び危険への接近
一被告は、本件空港周辺地域は、昭和二〇年五月の旧日本陸軍による飛行場開設により、軍用飛行場が維持・運営される地域としての特殊性が形成され、そのような地域として社会的承認を得たので、その後居住を開始した原告らについては、本件空港の供用による障害があったとしても、地域性、先(後)住性、危険への接近の法理により、損害賠償請求をすることは許されず、仮に右時点を基準として区分することができないとしても、昭和二七年四月に行政協定に基づいて本件空港が米国に提供された時点において、本件空港の軍用飛行場又は民間空港としての今日の発展、拡張の形態は十分予測可能であったというべきであるから、遅くとも右時点以降に居住を開始した原告らについては、前記法理により、損害賠償請求をすることは許されないと主張する。
被告の右主張が、原告らの被害の容認を意味するものであるならば、被害者の承諾として違法性を阻却するといえるが、本件において右のような被害の容認を認めるに足りる証拠はない。すなわち、被告の主張するように、本件空港は、昭和二〇年五月に旧日本陸軍により開設され、その後、同年一一月に米軍の維持・管理する軍用飛行場として、更に同四七年四月からは民間空港として発展してきたものであるが、その間本件空港から発せられる騒音の度合については、前記のとおり変動があり、昭和四〇年代の初め頃には一時減弱した時期があったと認められるから、原告らが遅くとも昭和二七年四月以降本件空港周辺地域に居住を開始したことの一事をもって、一般的に右騒音による被害を容認していたものと認めることはできない。
二しかしながら、原告らが激甚な航空機騒音の被害を容認しないとしても、その存在について認識を有しながら、又は過失によりこれを認識しないで居住を開始したものである場合においては、危険への接近の法理を適用すべきであると考えられるが、具体的には、損害賠償額の算定に当り衡平の原則上過失相殺に準じ、これを減額事由として考慮するのが相当である。
しかるところ、後記第九、二1のとおり、本件空港が米軍によって管理・運営されていた当時においては、昭和三〇年六月に「板付基地移転促進協議会」が結成されるなど、反対運動が盛んであったが、その後米軍機による航空機騒音そのものは、同基地の予備基地化により次第に鎮静化していき、これに替り、民間航空機による騒音被害が恒常的に激甚なものとなったのは昭和四六年頃に至ってからのことであり、その後昭和四九年頃から本件空港周辺地域の騒音問題が新聞報道等で取り上げられるようになったのであるから、昭和五一年三月三〇日の本件第一次訴訟の提起後間もなく、右騒音問題が広く一般市民に周知されることになったものと認めるのが相当である。右事実からすれば、少なくとも昭和五二年一月一日以降本件空港周辺地域のうち受忍限度を超える被害を受ける前記地域に転入した者は、特別の事情の認められない限り、前記のような騒音公害発生の事実を認識していたか、又は認識していなかったとしてもその点について過失があると認めるのが相当である。
第八将来の損害賠償の請求に係る訴えの適法性の有無
民訴法二二六条は、あらかじめ請求する必要があることを条件として将来の給付の訴えを許容しているが、同条は、およそ将来に生ずる可能性のある給付請求権のすべてについて前記の要件のもとに将来の給付の訴えを認めたものではなく、いわゆる期限付請求権や条件付請求権のように、既に権利発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係が存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証することを要しないか又は容易に立証し得る別の一定の事実の発生に係っているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立したときに改めて訴訟により右請求権成立のすべての要件の存在を立証することを必要としないと考えられるようなものについて、例外的に将来の給付の訴えによる請求を可能ならしめたものと解される。
ところが、本件においては、将来の航空機騒音等による侵害行為が違法性を帯びるか否か及びこれによって原告らの受けるべき損害の有無、程度は、被告によってなされる被害軽減のための諸方策の内容、実施状況、原告ら各自につき生ずべき種々の生活事情の変動等複雑多様な因子によって左右される性質のものであるから、原告らが将来受忍限度を超えるものとして取得すべき損害賠償請求権については、その成否及び内容をあらかじめ一義的に明確に認定することはできないというべきであって、かかる損害賠償請求権は、それが具体的に成立したとされる時点の事実関係に基づきその成否及び内容を判断すべく、且つ、その成立要件の具備については、原告らにおいてその主張・立証責任を負うべき性質のものといわざるを得ない。
したがって、原告らの損害賠償請求のうち、本件口頭弁論終結の翌日である昭和六二年一二月八日以降に生ずべき損害(この損害賠償請求に関する弁護士費用を含む。)の賠償を求める部分は、権利保護の要件を欠くものとして、右請求に係る訴えは不適法というべきである。
第九消滅時効完成の有無
被告は、原告らに損害賠償請求権が発生しているとしても、本件第一次訴訟については、これが提起された日である昭和五一年三月三〇日から、本件第二次訴訟については、右同様昭和五六年一〇月八日から、それぞれ三年以前の分は、消滅時効が完成していると主張し、本訴において右時効を援用するので、右主張について判断する。
一本件空港の供用に伴う航空機騒音等は、継続的侵害行為というべきものであるが、右騒音等及びこれによる被害は時々刻々と発生し、原告らにおいてその都度認識することのできる性質のものであるから、右損害賠償請求権は各被害発生ごとに成立し、個別的に消滅時効が進行するものと解すべきところ、人の生活が一般に一日を単位として営まれていることに鑑みれば、これに応じて消滅時効期間も一日を単位として算定するのが相当である。
右に対し原告らは、鉱業法一一五条二項を類推適用して、侵害行為継続中の消滅時効の進行は否定されるべきであると主張するが、以上の理由により到底採用することができない(同条項においても、土地掘さくによる土地の陥落等により、年々行われる減収補償については、年々確定されるものであるから、年々時効が進行し、同条項の適用はないと解されている。)。
二次に、右消滅時効の起算点について検討する。
1 <証拠>を総合すれば、以下のとおり認められる。
昭和二五年六月に勃発した朝鮮動乱当時における本件空港周辺の航空機騒音は誠にすさまじいものがあり、同二八年の休戦後も米軍ジェット機の相次ぐ配備、増強により、激甚な騒音被害が発生していた。昭和二六年一〇月八日福岡市議会は、「福岡市立月隈小学校移転工事費に対する国庫補助措置についての決議」をして被告に対し、被害防止対策の要求をし、同二七年一二月三日には板付基地の撤退決議をし、また昭和三〇年六月二五日に福岡市長、同市議会議長、同市商工会議所会頭らが中心となって「板付基地移転促進協議会」(会長は歴代市議会議長)が結成され、同協議会により米軍基地移転要請の署名運動、市民大会開催、政府等に対する陳情等の活動が展開されるなど、本件空港周辺における騒音問題は一種の社会問題化していた。しかし、昭和三九年頃より板付基地の予備基地化に伴って米軍機の騒音は次第に鎮静化し、同四四年頃には殆どなくなるに至った。これに替り、民間航空機は、同三〇年代後半にジェット機が就航して以来、発着回数の着実な増加もあって、その騒音は激化し、同四六年頃には深刻な騒音公害をもたらしていた。なお、本訴原告団の母体である「福岡空港騒音公害に反対する会」が結成されたのは、昭和四九年八月一五日であり、同年頃より本件空港周辺地域の騒音問題が主要な日刊新聞紙上に掲載されるようになり、同五一年三月三〇日に至り本件第一次訴訟の提起がなされた。
2 ところで、消滅時効の起算点については、民法七二四条には「被害者が損害及び加害者を知ったとき」とのみ定められているが、被害者に損害賠償請求権の行使を期待することが合理的に可能となった時点をもって右起算点と解するのが相当であるから、そのためには、被害者について損害及び加害者の認識のみでは足りず、違法性の認識も必要といわなければならない。ただ、右違法性の認識があるというためには、一般人ならば損害賠償を請求し得ると判断するに足りる基礎的事実を被害者において認識していれば足りるというべきである。
これを本件についてみるに、前認定のとおり、米軍機による航空機騒音は、昭和二五年六月頃から同四〇年代の初め頃にかけて極めて激甚なものであったが、同四四年頃までに鎮静化するに至り、その後、昭和三〇年代後半から民間航空機の騒音が次第に激化し、同四六年頃には、右騒音は日常的に耐え難い被害を原告ら本件空港周辺住民に及ぼしていたものと認められるから、遅くとも昭和四七年中には、右原告らは、右被害が受忍限度を超えるものであることを生活体験により認識していたと認めるのが相当である。
更に、前認定の諸事実に照らせば、右被害の発生については被告にも責任があることは、右原告らにおいて十分認識していたものと認められるから、遅くとも昭和四七年中には加害者の認識もあったと認められる。
3 以上のとおりであるから、本件における消滅時効の起算点は、遅くとも昭和四八年一月一日と認めるのが相当である。また、同日以後に本件空港周辺地域に転入してきた原告らについては、転入の時より消滅時効は進行するというべきである。
三原告らは、被害の消滅時効の援用が権利の濫用であり、許されないと主張するが、本件全証拠によるも、かかる主張を採用し得る事実関係を認めるに足りない。
四そうすると、本件損害賠償請求権のうち、昭和四七年中までに発生した分は同四八年一月一日以降、同日以降に発生した分は日々消滅時効が進行するものと解すべきであるから、訴訟提起の日であることが記録上明らかである、第一次訴訟については昭和五一年三月三〇日から、第二次訴訟については昭和五六年一〇月八日から、それぞれ三年以前に発生した被害についての原告らの損害賠償請求権は、民法七二四条の定める三年の期間の経過により時効で消滅したものというべきである。よって、被告の消滅時効の援用はその限度において理由がある。
第一〇損害賠償額の算定
一先ず、請求棄却の原告ら一覧表記載の各原告については、被相続人たる死亡原告を含め、これまで受忍限度を超える地域内である航空機騒音防止法の規定に基づく第一ないし第三種区域内に居住したことがないか、又は同区域内の原住期間が不明である(原告高田勝己)から、本件損害賠償請求は、いずれも理由がない。
二そこで、その余の原告らについて損害賠償額を具体的に定めることとする。
先ず、賠償請求可能期間は、前記のとおり、本判決別表第一1記載の本件第一次訴訟の原告らについては、本訴提起日の三年前の日である昭和四八年三月三〇日から、同第一2記載の本件第二次訴訟の原告らについては、本訴提起日の三年前の日である昭和五三年一〇月八日から、それぞれ本件口頭弁論終結日である昭和六二年一二月七日までの期間(転入、転居又は死亡の場合はそれぞれ居住の期間)である。
ところで、原告らは、右過去の損害賠償(慰謝料及び弁護士費用)につき、昭和二六年一月一日以降本件第一、第二次訴訟の各提起日までの期間と、第一次訴訟については訴訟提起後の昭和五一年四月一五日から、第二次訴訟については同訴状送達の日の翌日(昭和五六年一二月一五日)から、それぞれ右口頭弁論終結日までの期間とに分けて請求しているが、その訴旨は、昭和二六年一月一日以降各訴訟提起日までの期間に係る慰謝料及び弁護士費用の計二三〇万円については、被告の消滅時効の抗弁が認容される場合を慮って、先ず被告の主張によるも消滅時効が完成しない時期以降に発生する慰謝料等を発生順に請求し、これが二三〇万円に達しないときは、それ以前の時期の慰謝料等で時効消滅しないものを、発生順に右二三〇万円に達するまで請求する趣旨であると解される(したがって、原告らの本件一部請求の訴訟物が特定を欠くとの被告の主張は採用できない。)。
三進んで、原告らの居住地、転入(出生)、転出(死亡)の時期及び原告ら各自の賠償期間(請求可能期間)についてみると、本判決別表第一1、同2(本判決別冊1)記載のとおりであるところ、本件空港周辺地域において、受忍限度を超える地域は、前記のとおり航空機騒音防止法の規定に基づく第一ないし第三種区域内であると認められるから、原告らの受けた被害の内容、程度等本件に現れた一切の事情を考慮すれば、一か月当りの慰謝料算定の基準額は、昭和五七年三月三〇日の告示による改定後の指定地域ごとに、次のとおり定めるのが相当である。
(一) 第一種区域金二五〇〇円
(二) みなし第二種区域(前記第五、二3(二)①参照)金七五〇〇円
(三) 第二種区域金一万円
(四) 第三種区域金一万五〇〇〇円
四慰謝料の減額事由は、危険への接近と住宅防音工事であるが、昭和五二年一月一日以降受忍限度を超える地域内へ転入した者は、前記慰謝料基準額の二割減とし、住宅防音工事の助成を受けた者(本判決別表第一1、同2のとおり。)については、施工日の翌日以降施工部屋数一室当り前記慰謝料基準額の一割減とする。
五相続については、本判決引用図表別表(一九)死亡原告相続人一覧表の死亡原告欄記載の各原告が、同表死亡年月日欄記載の日にそれぞれ死亡したことは、当事者間に争いがなく、その相続人たる原告(承継人)の氏名、死亡原告との続柄及び相続割合が同一覧表記載のとおりであることは、同表認定書証欄記載の各書証によって、これを認めることができる。
したがって、右相続人たる原告(承継人)らは、死亡原告の有する損害賠償請求権を右相続割合に応じて取得したものである。
六弁護士費用については、弁論の全趣旨によれは、原告らとその訴訟代理人との間で、本件訴訟追行を委任した時点で、弁護士費用として損害賠償認容額の一五パーセントを支払う旨約されたことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過、難易度及び認容額等を考慮すれば、慰謝料認容額の一割相当の金額をもって、被告による本件空港の設置・管理の瑕疵と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
七以上により、前記原告らに対する損害賠償額を算定すると、本判決別表第一1及び同2の損害賠償額欄記載の各金員となる。右金員の算出の諸要素及び計算式は、本判決別表第二(本判決別冊2)記載のとおりであるが、右計算に当り、便宜上、時効が完成する最後の日の翌日から本訴各提起日までの期間(第一次訴訟については昭和四八年三月三〇日から同五一年三月三〇日まで、第二次訴訟については昭和五三年一〇月八日から同五六年一〇月八日まで)をfile_3.jpg期間と呼び、第一次訴訟については昭和五一年四月一五日から、第二次訴訟については昭和五六年一二月一五日から、それぞれ本件口頭弁論終結日である昭和六二年一二月七日までの期間をfile_4.jpg期間と呼ぶこととした。
そして、右損害賠償認容額のうち、相続関係を生じていない原告ら本人分に対する遅延損害金としては、別表第二のfile_5.jpg期間の慰謝料合計額に対する、本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである、別表第一1記載の原告らについては昭和五一年六月二二日、同2記載の原告らは同五六年一二月一五日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員を認容すべきである。
また、死亡原告からの相続分に対する遅延損害金としては、当該原告らの請求に従い、別表第二のfile_6.jpg期間の慰謝料合計額に対する、前記同様、別表第一1記載の原告らについては昭和五一年六月二二日、同2記載の原告らについては同五六年一二月一五日から、それぞれ被相続人死亡の日まで民法所定の年五分の割合による金員を認容すべきである。
第一一結論
一別紙原告目録(一)記載の各原告の福岡空港の供用の差止請求に係る訴えは、いずれも不適法であるからこれを却下する。
二別紙原告目録(二)、(三)記載の各原告の損害賠償請求権のうち、昭和六二年一二月七日までに生じたとする分については、本判決別表第一記載の各原告が同表第一各損害賠償額欄記載の各金員並びにそのうち本判決別表第二file_7.jpg期間の期間別慰謝料合計欄記載の各金員に対する右別表第二記載の期間についての年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、右各原告のその余の請求及び請求棄却の原告ら一覧表記載の各原告の請求は、いずれも失当であるからこれを棄却すべく、右目録(二)記載の各原告の昭和六二年一二月八日以降生ずべき将来の分については、その請求に係る訴えは、いずれも不適法であるからこれを却下する。
三よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用し、仮執行免脱宣言については相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官谷水央 裁判官吉田肇、同髙橋亮介はいずれも転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官谷水央)
第一回 福岡空港平面図
file_8.jpgMB xx mic ME eine tyme 3 raven cmecter
別表第一 損害賠償額等一覧表
別表第一 1
<編集部注・原告番号1-2~1-397は省略>
原告
番号
氏名
居住地
指定
区域
転入
年月日
(出生)
転出
年月日
(死亡)
賠償期間
住宅
防音工事
損害
賠償額
内金
遅延損害金
の終期
施工日
室数
1-1
加藤哲次郎
東区社領
2-1-35
2
50.10.28
57.3.15
50.10.28
~
51.3.30
51.4.15
~
57.3.15
51.2.18
1
76万
6700
4万
9000
別表第一 2
<編集部注・原告番号2-2~2-110は省略)
原告
番号
氏名
居住地
指定
区域
転入
年月日
(出生)
転出
年月日
(死亡)
賠償期間
住宅
防音工事
損害
賠償額
内金
遅延損害金
の終期
施工日
室数
2-1
西山広秋
本人分
東区
二又瀬
1-1
2
42.6
60.6.8
53.10.8
~
56.10.8
56.12.15
~
60.6.8
57.7.2
1
89万
7400
36万
亡
西山國廣
相続分
東区
二又瀬
1-2
2
42.6.4
60.2.7
53.10.8
~
56.10.8
56.12.15
~
60.2.7
57.7.2
1
3万
6000
60.2.7
(説明)
1.第一 1.は、昭和51年(ワ)第320号事件原告ら(「一次原告」という。)について、
第一 2.は、昭和56年(ワ)第2559号事件原告ら(「二次原告」という。)について、それぞれ記載した。
2.損害賠償額欄(単位円)は、慰謝料及び弁護士費用の認容合計額を示す。
3.年号は特に断わらない限り「昭和」とする。
別表第二 損害賠償額算定計算式等一覧表
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別紙書証目録(一)(甲号証)<省略>
別紙書証目録(二)(乙号証)<省略>
別紙原告目録(一)~(三)<省略>
別紙請求棄却の原告ら一覧表<省略>
別紙原告ら準備書面引用表<省略>
別紙被告準備書面引用図表
第一表~表三四表<省略>
第二図~第一四図<省略>
別紙周辺対策実施状況一覧表
第一表~第二表<省略>
別紙本判決引用図表<省略>